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【11/1コミカライズ連載開始】魔術師の杖 短編集 ネリアとレオポルドのじれじれな日常  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
連載開始四周年記念SS

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お泊まりおでかけ with 副団長⑨

仕事に夢中になっちゃうネリア。

「わぁ……なんだか小人になった気分」


 はじめて入った時計塔の内部は、ひんやりとした空気に満たされていて機械油のにおいがした。上にのぼる螺旋階段に沿って、入り口から順に魔導ランプの明かりが灯っていく。


 ポッ、ポッ、ポッ……。


 見上げると自分が小さくなって、時計の中に潜りこんだみたいだ。


 設置された魔導時計の機構自体は大きくて、大小の歯車が縦横に組み合わさり、魔石の振り子が揺れている。カーター副団長がすばやく魔導回路の動きと魔石の残量をチェックした。


「ふむ。時計自体は問題なく動いておる。魔石もあと数十年はもちますな」


「空気を清浄に保つ術式は働いているようだが、いちど全体に浄化の魔法をかけよう」


 レオポルドが魔法陣を展開すると、くすんでいた歯車が金属の光沢を取り戻す。


「みんなで協力したら早く終わりそうだね!」


 時計の手入れができるように、螺旋階段のところどころに作業用の椅子が設置されていた。いったん時計を止め、みんなで手分けして魔導回路をひとつひとつチェックし、ほころびかけていた術式を書き直していく。


 レオポルドと組んで仕事をするなんてこと、王城でもめったにない。


 ときどき視界をよぎる銀髪が気になったけれど、いつのまにかドルゲが描いた魔導回路に、わたしはすっかり夢中になっていた。


(わ、この仕組みどうなってるんだろう。王城に戻ったら大広間の魔導時計もちゃんと見学したいな。ユーリに頼んだら案内してくれるよね)


 しばらく集中して黙々と作業していたら、首筋にピタリと冷たいものがあてられ、わたしはビックリして叫び声をあげた。


「ひぃやあぁっ⁉」


「きみが休まねば、だれも食事ができん」


「……それを伝えるために、首筋にコップをあてたの?」


「声はかけた」


 ふいっと顔を背けて、彼は水の入ったコップをぐいっとわたしに押しつける。


「コルト湖の源流から採取した水だ。魔素に満ちている」


 どうやら水を汲んだコップを差し入れようとしたのに、わたしは気づかず黙々と作業していたらしい。


「どうも……」


 こくりと飲めば魔力ポーションほどではなくとも、魔素がスッと吸いこまれるみたいに体を駆け抜け、その清々しさにわたしは声をあげた。


「わ、おいしい!」


「それで茶を淹れるつもりだ。魔道具師たちをねぎらいたい」


「うん……ありがとう!」


 カラになったコップを握りしめ、またやってしまった……と反省する。わたしが師団長として、みんなに気を配らなければなかったのに、目の前の術式に夢中になってしまった。


(全員がカーター副団長みたいにギラギラしているわけじゃないもんね。怖がってた人もいたし、お昼はそれとなくみんなのようすを観察しなきゃ……)


 顔を上げると黄昏色の瞳と目が合う。わたしが何か言うまえに、彼は口をひらいた。


「きみはよくやっている」


「え……」


 ガラスのコップを取りあげて、彼はわたしが立ち上がれるように手を貸した。


「支えるのは私の役目だ。これぐらい婚約者でなくともやる」


「あ、ありがとう……」


 わたしの変な叫び声が合図になったらしく、みんなは作業を中断して螺旋階段をおりていく。はじめて見る魔導時計の内部に、興奮を隠しきれない者も何人かいた。


「見たか、あの機構。家に置く時計とまったく違っていた!」


「あたりまえだろ。暦や天候の予測まで正確に行うんだぞ」


 時計台から外にでれば、魔道具師たちが交換した部品を船に積み、かわりに食料や簡易テントを降ろしていた。


「あ、グリドル!」


「ふはは、ここで私の真価を発揮すべく運ばせたのです!」


 わたしが気づくと副団長が得意そうに胸を張る。即席のテントに屋台が組まれ、すっかりタコ焼き職人と化した彼が、ちゃっちゃと丸く焼き上げた物体に、魔道具師たちがどよめきを上げる。


「すごい……あれが錬金術師団の開発した調理道具」


「加熱の魔法陣に温度管理の術式をしこむのか……あ、ちゃんと中まで火が通ってる!」


「左様。子どもでも扱える手軽さが王都でもウケておる。コルト領にはまだグリドルが普及してないなら、帰るまでに大量発注をもぎ取るぞ」


 思い思いに石組みに腰掛け、はふはふと頬張っては食事を楽しむ彼らを見て、副団長はニタリと笑った。


 こんなときでも副団長が頼もしすぎる。彼がいる限り錬金術師団は赤字とは無縁かもしれない。


(まぁ、魔導列車のような大型の発明じゃなくても、生活に密着した魔道具は必要だもんね!)


