いやむしろネリアの方から迫れ
ギルド長室の隣にある会議室には何度もはいったことがある。
収納鞄の契約をしたり、カーター副団長がグリドル作りの工房と交渉するのに使った場所だ。
扉を閉めるとレオポルドはようやく、ラベンダーメルの耳から手を離した。
作りものの耳だから痛くはないけど、強引すぎると思うの!
わたしは彼に文句をいった。
「あのね、ちょっとはレディらしくあつかってよ!レオポルドは乱暴だよ!」
レオポルドはわたしをみおろし憮然としたまま返事をする。
「メル耳をつけたレディなどいないと思うが」
「う……これはおつきあい!学園の子が用意してくれたんだもの。それに、こういうのは思いっきり楽しんじゃったほうがいいんだから!」
つかまれた耳が傷んでいないか手でさわって確かめていると、レオポルドはそんなわたしのようすを眺めてため息をついた。
「そんなふざけた格好が似合うとは……」
「えっ、似合う?ホントに?」
一瞬よろこんで聞きかえすと、彼はふいっとそっぽをむいた。
「……師団長がメル耳など似合ってどうする」
「そういわれても……レオポルドだって似合うと思うよ?シルバリスの格好をしたことがあるんでしょ?」
レオポルドはぎょっとする。
「子どもの頃の話だ!」
顔をしかめたレオポルドにむかい、わたしは腰に片手をあてると息を吐く。ちっちっち、わかってないなぁ。
「ええ?そりゃあ小さい子がやったら可愛いけれど、大人がやってもいいじゃん。レオポルドって頭カタいよね」
「かた……」
絶句したレオポルドに、わたしはドヤ顔をして続ける。
「型にとらわれず自由な発想を生みだすには、常識にとらわれていてはいけないのですよ」
「……メル耳には何の関係もないと思うが」
ふっふっふ。対抗戦に勝利するとデカい顔ができるんだもんね。
「ちょうどいいからこれ貸してあげる!つけてみたら?」
わたしはラベンダーメルの耳をはずして、壊れていないことを確かめ彼に差しだした。
「は?そんな子どもっぽいマネできるか!」
いいかえすレオポルドに、わたしは耳を持ってグイグイ迫る。
「いいじゃない、ここには私しかいないんだし。魔術師団長らしく威厳たっぷりにしかめっつらしてるよりはずっといいわ!」
「私はいい……よせ!」
レオポルドは抵抗したけれどそんなの関係ない。デーダスでさんざん使ったお片づけの呪文がある。
物をピッタリ指定した場所に移動させる呪文だ。
呪文だってかんたん!サーデを反対に唱えればいい、つまり〝デーサ〟だ。
「デーサ!」
「ま……!」
わたしの手にあったメル耳が、レオポルドの頭にピッタリはまった……。その衝撃映像をおみせできないのが残念でしかたがない。
レオポルドは凍りついたように動きをとめた。
彼のわずかにひらいた形のいい薄い唇は言葉を失い、黄昏色の瞳は驚きにみひらかれた。
煌めくように流れる銀髪がすこし乱れ、そこから薄紫色をしたラベンダーメルの長い耳が立ちあがる。耳の根元は紫が濃くなっているが、先のほうは色が薄くなり桜のような淡い色をしている。
わたしは思わず手で口を覆った。さけばなかった自分をほめてあげたい。
「やだ、レオポルド……すごく、すごく……ホントにもう、すっごく可愛い!!」
「……だからイヤだと……」
彼の瞳は怒りをこめてわたしをにらんでいるのに、そんなことはまったく気にならなかった。
子どもの頃、レオポルドはよく〝四本足のお茶会〟に連れだされた。
淑女たちがさざめく会話の内容もレオポルドには退屈だし、走り回ることもできずじっとすわっていなければならない。
それでも魔力封じがある自分の部屋よりは息がしやすくて、まともなものが食べられる。
