お泊まりおでかけ with 副団長⑩
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カーター副団長が率先して質問に答え、王都でやる研修について話をはじめると、魔道具師たちの目がいっせいに輝く。
「すげぇ、何日か泊まりこみで研修を?」
「左様。宿舎は王都の魔道具ギルドに手配させよう」
副団長がもったいぶって、口ひげをなでながらうなずく。するとみんなは口々に相談しだした。
「だとすると農閑期がいいな」
「待ってくれ。人数がいる工房ならともかく、俺みたいにひとりのトコはどうする」
「交代でひとりずつ送ってはどうだ。休みになる工房の仕事はみんなでカバーして」
「それなら……」
みんなの目がキラキラと輝いてまぶしい。うん、ごめん。カーター副団長はタダで使える労働力を確保しただけなのに。
(でも……)
わたしはカーター副団長の提案につけ加えた。
「研修の終わりには各自、研修レポートを提出してもらいます。魔道具ギルドにかけあい、魔導時計士の修了証を発行してもらいましょう」
「ネリス師団長、それは……」
ぎょろりと目をむくカーター副団長に、わたしは説明する。
「副団長は魔道具ギルドと修了証発行の基準をすり合わせて。ちゃんと形になるものを渡したいの」
「……承知しました」
またもや魔道具ギルドの仕事を増やしちゃうけど、副団長ひとりに任せると彼が暴走するかもしれない。修了証を渡すのも、ちゃんと基準があったほうがいい。
「わたしがサルジアに旅立っても、レオポルドがいてくれるもんね。王都のことはよろしくね!」
「そのことだが……いや、何でもない」
レオポルドは何か言おうとして、首を横に振った。
午後になると魔道具師たちも、がぜん修理に熱が入る。部品ひとつひとつを手に取り、感心したりメモを取ったり。王都に行けるって地方で暮らす彼らには、それだけ大きなことなんだろう。
交換できない部品はレオポルドが呼ばれ、修復の魔法陣をかけていく。作業がひと段落したところで、休憩をとってみんなで時計塔に上った。
「湖底都市だ!」
「本当に街の形をしてるんだな」
魔道具師たちは湖を指さして歓声をあげ、みんなで湖底に広がる光景に見入る。
澄んだ水の底に、大きな街が見える。張りめぐらされた道路に、小路をつなぐ階段で高低差もあり、家には出窓まで取りつけてある。
「すごい……迷宮絵本で見たものより、ずっと大きいね」
水底に沈む街にはやはり人影はない。人魚たちが暮らすカナイニラウとも違う無人の街は、何かの記憶を留めるように存在していた。
「街の記憶……なのかな」
「街の記憶?」
「そう。湖底都市のモデルになった街は現実にあって。けれど時がたつにつれて街の形はどんどん変わっていくでしょ。過去の街を懐かしく思う誰かが、その形を留めたのかもしれないなって」
「……きみの解釈はそうなのか」
湖上を吹く強風は、レオポルドが魔法陣をあやつり、そよ風に変えてくれる。
「この魔法陣て〝そよ風の魔法陣〟に似てるね」
「きみが暴風を喚んだ魔法陣を、逆展開するとこうなる」
「う、また高等テクニックがでてきた」
わたしが顔をしかめると、彼はくすりと笑った。
「きみは何も考えずに魔術を使うからな。だがそれが思いがけないヒントになることもある」
「ふーんだ。わたしの魔法だって、時には役に立つんだから」
湖底の光景はすばらしい。錬金術師ドルゲはこの都市を見るために、時計塔をわざわざこの場所に造ったのかもしれない。
休憩を終えて時計塔の螺旋階段を下りようとすると、わたしはレオポルドに呼び止められた。
「きみは〝眠らせ時計〟で夕方まで休め」
「え、眠くないし元気だよ?」
けれど彼は首を横に振る。
「修理の仕上げは夜中になる。休むなら今のうちだ」
「夜中……あ、そっか」
船で運びこまれた荷物には、テントや寝袋まである。魔道具師たちは夕方には領主館へ返し、最後の仕上げはレオポルドとわたし、それとカーター副団長の三人で夜中に行うことになっていた。
遠征にも参加するレオポルドが、テキパキとテントの準備をして、わたしはローブを着たまま寝袋にくるまる。
「ネリス師団長は小柄ですから、そうしているとイモ虫そのものですな」
わたしはモゾモゾ動いて言い返す。
「イモ虫はきれいな蝶になるんだもん!」
副団長がニヤニヤと見つめるけれど、自分でもイモ虫かタラコだと思う。寝袋に包まれば、美麗な魔術師団長だってミノムシと変わらないしね。まだ見たことないけど。
「作業音が聞こえないよう、遮音障壁を張る。ゆっくり休め」
レオポルドはセットした〝眠らせ時計〟をそばに置くと、そうつぶやいて手でそっとわたしのまぶたを閉じさせた。
「ありがとレオポルド。おやすみ……」
眠りたい時間だけ眠らせる時計、たしかにこれはとても便利だ。メロディの魔道具店でも人気商品なのがうなずける。
「ふれたら壊れそうな砂糖細工の花……」
また意味のわからない言葉を、カーター副団長がブツブツつぶやくけれど、レオポルドの手に目を覆われたわたしは、そのままストンと眠りに落ちた。









