お泊まりおでかけ with 副団長⑦
ネリアと副団長回です。
朝食の席で、カーター副団長はモリモリ食べながら、今日の予定について話の主導権を握った。
「昨日のうちに魔導回路の設計図を参考に、術式をいくつかのブロックにわけ、それぞれの図面を見て欠損箇所を洗いだしました」
副団長は一気にしゃべって、大きく切ったベーコンを口に放りこむ。
――パクッ。
「そこを修理するの?」
わたしが質問すると、しっかりとベーコンをかみしめつつ、彼は首を横に振った。
――モグモグモグモグ……ごっくん。
領主館での食事のため、マナーに気を使ったのだろう。ちょっとウブルグっぽいけど……うん、大切なことだ。コルト夫妻は親切だけれど、それに甘えすぎて礼を失してはいけない。
副団長はごきゅりとノドぼとけを動かし、ベーコンを飲みこんでからナプキンで軽く口を押さえ、ついでに口ひげをなでて整えている。
(副団長なりに食事のマナー、気を使ってる!)
オドゥ相手ならベーコンの欠片が飛んでも気にせず、まくしたてるのに!
重々しく咳払いして、もったいつけた副団長はまた話しはじめる。
「いいえ、おそらく部品も交換が必要でしょう。王都から持参したもので間に合えばいいですが、部品がなければアルバーン師団長に〝修復の魔法陣〟をお願いすることになります」
「心得た」
「ですがそれは最後の手段にしたい。壊れた部品にも使い道がありましてな」
それを聞いてコルト伯爵が身を乗りだす。
「使い道とはどんな?」
カーター副団長はねっとりとした視線で、伯爵をロックオンして話を切りだした。
「領内で腕の立つ魔道具師を何名か、シャングリラに派遣するといい。彼らを錬金術師団で引き受け、部品の修復を学ばせるのです。ゆくゆくは彼らが魔導時計の修理を担えるでしょう」
「おお!」
コルト伯爵の目が輝いた。
「それならわが領の魔道具師もスキルアップできます!」
伯爵が話に乗ったのを見て取り、カーター副団長も鼻の穴をふくらませる。
「左様。伯爵夫妻には一宿一飯の恩もある。彼らには研修中、王城の魔道具にふれる機会も設けましょう」
「なんと!」
善良そうなコルト伯爵は、感激のあまり目を潤ませて、テーブルクロスを握りしめてプルプル震えている。言葉のでてこない夫のかわりに、伯爵夫人が胸に手をあて大きく息を吸い、副団長とわたしに向かって感謝の言葉を述べた。
「なんて……なんて素晴らしいお申し出でしょう。錬金術師団長は気難しいかただと思いこみ、依頼をだすのをためらっておりました。私どもの不明をお許しくださいませ」
「いえ伯爵夫人、そんなかしこまらないでください……」
この申し出を断る領主はいないだろう。王都での研修に王城の魔道具にふれる機会まで約束されている。地方在住の魔道具師たちにとっても、一生に一度あるかないかの機会だ。
けれどわたしにはわかった。
これってつまりカーター副団長が、オドゥのかわりにこき使えそうな……人手を確保したのだ!
だってカーター副団長てば厳粛な顔で神妙にうなずきつつ、目がギラッギラに光ったもん。しかも恩着せがましい……なんてあざとい!
