表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【11/1コミカライズ連載開始】魔術師の杖 短編集 ネリアとレオポルドのじれじれな日常  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
連載開始四周年記念SS

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/62

お泊まりおでかけ with 副団長⑦

ネリアと副団長回です。

 朝食の席で、カーター副団長はモリモリ食べながら、今日の予定について話の主導権を握った。


「昨日のうちに魔導回路の設計図を参考に、術式をいくつかのブロックにわけ、それぞれの図面を見て欠損箇所を洗いだしました」


 副団長は一気にしゃべって、大きく切ったベーコンを口に放りこむ。


 ――パクッ。


「そこを修理するの?」


 わたしが質問すると、しっかりとベーコンをかみしめつつ、彼は首を横に振った。


 ――モグモグモグモグ……ごっくん。


 領主館での食事のため、マナーに気を使ったのだろう。ちょっとウブルグっぽいけど……うん、大切なことだ。コルト夫妻は親切だけれど、それに甘えすぎて礼を失してはいけない。


 副団長はごきゅりとノドぼとけを動かし、ベーコンを飲みこんでからナプキンで軽く口を押さえ、ついでに口ひげをなでて整えている。


(副団長なりに食事のマナー、気を使ってる!)


 オドゥ相手ならベーコンの欠片が飛んでも気にせず、まくしたてるのに!


 重々しく咳払いして、もったいつけた副団長はまた話しはじめる。


「いいえ、おそらく部品も交換が必要でしょう。王都から持参したもので間に合えばいいですが、部品がなければアルバーン師団長に〝修復の魔法陣〟をお願いすることになります」


「心得た」


「ですがそれは最後の手段にしたい。壊れた部品にも使い道がありましてな」


 それを聞いてコルト伯爵が身を乗りだす。


「使い道とはどんな?」


 カーター副団長はねっとりとした視線で、伯爵をロックオンして話を切りだした。


「領内で腕の立つ魔道具師を何名か、シャングリラに派遣するといい。彼らを錬金術師団で引き受け、部品の修復を学ばせるのです。ゆくゆくは彼らが魔導時計の修理を担えるでしょう」


「おお!」


 コルト伯爵の目が輝いた。


「それならわが領の魔道具師もスキルアップできます!」


 伯爵が話に乗ったのを見て取り、カーター副団長も鼻の穴をふくらませる。


「左様。伯爵夫妻には一宿一飯の恩もある。彼らには研修中、王城の魔道具にふれる機会も設けましょう」


「なんと!」


 善良そうなコルト伯爵は、感激のあまり目を潤ませて、テーブルクロスを握りしめてプルプル震えている。言葉のでてこない夫のかわりに、伯爵夫人が胸に手をあて大きく息を吸い、副団長とわたしに向かって感謝の言葉を述べた。


「なんて……なんて素晴らしいお申し出でしょう。錬金術師団長は気難しいかただと思いこみ、依頼をだすのをためらっておりました。私どもの不明をお許しくださいませ」


「いえ伯爵夫人、そんなかしこまらないでください……」


 この申し出を断る領主はいないだろう。王都での研修に王城の魔道具にふれる機会まで約束されている。地方在住の魔道具師たちにとっても、一生に一度あるかないかの機会だ。


 けれどわたしにはわかった。


 これってつまりカーター副団長が、オドゥのかわりにこき使えそうな……人手を確保したのだ!


 だってカーター副団長てば厳粛な顔で神妙にうなずきつつ、目がギラッギラに光ったもん。しかも恩着せがましい……なんてあざとい!


(たしかに雑用はしなくていいと言ったけど……)


 錬金術師団の人手不足を補うだけでなく、王城での影響力を考えたら、彼も魔道具修理の仕事を減らしたくないのだろう。


 ただゴマすりや予算獲得のためだけではなく、スタッフたちに受けがいいことも、王城という巨大な組織で生き抜くには必要な処世術なのだ。


「ネリス師団長がサルジアに行かれる間は、私が研究棟を任されております。私がすべての責任を持ちますぞ」


「うん、カーター副団長に任せるよ」


 ドン、と力強く胸を叩く彼に、わたしは言葉を添えるだけだった。どのみちわたしはエクグラシアからいなくなるのだ。


「きみはいい部下を持ったな」


「うん」


 レオポルドにこくりとうなずくと、彼もふっと口の端にほほえみを浮かべる。それを聞いた副団長が、うれしそうに瞳を輝かせた。


 そのやり取りだけで給仕のスタッフたちが息をのみ、よろめいた若いメイドに数人が駆け寄り、その体を支えて部屋から連れだした。


 当の本人は気にも留めずに、こんどはカーター副団長を持ち上げている。


「錬金術師団のクオード・カーター副団長は、先代の師団長が長らく研究棟を不在にしていた折も、立派に錬金術師団を支えた実力者だ。彼の指導を仰げるのはコルト領の魔道具師たちにとっても幸運だ」


