みんな優しい婚約破棄
「メアリー・ハイツ! あなたとの婚約を破棄する!」
その日、伯爵令嬢メアリーは婚約相手の第二王子カールから一方的に婚約を破棄された。
各地の貴族たちが集う婚約パーティーでの出来事だった。
当の婚約相手──メアリーは突然の婚約破棄宣言に目を見開いた。
「そ、そんな……! どうしてですか、殿下! 理由をお聞かせください!」
婚約相手の言葉にカールは鼻で笑う。
「どうしてだと? 胸に手を当てて考えて見るといい」
メアリーは言われた通り胸に手を当てて考えてみた。
しかし、それらしい理由は思い浮かばない。
そもそも、伯爵令嬢である彼女との婚約を強引に進めたのはカールの父、つまり現国王である。
メアリー側が策略をめぐらせて一方的に婚約を推し進めたわけではない。
であるならば、婚約破棄はすることはあっても(立場上できないが)される謂れはない。
カールは深くため息をついて言った。
「やはりわからないか。いいだろう、教えてやる。カリーナ嬢!」
呼びかけに答えて一人の女性がメアリーの前に現れた。
北の三大美令嬢とも言われるカリーナ・ステイドムである。
同じ年ごろであるにも関わらず、その気品あるたたずまいにメアリーは息を飲んだ。
「カリーナ嬢、教えてやれ。彼女の行ってきた数々の所業を」
「はい、殿下」
そう言ってカリーナは持っていたセンスで口元を隠し、語り出した。
「わたくし、見てしまいましたの。メアリー様が中庭であることをなさっているのを」
「な、中庭?」
「そう。中庭で」
クスクスと意地悪く笑うその姿に、メアリーはハッとした。
「ま、まさか……」
「ふふ、気づかれたようですわね。そう、メアリー様はなんと中庭で………草むしりをなさっていたのです!」
ザワ、と会場がざわついた。
「く、草むしりですって!?」
「婚約者の身でありながらそんな雑用を!?」
ざわざわと会場中がざわつく中、カールはニヤっと笑った。
「ご来場の諸君、聞いたであろう。僕の婚約者があろうことか中庭で草むしりをしていたのだ!」
「ま、待ってください! それには深いワケがあるのです!」
「ふふ、知ってますわよ。メアリー様」
「カリーナ様、なにを……」
「あなたは中庭の掃除をなさっていた庭師の体調がすぐれないことをいいことに、代わりにやってあげて庭師の面目を保っていたってことをね!」
さらに会場がざわついた。
「なんと!」
「メアリー様は体調のすぐれない庭師の代わりに、草むしりをやってあげてたというのか!」
「これは前代未聞ですぞ!」
カリーナは続ける。
「さらに彼女は庭師のために体力増強のスープを作り、看病までしていたのよ!」
「なんと!」
「庭師のために体力増強のスープを作って看病までしていたと!?」
「これは前代未聞ですぞ!」
メアリーは真っ青な顔でその場にへたり込んだ。
それを見てカールがズイッと一歩前に出る。
「諸君。彼女の所業はそれだけではない。カリーナ嬢、続きを」
「はい、殿下。メアリー様は以前、王家主催のパーティーの最中こっそり抜け出したことがございます」
その言葉にメアリーは顔をあげた。
「ま、まさか!」
「ええ、あとを付けさせていただきましたわ」
「アレを見ていたというの?」
「はい。最初から最後までじっくりと」
ふふ、とセンスで隠した口元に笑みを浮かべる。
会場はカリーナの次なる証言に固唾を飲んで見守っている。
「メアリー様はなんと、パーティーに参加されていたとある令嬢のドレスを脱がして奪ったのです!」
これにはどよめきが走った。
王族の婚約者が令嬢のドレスを脱がして奪うなど言語道断である。
「奪ったのではありません! 脱ぐのに手間取っていたので手伝ってあげただけです!」
「知っていますわ。メアリー様はその令嬢に『背中の部分の糸がほつれているから直してあげる』とおっしゃっていたこともね!」