「これ、あれに応用できませんか。湖畔に運動できない冬場に汗をかくための施設があるんですけど、火の魔石は扱いが難しくて」


「たしかに。毎年、二、三軒は小屋が燃えるよな」


「湖畔の小屋?」


「ええ。温まった体で湖に飛びこむと、いつまでもポカポカしてるんです」


 彼らの話をよく聞いて、わたしはそれが何かわかってしまった。


「サウナじゃん!」


「俺たちは『ドルゲ小屋』って呼んでます」


 なんと錬金術師ドルゲがはじめた習慣で、いまではすっかりコルト湖畔にサウナが定着しているらしい。


「へえぇ……錬金術の業績じゃないから、そんなことまで文献に載ってなかったし、知らなかったなぁ」


 みんなと話しながら屋台に並び、わたしもタコ焼きを食べようと待っていると、副団長は変な顔をした。


「ネリス師団長のぶんはありませんぞ」


「へ?」


 ふふんともったいつけて、副団長は口ひげをなでる。


「まぁ師団長は食いしん坊ですからな。私のタコ焼きが食べたいのはわかりますが」


 タコ焼きちょうだいとも言えず、わたしがカラの皿を持って立ち尽くしていると、息を切らしたレオポルドが急ぎ足でやってくる。


「すまない。茶のしたくで待たせた」


「まさか……」


 レオポルドはあっちでコルト湖の源流水を使い、体を温めて午後の作業に備え、集中力を高める効果のある薬草茶を準備していたはず。


 さっと髪をくくり腕まくりをすると、彼はグリドルを挟んでわたしの向かいに立つ。


「きみのぶんは私に作らせてほしいと副団長に頼んだ。彼のように手際よくはいかぬが……具は好みのものを入れるから言ってくれ」


 彼がクレードルをボウルにくぐらせ、ジュッと音を立てて出汁で溶いた小麦粉がグリドルに注がれる。


 何この対面式寿司カウンターみたいな特別待遇。そしてわたしは美麗な魔術師団長が、慣れない手つきで生地をつついて丸めるところを、しばらく見守ることになった。


「……………」


 お茶でも飲んで優雅に見守りたいけれど、わたしは今にも鳴りそうなお腹を必死になだめた。ここで鳴らないでほしい。


 わたしがお腹にグッと力をこめると、カーター副団長が彼にアドバイスをする。


「細かく回転させてしっかり火を通すのです。焼きすぎると固くなりますぞ」


「わかった」


 レオポルドがめっちゃ素直にカーター副団長のアドバイスを聞いている!


 ……ころん。


(よかった……お腹鳴らなかったよ……)


 皿にのっけてもらったタコ焼きを、わたしはみんなに見守られながらパクリと食べる。


「あふっ!」


 おいしいけど副団長はニマニマ見守ってるし、魔道具師たちは目を丸くしてるし、レオポルドは首をかしげてわたしの反応をうかがっているし……味わうにしてもよくわかんない。


「お、おいしいれふ……」


 モゴモゴしながら飲みこんで、どうにか感想を口にすれば、レオポルドはホッとしたように息を吐く。


 タコ焼きだけで、どうしてそんなに緊張してんの⁉


「もしかして練習した?」


「グリドルの使いかたから教わった」


 彼はこくりとうなずき、わたしの皿につぎつぎとタコ焼きを載せていく。


「そうなんだ……ありがとう。あっ、レオポルドはまだ食べてないじゃん。ちょっと待ってね、ソースとマヨで味変して干し魚の削り粉もふりかけて……」


 副団長が用意していた調味料をパパッとかけ、フウフウしてから彼に差しだす。


「はい、あーん」


「…………」


 少しだけためらってから彼は口をあけ、わたしが差しだしたタコ焼きをパクリと食べた。


「えへへ、自分が焼いたタコ焼きの味はどう?」


 彼は困ったように視線をそらす。わかりにくいけれど、こんなしぐさをするとき彼は照れているのだ。


「いや……実はライアスと何度か試食はして……」


 レオポルドのタコ焼きを食べたの……わたしよりライアスが先だったよ!


 そのあと魔道具師たちに魔導時計の修理について、感想を聞いて回ったんだけど……みんなほほを上気させて興奮気味にこう答えるだけだった。


「すっごくエモかったです!」


「俺、フォト持ってくればよかった!」


「えっと……もう時計塔が怖くないならいいのかなぁ」


 それから数年後、魔道具師たちの手で湖畔のグリドルハウスとともに、カップルがタコ焼きを焼きつつ互いに食べさせ合うのが、コルト湖で流行るのだけれど……それはまた別のお話。

『このライトノベルがすごい!』投票始まりました。(〆切9/23)

『魔術師の杖』シリーズとイラストレーターのよろづ先生に投票お願いします!

これだけ画力のある方が、認められていない現実を何とかしたいです。

挿絵(By みてみん)

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