お泊まりおでかけ with 副団長⑧
ようやく時計塔ですが、SSがSSじゃない長さに(汗
湖畔の桟橋には、時計塔の部品を積みこむため、そこそこ大きい魔導船が用意されていた。魔導船は魔導列車と同じく、魔石があれば船員に動かせる作りで、魔力持ちの力を借りなくてもいい。
カーター副団長が指揮して船に荷物を積みこむ横で、わたしは時計塔に目をやる。朝起きたときはまだぼんやりしていたその影も、いまでは湖岸からもハッキリとよく見える。
「こうして見ると大きい建造物だね」
わたしも錬金術師ドルゲについては、城の大広間にある魔導時計の設計者ということぐらいしか知らない。時刻や気候に合わせて魔導人形が動き、その華やかさから王城ツアーの人気スポットだ。
「あのあたりは水深が深く、地元の漁師たちは近寄らない」
「むしろ恐れているともいえますな」
「恐れている?」
「…………」
黙りこんだレオポルドのかわりに、カーター副団長が答えた。
「地形のせいか突風が吹き、穏やかないい天気なのに船が転覆することがあるのです。冷たい湖水に引きずりまれるように、姿を消した者が何人もいるとか。湖底都市に誘いこまれたのでは……と。地元では恐れられておりましてな」
「や、やめてくださいよ!」
作業していた魔導船の船員が、青ざめた顔で振り向いた。
「時計塔まで作業船をだすのだってビクビクしてんですから」
「それじゃ……」
「修理がままならなかったのもうなずけるな」
今回、時計塔の故障でわたしたちが呼ばれたのには、そんな理由もあったらしい。黒いローブに身を包んだレオポルドが、長い髪をかきあげて白い息を吐いた。おびえる船員たちを相手に、カーター副団長はふんぞり返る。
「ふん、魔術師団長は天候すらも操れるし、錬金術師団長は王都で第一王子の呪いを解いたのだ。安心して船をだすがよい」
「え?ちょっと……」
レオポルドが天候を操れるのはたしかだけど、ユーリのはただ時期がきてチョーカーがはずれただけだ。けれど副団長はギロリと目つきでわたしを黙らせ、そっと耳打ちしてきた。
「昔の精巧で高価な魔道具には、泥棒よけの魔法陣が設置され、住民が不用意に近づかないよう、さまざまな言い伝えを意図的に流すこともあります。何もなかったとしても……わざわざ種明かしをする必要はありませんぞ」
「そうなんだ……」
「守られてこその神秘性ということもある」
レオポルドまでそう言うんだから、そうなのかもしれない。それがたとえ命を危険にさらす行為だとしても、欲に支配された人間は何だってやってしまうだろうから。
湖の上は風もなく、出発した船は滑るように湖面を進む。優雅な船旅のようで、わたしたちについてきた地元の魔道具師や、船を操る技師たちはみんなピリピリしていた。
(しっかりした魔導船がない時代、時計塔に行くのはもっと危険だったよね……)
そんなことを思って、わたしはレオポルドに話しかける。
「でもさ、修理が大変だったのなら、わざわざ船で行く場所に時計塔を造らなくてもいいのに」
「錬金術師ドルゲにとっては意味のあることだったのだろう」
「意味のあること……」
「きみは誘われないのか?」
「へ?」
逆に聞かれてレオポルドを見上げれば、彼は湖面を見つめて淡々と続ける。
「迷宮絵本の中では『もっと見たい』と言っていたようだが」
「あ、それは……」
水の中にそっくりそのまま築かれた都市を、あのときはもっと見たいと思った。
「だからって湖に飛びこんだりしないからね?」
「どうかな」
む、信用がない。けれど彼がいるときにマール川に飛びこもうとしたり、わたしもいろいろとやらかしているもんね。
「キヲツケマス……」
「そうしてくれ」
本気で言っているのに、彼からは本当に疑わしそうに言われた。むむ。
そうこうしているうちに、船は時計台へと近づく。水の迷宮で見かけた街を探して船縁からのぞけば、透き通る水中にユラユラと街の影が見える。
「わ、すごい。……フグッ!」
ローブをつかまれて変な声がでると、背後から注意される。
「あまり身を乗りだすな」
「わ、わかってるもん……」
けれど彼はわたしのウェストに手をかけ、体をくるりと反転させて自分のほうに顔を向かせ、さらにアゴに手をかけてきた。黄昏色の瞳がまっすぐにわたしを見つめて、疑わしそうに問いかけてくる。
「本当にわかってるのか?」
距離感ーー!