空気のように存在する給仕の手つきをみていたら、茶の淹れかたも覚えた。
置かれた菓子を黙々と食べ、ただ『無』になって過ごした。
自分の表情がとぼしくなったのはそのせいかもしれない……イヤな記憶を思いだして顔をしかめたレオポルドに、そんなことは知らない娘は興奮してまくしたてる。
「えっ、どうして?すごく可愛いのに!どうしよう、語彙力が不足しすぎて『すごく可愛い』しかいえないんだけど!」
「もういいだろう!」
ラベンダーメルの耳をはずそうとすると、娘があわてて手を伸ばした。
「ダメ!真正面からみたい!こっち向いてよ!」
「……そんなに迫るな!」
「お願い、ちょっとでいいから耳をさわらせて?」
「さっきまで自分もつけていたろうが!」
「そうだけど……ぜったいわたしより似合ってるもの!」
興奮した娘は男の言葉など耳にはいらない。レオポルドがとめても黄緑の瞳を輝かせて距離をつめてくる。
「……まったく!」
レオポルドは悪態をつくと娘の動きを封じた……つまり腕のなかに閉じこめた。
「ふぎゅ!」
娘の顔がレオポルドの胸に埋もれ、ジタバタと暴れようとするのをさらに抱きこむ。レオポルドの胸元からモゴモゴと抗議する声が聞こえてきた。
「れおほるろ……抱きしめられたら、おはほがみえまひぇん……」
「みなくていい!」
この娘に絶対にみられるわけにはいかない。
自分の頭につけられたメル耳はピンと立ち、正直すぎるほど自分の気持ちをあらわしている。
かんたんに自分との距離をつめてくる娘に、心がどのように反応したかなど知られるわけにはいかない。
「あの、ひょっと?れおほるろ?」
「ダメだ」
もがもがと動く娘をさらに抱きしめると、やがて娘はおとなしくなった。
抱きしめた小さな体はやわらかいし心地いい。レオポルドはしばらくその感触を味わってから、立っていた耳が落ちついたのをみはからって腕を緩めた。
「もう!息ができなくなっちゃうでしょ!」
ぷはっとレオポルドの胸から顔をそらすように身を離した娘は、レオポルドの顔を目にしたとたんみるみる赤くなった。
急におろおろとしだし、涙目になって視線を泳がせる。
「ずるい……ちょっと待って!距離が近すぎる!お願い、離れて!」
これはこれで反応が面白い。
「どうした、みたいのだろうが」
娘の顔をのぞきこむように顔をよせると、娘はさらに焦った声をだす。
「そうだけど、距離近いから!視界がめいっぱいレオポルドの顔に占領されたら心臓がもたないよ!」
「額と額をぶつけた仲だろう」
「どんな仲よ!」
「お前は本当に表情が豊かだな。耳などつけていなくとも面白い」
「面白い顔で悪かったわね!」
真っ赤になったままいいかえす娘の顔はみあきることがない。レオポルドがくすりと笑うと娘が息をのんだ。そのさますら新鮮で、メル耳などどうでもよくなった。
「私はお前の顔をちゃんとよくみたことがない」
「え……」
ぽかんと口をあけた娘に、レオポルドはささやいた。
「私がみるのはいつも白い仮面をつけた顔ばかりだ……だからもっとよくみせろ」
「みせろっていわれても……」
「お前が私をみるなら、私もお前をみる。おたがいさまだろう」
「そっか……そうだよね、おたがいさまだもんね……うん?」
難しい顔をして首をかしげた娘の顔がおかしくて笑ったら、びっくりしたように娘は目をみひらいた。
「うそ、レオポルドが笑ってる⁉︎えっ、なんで……わたしの顔、そんなに面白い?」
「ああ」
「ええええ⁉」
ショックをうけたような娘の顔がおかしくて、レオポルドはさらに笑った。
本編では別バージョンの『レオポルドに迫られたい』を掲載しています。