(たしかに雑用はしなくていいと言ったけど……)
錬金術師団の人手不足を補うだけでなく、王城での影響力を考えたら、彼も魔道具修理の仕事を減らしたくないのだろう。
ただゴマすりや予算獲得のためだけではなく、スタッフたちに受けがいいことも、王城という巨大な組織で生き抜くには必要な処世術なのだ。
「ネリス師団長がサルジアに行かれる間は、私が研究棟を任されております。私がすべての責任を持ちますぞ」
「うん、カーター副団長に任せるよ」
ドン、と力強く胸を叩く彼に、わたしは言葉を添えるだけだった。どのみちわたしはエクグラシアからいなくなるのだ。
「きみはいい部下を持ったな」
「うん」
レオポルドにこくりとうなずくと、彼もふっと口の端にほほえみを浮かべる。それを聞いた副団長が、うれしそうに瞳を輝かせた。
そのやり取りだけで給仕のスタッフたちが息をのみ、よろめいた若いメイドに数人が駆け寄り、その体を支えて部屋から連れだした。
当の本人は気にも留めずに、こんどはカーター副団長を持ち上げている。
「錬金術師団のクオード・カーター副団長は、先代の師団長が長らく研究棟を不在にしていた折も、立派に錬金術師団を支えた実力者だ。彼の指導を仰げるのはコルト領の魔道具師たちにとっても幸運だ」
「も、もとはといえば、魔術師団長のお父上の導きがあったからです……」
これほど彼が人をほめるのは珍しく、カーター副団長は真っ赤になって口ごもった。
食後、湖に向かう準備をしながら、カーター副団長は胸を苦しそうに押さえ、悩ましそうな顔をしてわたしに話しかけてきた。
「ネリス師団長、アルバーン魔術師団長の、あの声はヤバいですな……」
「はいっ⁉」
副団長に話しかけられて、わたしはピョンと跳びあがる。つねづね感じていたことを見透かされたかと思ったのだ。
けれど彼は深刻そうな顔で、わたしに切々と訴える。
「顔も雰囲気もまったく似ていないのに、ふとした瞬間にまるで……グレン老からねぎらわれたように感じるのです。あのかたはそのような言葉は、決して口にされませんでしたが」
「それはちがうよ、副団長!」
わたしは思わず口をはさんだ。誤解されやすいグレンのこと、ちゃんと話さなきゃいけない人が、こんな近くにまだいたと気づく。
「ちがうとは?」
けげんそうな彼に向かい、わたしは必死に言葉を探した。
「あの、グレンがデーダス荒野に引きこもれたのって、カーター副団長が王都で全部、実務を引き受けてくれたからだよ。何も言わなかったのは、それだけ信頼していたからで……」
「信頼、ですか……」
副団長は目をギョロリと血走らせ、唇をゆがめて皮肉っぽくつぶやく。
「私には師団長室の鍵は渡されませんでした。おふたりの婚約を思えば、これでよかったのでしょうが」
「カーター副団長……」
どう言えばいいかわからなくなったわたしを、副団長は手を振ってさえぎる。
「誤解しないでいただきたい。ネリス師団長には妻ともども感謝しております。娘の婚約も決まったのです。今の処遇になんの不満もありません。ただ……」
カーター副団長は小さくため息をついて、遠くを見つめた。
「魔術師団長からねぎらわれるたび……自分がいかに、あのかたから評価されたい、認められたいと願っていたか……それに気づかされましてな」
グレンの錬金術に惚れこんで、魔道具師の安定した暮らしを投げうってまで、カーター副団長は錬金術師を目指した。
天才錬金術師グレンに対する崇拝と軽蔑、自分の力量に対する絶望……歯ぎしりしながら研究に打ちこむしかない日々は、どれだけの忍耐力が必要だったのだろう。
副団長は肩を落とし、息を吐いてから首を振って立ち上がった。
「では時計塔に向かいましょうか」
「あ、あのっ、待って。ちょっとかがんでくれる?」
「かがむ?」
聞き返しながらも膝に両手を置き、アゴを突きだして身をかがめた副団長の頭を、わたしは手を伸ばしてなでる。
「あのね、わたしはグレンから……そんな副団長ごと錬金術師団を譲り受けたから。だからいまはわたしがあなたをねぎらうよ。その……レオポルドほど上手にお茶は淹れられないけど」
整髪料をつけているのか彼の髪はゴワゴワして、チクチクと手に刺さった。それでも……。
「わたしが安心してサルジアに行けるのは、カーター副団長がいるおかげです。ヴェリガンが捕まったときも、彼のかわりにアトリウムの植物たちを世話してくれてありがとう。ヌーメリアがアレクを引き取ったときも、事務手続きを教えてくれてありがとう。それから……パパロッチェンを飲ませてくれたことも」
「待ってください。パパロッチェンは違うでしょう。あれは嫌がらせ……」
ギョッとした彼に、わたしは笑顔で首を横に振る。
「ううん。苦しかったけど、わたしパパロッチェンを飲んでよかったよ。あれのおかげで大切な……大切な思い出ができたの」
美しい装飾がほどこされた魔導時計が置かれた大広間で、魔導シャンデリアに照らされてきらめくオーロラ色のドレスにクリスタルビーズの輝き。いま思い返しても自分が体験したとは信じられない。
「師団長には……かないませんな」
本心から言っているのが伝わったのだろう。副団長は変な顔をしたまま、ため息をついておとなしくなった。