近いから!
ていうかなぜこんなに密着⁉
しかも時計塔の桟橋にガツンと船がぶつかり、衝撃でわたしは彼の胸に飛びこむ形になる。
「わっ⁉」
「ほら、危ない」
ため息交じりの声で彼に耳元でささやかれ、わたしは必死に頭の中で唱えた。
(いま仕事中!いま仕事中!いま仕事中だから!)
頭上でくすりと笑う気配がする。
「たまには甘えてしがみつけばいいものを。きみは緊張して体を強張らせるのだからな」
……大きな手で頭をなでるなあぁ!
おもしろがってるでしょ!
ぜったい、おもしろがってるでしょ!
(待って。わたしなんで頭なでられてるの?アガテリスに乗ったとき、髪をいじって遊んでたから?もしかして仕返し⁉️)
まわりではガヤガヤと声がして船をくくりつけ、荷下ろしがはじまっているらしい。
いまここで彼に抱きしめられて過ごすわけにもいかない。両手にグイッと力をこめて体を引きはがすと、彼はあっさりとわたしを解放した。
「ふざけないでよね!」
キッと彼をにらみつければ、ただまばたきをして肩をすくめる。その後ろでカーター副団長の目が点になっている。
「壊れそうな砂糖細工の花……」
「はい?」
よくわからないことをつぶやいて、ハッと我に返った副団長は、咳払いして不満そうに口をゆがめた。
「ネリス師団長、まったく迫力がありませんぞ。師団長会議ではいったいどうされていたのか……もう少しビシッと決めていただきたい」
やってるんだってばー!
「わたしに副団長並みの貫禄を求めても無理だと思うの……」
とうぜんのように手を貸す彼につかまって、なんとか下船すれば時計塔の石段は崩れかかっている。
わたしと副団長とレオポルドは、荷解きをはじめたみんなを置いて、石垣に囲まれた狭い通路を歩き、まずは時計塔の外周を見て回る。
「わ、ずいぶん荒れてるね……」
「風雨にさらされ、波の浸食もありますからな。草木の根が岩を割ることもあります」
レオポルドが崩れかけた石垣に手をあてる。
「建物自体には修復の魔法陣がかかっているが、土台の経年劣化までは防ぎようがないな。魔石タイルも使われていないようだ」
「ドルゲは……時計台をこのまま朽ちさせるつもりだったのかな」
「なぜそう思う」
「ここって管理が大変そうだもの。自分がいなくなったらって……考えなかったの?」
「そうとも言えまい。自分の手が届く範囲はきちんと術式が構築してある」
「あ……」
レオポルドが時計台の入り口になっている金属製のドアにふれると、デーダスの小屋で見たような金文字が浮かびあがった。
―見る資格のある者だけが開けよ―
「資格だって。どうしよう、コルト伯爵に許可をもらったほうがいい?」
予想もしていなかった言葉におろおろしていると、レオポルドはため息をついた。
「錬金術師ドルゲの役職を思いだせ」
「あ……錬金術師団長!」
おそるおそる手を伸ばしてドアにふれれば、金文字が炎のように燃えあがって消えると、音もなく静かにドアが開いた。
「……ようやく封印が解けたか」
「ネリス師団長で助かりましたな」
レオポルドがつぶやけば、副団長も重々しくうなずく。
「え、もしかしてわたし……このために呼ばれたの?」
「グレン老は自分の興味がないことには、いっさい無関心でしたので」
「あいつが師団長を務めて数十年……コルト伯爵もさぞ気をもんだことだろう」
――グレン爺!