「も、もとはといえば、魔術師団長のお父上の導きがあったからです……」


 これほど彼が人をほめるのは珍しく、カーター副団長は真っ赤になって口ごもった。





 食後、湖に向かう準備をしながら、カーター副団長は胸を苦しそうに押さえ、悩ましそうな顔をしてわたしに話しかけてきた。


「ネリス師団長、アルバーン魔術師団長の、あの声はヤバいですな……」


「はいっ⁉」


 副団長に話しかけられて、わたしはピョンと跳びあがる。つねづね感じていたことを見透かされたかと思ったのだ。


 けれど彼は深刻そうな顔で、わたしに切々と訴える。


「顔も雰囲気もまったく似ていないのに、ふとした瞬間にまるで……グレン老からねぎらわれたように感じるのです。あのかたはそのような言葉は、決して口にされませんでしたが」


「それはちがうよ、副団長!」


 わたしは思わず口をはさんだ。誤解されやすいグレンのこと、ちゃんと話さなきゃいけない人が、こんな近くにまだいたと気づく。


「ちがうとは?」


 けげんそうな彼に向かい、わたしは必死に言葉を探した。


「あの、グレンがデーダス荒野に引きこもれたのって、カーター副団長が王都で全部、実務を引き受けてくれたからだよ。何も言わなかったのは、それだけ信頼していたからで……」


「信頼、ですか……」


 副団長は目をギョロリと血走らせ、唇をゆがめて皮肉っぽくつぶやく。


「私には師団長室の鍵は渡されませんでした。おふたりの婚約を思えば、これでよかったのでしょうが」


「カーター副団長……」


 どう言えばいいかわからなくなったわたしを、副団長は手を振ってさえぎる。


「誤解しないでいただきたい。ネリス師団長には妻ともども感謝しております。娘の婚約も決まったのです。今の処遇になんの不満もありません。ただ……」


 カーター副団長は小さくため息をついて、遠くを見つめた。


「魔術師団長からねぎらわれるたび……自分がいかに、あのかたから評価されたい、認められたいと願っていたか……それに気づかされましてな」


 グレンの錬金術に惚れこんで、魔道具師の安定した暮らしを投げうってまで、カーター副団長は錬金術師を目指した。


 天才錬金術師グレンに対する崇拝と軽蔑、自分の力量に対する絶望……歯ぎしりしながら研究に打ちこむしかない日々は、どれだけの忍耐力が必要だったのだろう。


 副団長は肩を落とし、息を吐いてから首を振って立ち上がった。


「では時計塔に向かいましょうか」


「あ、あのっ、待って。ちょっとかがんでくれる?」


「かがむ?」


 聞き返しながらも膝に両手を置き、アゴを突きだして身をかがめた副団長の頭を、わたしは手を伸ばしてなでる。


「あのね、わたしはグレンから……そんな副団長ごと錬金術師団を譲り受けたから。だからいまはわたしがあなたをねぎらうよ。その……レオポルドほど上手にお茶は淹れられないけど」


 整髪料をつけているのか彼の髪はゴワゴワして、チクチクと手に刺さった。それでも……。


「わたしが安心してサルジアに行けるのは、カーター副団長がいるおかげです。ヴェリガンが捕まったときも、彼のかわりにアトリウムの植物たちを世話してくれてありがとう。ヌーメリアがアレクを引き取ったときも、事務手続きを教えてくれてありがとう。それから……パパロッチェンを飲ませてくれたことも」


「待ってください。パパロッチェンは違うでしょう。あれは嫌がらせ……」


 ギョッとした彼に、わたしは笑顔で首を横に振る。


「ううん。苦しかったけど、わたしパパロッチェンを飲んでよかったよ。あれのおかげで大切な……大切な思い出ができたの」


 美しい装飾がほどこされた魔導時計が置かれた大広間で、魔導シャンデリアに照らされてきらめくオーロラ色のドレスにクリスタルビーズの輝き。いま思い返しても自分が体験したとは信じられない。


「師団長には……かないませんな」


 本心から言っているのが伝わったのだろう。副団長は変な顔をしたまま、ため息をついておとなしくなった。


パパロッチェンがなければ、舞踏会はどうなっていたことか……。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
作者にマシュマロを送る
☆☆11/1コミカライズ開始!☆☆
『魔術師の杖 THE COMIC』

『魔術師の杖 THE COMIC』

小説版公式サイト
小説版『魔術師の杖』
☆☆NovelJam2025参加作品『7日目の希望』約8千字の短編☆☆
『七日目の希望』
☆☆電子書籍販売サイト(一部)☆☆
シーモア
Amazon
auブックパス
BookLive
BookWalker
ドコモdブック
DMMブックス
ebook
honto
紀伊國屋kinoppy
ソニーReaderStore
楽天
☆☆紙書籍販売サイト(全国の書店からも注文できます)☆☆
e-hon
紀伊國屋書店
書泉オンライン
Amazon

↓なろうで読める『魔術師の杖』シリーズ↓
魔術師の杖シリーズ
☆☆粉雪チャンネル(Youtube)☆☆
粉雪チャンネル
― 新着の感想 ―
わあああ!お気に入りエピソードに登録しましたあああ泣けます!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