お泊まりおでかけ with 副団長⑬
先頭はカーター副団長で、つぎにわたし、最後にレオポルドが続いた。一歩一歩、周囲を確かめるようにして、時計塔の内側に造られた螺旋階段を上っていく。
鼻にツンとくるのは機械油の臭いだ。魔道具師たちの手でていねいに磨かれた部品は、窓から差しこむ月明りに輝いている。
「鐘はちゃんと鳴るかな」
「だいじょうぶでしょう。壊れた部品はすべて交換しました。鐘の部分も問題なく動くはずです」
「うん。でも……あんまり手伝えなかった気がして」
もだもだと口ごもれば、カーター副団長は振り返って意外そうに眉を上げた。
「塔の入り口を開けたではありませんか」
たしかに開けないと修理も始められないけど……それだけじゃん!
わたしの心を見透かしたのか、背後に立つレオポルドが口を挟む。
「まだ最後の仕上げが残っている。時計塔はきみの魔力で動かしてもらう」
「あ、うん。それはもちろんやるけど」
段差があるから、振り向けば彼と視線がぶつかる。黄昏色の瞳は月光を反射して淡く輝き、長い銀色のまつ毛が上下に動いた。
「錬金術師団長が自ら各地に足を運ぶことはあまりない。きみはいるだけでも役に立っている」
「そうかな。でもグレンだって全国を回ったんでしょ?」
「……魔導列車の線路網を建設する際には、陣頭に立って指揮を執ったと聞いているが、それは三十年も前の話だ」
レオポルドを包む魔力が、鋭利な刃物のようにギスギスと尖ったのを感じた。
(……ハリネズミくん?)
だれかを傷つけるしかない、尖ったナイフ。そんなイメージの魔力なのに、わたしの頭にはなぜか、銀色のトゲトゲを逆立てる、キラキラでキュートなハリネズミが思い浮かぶ。
(やだ、かわいいかも!)
変な想像を打ち消すように、両手で自分のほっぺをムギュッと押さえた。淡い紫の瞳を持った、月光に輝くキラキラハリネズミとか……わたしったらレオポルドに、なんて想像してんのよ!
顔を押さえて黙りこんだわたしに、彼は眉をひそめてため息をこぼす。
「大地に魔導列車を走らせるか、研究棟にこもるかのどちらかだ。わが父ながら処世術を、もう少し学んでくれていたらと思うことがある。けれど誰にも彼を変えることはできなかった……」
「そんなことは……」
わたしには愛想のいいグレンなんて想像もつかないけど、血がつながった親子だと、もどかしく感じたのかもしれない。カーター副団長の声が上から降ってくる。
「あのかたには時間がなかったのです。つねに仕事のことで頭をいっぱいにしておられた。やるべきことはつぎつぎに起こり、問題は山積みでしたからな」
「副団長はグレンの仕事ぶりを見ていたんだね」
「もちろんです。そのために錬金術師団へ入ったのですからな。あれは凄まじいものでした」
副団長が語るグレンの姿は生き生きとして、師団長だったころの彼を思い起させる。
「銀の髪が逆立ち、いつも落ちくぼんで澱んだミストグレーの瞳が爛々と輝く。くりだす魔法陣は正確無比で……物質の変容を最後まで、息をすることも忘れて見入っておりました」
「そっかぁ。そのころのグレン、見たかったなぁ」
わたしがつぶやけば、カーター副団長は変な顔をした。
「ネリス師団長はグレン老から、直に錬金術を学ばれたのでは?」
「教えてもらったけど、そのときは心臓の魔石化……っていうの?だいぶ進んでいて、無理はできなかったの」
グレンが無理をしたのは、たぶんわたしの召喚が原因だ……。そう思ったら急に、わたしはレオポルドの顔を見られなくなった。
だれかの命を糧に生きながらえている。そんな存在と婚約までさせて、本当によかったんだろうか。彼が婚約者としてふるまおうとしてくれるたび、心のどこかで申し訳なくなる。
「父が急死したのはそのせいか。気力だけで持ちこたえていたのだろう」
