レオポルドとミッラパイ
おっきくなった直後、魔術学園5年生(当時)のレオポルド。
【登場人物】
レオポルド 公爵家の公子、現アルバーン公爵の甥。
オドゥ 同級生
ライアス 同級生
レメディ先生 保健室の先生
オーランド ライアスのふたつ上の兄、王城で文官をしている。
数日間続いた起きあがれないほどの激痛からようやく回復し、起きあがって休養室の壁にかかった鏡をみたレオポルドは目をみはった。
自分と同じ銀髪に黄昏色の瞳だが、そこには見慣れぬ若い男がいた。
肩につかない程度に切りそろえていた銀髪は伸び放題でグシャグシャに乱れている。
ふっくらしていた唇も赤みを失い、薄く横にひろがっている。
首をさわればのどぼとけが浮かびあがっているし、手も指の関節がはっきりとしてゴツゴツした感じだ。足も自分のだとは思えないほど大きい。
体のあちこちをさわって確かめて、もういちど鏡で自分の姿を確認する。
何より背格好がどこか……忌み嫌う自分の父親を思いださせて、レオポルドは顔をしかめた。
合わせをヒモでしばるだけのかんたんな寝間着は、病人用に脱ぎ着もしやすく体をしめつけないつくりだ。
公爵家の公子が身につけるには粗末なものだが、公爵家からの迎えを拒んで学園の保健室にあるベッドから、寮の休養室に移って寝続けた自分のために、保健室のレメディ先生がどこからか調達したらしい。
休養室をでると机に座って書きものをしていたレメディ先生が顔をあげた。
「あら、起きたの?」
「ご迷惑を……おかけしました」
のどからでるかすれた低い声に自分でも驚いていると、レメディ先生もパチパチと目をまたたいた。
「なんというか……朝の散歩でばったり精霊に出会ったような気分よ」
「……?」
レオポルドが首をかしげると、長く伸びた髪がさらりと肩から流れる。レメディ先生は直視できないようすで目をそらした。
「いえ、まぁ……大騒ぎになりそうね。ララロア医師に診察をお願いしているけれど、浄化の魔法は自分で使えるとして……服はアルバーン公爵家に連絡をとるしかないかしら」
「……ひとまずライアスかオドゥを呼んでもらえませんか。服は借りられるかもしれないし、魔力が安定するまでは公爵家の人間とは会いたくないです」
「わかったわ」
魔力持ちの子の扱いには慣れているレメディ先生はすぐにうなずいた。
その性質ゆえにたとえ自分の実家であろうと、魔力持ちの子は家族ともうまくいかないことがある。
理解ある両親の元で育てば話はべつだが……魔力持ちの子に対しては何よりも主体性を重んじ、その意思を尊重してやる必要がある。
レオポルドは極端な例だが、魔力持ちが自分の魔力を制御し使いこなすには、孤独な自分との戦いに勝たなくてはならない。
そのときに必要な人間が〝家族〟とは限らないのだ。
レメディ先生のエンツですぐにオドゥがやってきた。
「ライアスが『オーランド兄さんを連れてくる』って。オーランドはしっかりしてるし、大人がいれば何かと便利だろ」
「ありがとう……」
礼をいうとオドゥもレメディ先生と同じように、目をパチパチとまたたいた。
「僕の服をいちおう持ってきたけど……ひょっとして僕より背が高い?」
立って横にならべばレオポルドのほうが、オドゥより拳ひとつぶんぐらいは高かった。
「うわ……なんかすげぇショックなんだけど。ライアスの服のほうが合うかな。それに子どものころはきれいでも、大人になったらゴツくなると思ったのに……きれいなまんまって詐欺だよな」
ブツブツとぼやくオドゥに、レメディ先生が苦笑いした。
「なんにせよ、ララロア医師の診察を受けてからね」
「じゃあ入るなら僕の服着とけよ。ライアスたちもまだだろうし、食堂から食事をもらってくる」
レオポルドがこくりとうなずくと、レメディ先生が口をはさんだ、