「ちょうど裁縫道具を持っていたので、その場で直して差し上げようと思ったんです!」
メアリーの言葉にどよめきは増すばかり。
「な、なんと!」
「婚約者の身でありながら令嬢のドレスを自ら直して差し上げてたとは!」
「これは前代未聞ですぞ!」
カリーナはフッと笑って言った。
「その令嬢はすごく感動されていましたわ。殿下の婚約者自らドレスの手直しをしてくださったと」
「手直しだなんて大げさな。私は応急措置をしたにすぎません!」
「令嬢はそのドレスを今も大切に保管してるそうです」
話はここまでとばかりにカールがまた前に出る。
「聞いたであろう! メアリーは人のために何かをせずにはいられない性格なのだ! これはもう我が婚約者としてふさわしくない!」
「確かに」
「こんな慈悲深い子が妃となられた日には、きっと気苦労が絶えないことだろう」
「ああ、おいたわしや」
ここにきて、さすがのメアリーも反撃の狼煙をあげた。
「そ、そこまでおっしゃるなら、わたくしもカリーナ様の数々の行いをここで暴露させていただきますわ!」
「な、なにを……?」
「カリーナ様はこうやって悪い令嬢を演じてらっしゃいますが、実は誰よりも献身的で、王都の孤児院に多額の寄付をなさっているのです!」
「なっ!?」
凍り付くカリーナ。
会場がさらにざわつきを増した。
「な、なにをおっしゃっているのやら……。このわたくしが孤児院に寄付ですって? そんなことするわけがないじゃない!」
「証拠ならございます」
メアリーがパチンと指を鳴らすと、箱を持った一人の執事がそっとやってきてその中身を開けた。
「ああ! そ、それは……!」
「孤児院の子ども達からの感謝文の写しです。カリーナ様の元に届く前にこちらで閲覧してその写しを取ってました。原本はもちろんカリーナ様が大切に保管なさっていることでしょう」
ざわざわと会場はざわめきを増すばかり。
カールもカリーナの所業に目を丸くしている。
「カ、カリーナ……、君は……」
「こ、これは何かの間違いですわ! わたくしが孤児院に寄付をしているなどと、そんなこと……」
「あくまで身に覚えがないとおっしゃるのですか?」
「当たり前です。きっとその感謝文の写しとやらもわたくしを陥れるための罠に違いありません」
「筆跡鑑定では間違いなくその孤児院の子どもたちからだったのですが……。認めないのであれば仕方ありませんね。もう一つの行いを暴露させていただきましょう」
「な、なんですって?」
「先のロイ伯爵とサラ夫人のご婚約、この二人の仲を取り持ったのはこのカリーナ様なのです!」
この瞬間、会場中のボルテージは最高潮に達した。
「な、なんと!?」
「あのジレジレして全く進展しなかった二人の仲を取り持ったのがカリーナ様!?」
「道理でいきなり婚約したと思ったんだ! 黒幕がいたのか!」
ざわざわとざわつく会場内で、メアリーは言った。
「お二人ともカリーナ様には大変感謝しておりました。お互いの気持ちをはっきりと伝えることが出来たと」
ガクッと膝をつくカリーナ。
ロイ伯爵とサラ夫人の言質まで取っているなら言い逃れはできない。
メアリーの用意周到さに舌を巻く。
「カリーナ……」
「カール様……」
「く、くく……はははは!」
うなだれるカリーナを見て、カールは笑った。
「カール様?」
ぽかんとするカリーナ。
そんな彼女にカールは言った。
「まさかカリーナまでもがこんなに慈悲深い女だったとはな。そんな女に用はない。即刻荷物をまとめて出ていくがよい」
「そ、そんな! カール様!」
「心置きなく寄付でもなんでもしてろ」
冷たくあしらうカールの前に立ったのはメアリーだった。
「そうやって自らを悪者のように演じるのはもうやめませんか? カール様」
「な、なんだと?」
カールの眉が動く。
「僕が悪者を演じてるだって?」
「本当はわかっていたんです。カール様は自分を悪者にしてあえて私を遠ざけようとなさっていたことを」