「その死を看取ったのも、エヴェリグレテリエ……ソラだけですからな」
カーター副団長の言葉に、わたしは足を止めた。
「ソラだけ?じゃあ、ソラに聞けば、そのときのようすがわかるの?」
「そうですな。ソラしか知りません」
盲点だった。最初からソラに聞けばよかったなんて……。帰ったら確認してみよう。
話しながら最上階に着いた。
「すごい……」
魔導時計の機構をちゃんと見たのははじめてだ。つややかに磨かれた真鍮製の歯車には、幾何学模様みたいな術式の線が刻まれている。それがいくつも組み合わさって、すべてが動きだすのだ。
「さ、ネリス師団長」
「うん」
カーター副団長にうながされ、わたしは操作盤の中央にはまる暗赤色をした魔石にふれる。魔力はそっとフタをずらすように、慎重に……けれど魔力が引っ張られるように、わたしの体からあふれだした。
「ちょっ……」
止められない、止まらない。あふれだした魔力は勢いよく時計の魔導回路に吸いこまれ、張りめぐらされた術式がまばゆいばかりに輝きだす。
ギ……カタカタカタ……チッチッチッ……。
小さな歯車が勢いよく回りだすと、つられて大きな歯車がゆっくりと回る。振り子が揺れて秒針を刻むような音がした。そして尖塔にすえつけられた鐘が揺れる。
ゴォ……ン。ゴォ……ン。ゴォ……ン。
「ひゃっ」
頭上で響く大きな音にビクッとしたら、レオポルドがさっと遮音障壁を展開した。
「だいじょうぶか?」
「う、うん。でもわたし、やりすぎちゃった?」
時計塔がまばゆいばかりに輝きすぎな気がする。それにまだまだ魔力はあふれ続けていた。けれどレオポルドは首を横に振って、さらにわたしをうながす。
「いや、きみが平気なら……このまま続けてくれ」
「いいけど……」
鳴り続ける鐘の音は湖を渡り、湖岸にある領主館にも届いているだろうか。わたしは勢いよく揺れる鐘を見上げながら、さらに魔力をこめていく。魔導時計はどれだけ魔力を流そうとも、壊れるようすはない。副団長が魔力計をにらんでうなった。
「さすがはドルゲ、並の錬金術師ならぶっ倒れているところですぞ」
「師団長でなければならぬと、制限を設けたのはこのためか」
「まぁ今は、魔石でも代用できますからな。そうした制限は無意味ですが」
「えっ⁉」
ふたりの会話を聞いていたわたしは、そこで叫んだ。
「ねぇ、ちょっと。魔石で代用できるなら、動かすのわたしじゃなくてもよくない?」
ふたりは顔を見合わせてから、あっさりとうなずく。
「そうだな」
「ネリス師団長がそうしているあいだ、私は時計塔や周囲を観察できますので」
「わたしは電池じゃなーいっ!」
「「べんち?」」
ふたりはそろって仲良く首をかしげる。あああ……またエクグラシアにない単語使っちゃった!
そしてなんでふたりとも、そんなに仲良くなってんの⁉
「それでカーター副団長、気になっていたこととはどれだ」
「時計は問題なく動いております。窓から湖のようすを見てみましょう」
なぜかふたりともソワソワと、窓のほうへ移動していく。
「ちょ、ちょっと!」
呼び止めるわたしを、レオポルドがくるりと振り向いた。月光を浴びた銀髪がきらめいて整った顔を縁どり、息をのむほど美しい姿だけれど、薄い唇から紡がれた言葉はそっけない。
「すまないが、もうしばらくそうしててくれ」
「えっ?」
カーター副団長は軽く手を挙げて、さっさと窓辺に陣取ると身を乗りだした。
「ネリス師団長、魔力の補充をしっかり頼みますぞ。おお、これは!」
「どうした」
つられてレオポルドも湖面を見下ろしている。
しばらくってどれぐらい?
ふたりは何を見てるの?
「わ、わたしだって見たいのに!」
叫ぶわたしの手元では、魔石がどんどん魔力を吸っていき、頭上ではにぎやかに鐘が鳴り響いていた。