「エンツを送れば用意してくれるわよ」
「あ、そうなんだけど……食堂もみんなの食事の準備で忙しいから、食べやすいようにちょっと手を加えてやるかなって」
オドゥはときどき寮の厨房を手伝ったり、場所を借りて使い魔のオヤツを作っているので勝手がわかっているらしい。
オドゥと入れかわりでやってきたララロア医師は目を丸くした。まるで精霊のようにきれいな男がベッドにすわっている。
「これは……!」
ひととおり診察を終えて、腕や脚が問題なく動くことをたしかめると、ララロア医師はうなずいた。
「健康状態は問題ないね。しばらくは無理しないほうがいいだろう。魔力を使いはじめるときは慎重にやりたまえ。はずれたチョーカーも調べたいものだが……契約の要たる魔石は砕け散ってしまったのだね」
レオポルドはだまってこくりとうなずいた。
ララロア医師は興味津々といった感じだが、レオポルドのほうには彼と話すことはとくになかった。体に問題がなければそれでいいのだ。
まだ何か話をしたそうだったララロア医師も、ゴールディホーン兄弟がふたりそろってやってくると、寮の休養室をでていくしかなかった。
体格がガッシリしたふたりがそろうと、部屋がギュウギュウできゅうくつになったからだ。
「お前……レオポルドか?」
ライアスが目をみひらくと、オーランドがレオポルドを立たせてふたりを見比べる。
「背の高さはライアスとほとんど変わりないな……念のため母さんから服を預かってきてよかった」
オドゥの服とライアスの服からいくつか選んで着がえをすませると、オドゥが食堂から小鍋ごとスープを持ってきた。
「スープにパンを浸してパン粥にしちゃったよ。それとミッラパイ」
刻んだミッラをソテーしてスパイスを振り、パイ生地で包んで油で揚げた菓子は、カレンデュラでお祝いに食べるらしい。オドゥはいたずらっぽく笑ってグラスも配る。
「まぁ誕生日ってわけでもないけど……グレンとの契約が無事完了したお祝いかな。せっかくだからみんなで乾杯しようぜ。それとバラバの〝失恋〟に」
レオポルドはあずかり知らぬことだが、〝小さくてかわいいレオポルド〟は男子学生の一部にとっては初恋の対象だった。
何しろ線が細く華奢な体躯に、さらさらとした透けるような銀髪、紫陽石のような不思議な色の瞳……初対面で魂を持ってかれるのだからしかたない。
男だとわかっていても、遠くから眺めてひそかな夢を抱く者もいた。
寮の休養室だからたいしたことはできないが、四人でピュラルのジュースで乾杯して、レオポルドはパン粥を口にもくもくと運ぶ。
パン粥を食べ終わった彼は、長い指でミッラパイをつまみあげた。
「おとなに……なれるんだな」
ポツリといってようやく笑ったレオポルドに、なぜか全員がミッラパイをのどに詰まらせ、ライアスはあわてて飲んだピュラルのジュースに激しくむせた。
「……?」
「ゴホッ、す、すまない……レオポル……ド!」
首をかしげたレオポルドに、咳きこんで顔を真っ赤にしたライアスが謝り、オーランドは苦笑しながらライアスの背中をさすった。
「いや……なんというか笑顔の破壊力がすごいな。きちんと貴公子の格好をすれば貴婦人たちが大騒ぎだろう」
オドゥまで真面目な顔でレオポルドに忠告した。
「だな。不用意に笑わないほうがいいぞ……耐性がないと相手を気絶させる」
レオポルドがオドゥの忠告をキッチリ守るようになったのは、シャングリラ魔術学園を卒業してからすぐだった。
【バラバの失恋】
1巻SSでレオポルドに絡んできたバラバ君、彼の初恋相手が実はレオポルドだったことをオドゥは見抜いてます。
現在のバラバ君は地方長官を目指して、故郷に帰って文官として働いてます。
(わりとどうでもいい情報)