「な、なにを言ってるんだ君は」
「そうです、兄上」
その時、メアリーの背後から一人の男が姿を現した。
その男にカールは目を見開いた。
そこに現れたのは、いつもベッドの上で横になっている病弱の弟セシルだったからだ。
生まれつき体の弱い彼は表舞台にはあまり出たことがない。
しかしその整った顔立ちは貴婦人たちの間で噂となっており、巷では「薄弱の貴公子」と呼ばれている。
そんな弟がこのパーティーに参加しているとは思ってもみなかった。
「セシル! おまえ、身体は大丈夫なのか!?」
「コホ、コホ、大丈夫です。今夜、メアリーに婚約破棄を突き付けるという情報を得たので、無理して出てきました」
よろよろと動くセシルをメアリーがしっかりと支える。
それは義理(仮)の姉弟だからというよりも、男女の深い愛情が感じられた。
「それよりも兄上のことです。兄上は僕とメアリーが懇意にしていることを知って、あえて自分から別れを告げようとなさったんですよね」
ハッと顔色を変えるカール。
しかしすぐに首を振った。
「そ、そんなことはない!」
「病弱の僕を兄上はいつも気にかけてくれていた。そして、こんな僕を愛し献身的に支えてくれる女性を待ち望んでいた。メアリーはまさに理想の女性だった」
「バカを言うな! メアリーは僕の婚約者だった人だぞ!」
「だからこそ、公の場で婚約破棄を宣言し、僕と一緒になれるように計らったんですよね。ゴフ、ゴフ!」
せき込むセシルにカールはあわあわと慌てふためく。
「わかった、わかったからもうしゃべるな! 確かにお前の言う通りだ。メアリーは僕なんかよりもお前に相応しい最高の女性だと思った。だからあえて婚約破棄を宣言したのだ」
「そしてカリーナ嬢のことも……」
セシルが言うと、カールは頷いた。
「そうだ。他人のためにあれこれと世話をするほど優しい子が僕の妃となってしまったら、それこそ気苦労が絶えなくなってしまう。それが不憫でならなかったのだ」
そう言ってカリーナに顔を向けるカール。
そして涙を浮かべながら「すまない、カリーナ」と謝った。
そんなカールにカリーナは言う。
「不憫でならないですって? なにそれ」
「カ、カリーナ……」
「どうやらカール様は勘違いなさっておいでですわ!」
「カリーナ?」
「わたくしはそんなにやわな女じゃありません! 気苦労? そんなもの、カール様のお側にいることに比べたら屁でもない! あらやだ、はしたないことを申し上げました」
「ほ、本当にいいのか?」
「あなただからいいのです」
「ああ、カリーナ。ありがとう、愛してる」
ここに来て、ようやく事態を飲みこめた貴族たちは新たに誕生した2組のカップルに祝福の拍手を送った。
「な、なんと! 終わってみれば婚約破棄から一転、第二、第三王子の婚約というめでたい場になるとは!」
「いやー、めでたい!」
「これは前代未聞ですぞ!」
盛大な拍手を受けながら、カリーナはメアリーに顔を向けた。
「メアリー様。ごめんなさいね、気を遣わせてしまって」
「いえ、私のほうこそ……。知られたくなかった内容を暴露してしまって申し訳ありませんでした」
「逆に感謝しています。これで堂々と孤児院を援助できます。父に言って、もっともっと恵まれない子供たちを救わないと!」
「ふふ、さすがはカリーナ様ですわ。その際はわたくしもお手伝いいたします」
「メアリー様も、何か困ったことがあったら何でもご相談してくださいね。できうる限りの援助をいたしますから」
「カリーナ様こそ。ドレスがほつれていたら何着でも持ってきてください。すべて直して差し上げます」
ふふふと笑い合う二人。
そんな二人を見て、カールとセシルも顔を見合わせてフッと笑った。
この国の未来は明るい。
みんな優しい婚約破棄・完
お読みいただきありがとうございました。
初めて婚約破棄ものを書きました。
お見苦しい点がございましたらご容赦ください(´;ω;`)