お泊まりおでかけ with 副団長④
「あの迷宮って実在してたの?」
わたしが驚くと、レオポルドはうなずいた。
「迷宮絵本にでてくる迷宮は、すべて実在している。だからこそ凝った作りの、仕掛け絵本なのだ」
湖畔では白竜アガテリスがのんびりとくつろいでおり、それも見物客を集めていた。湖をバックにアガテリスとフォトを撮る人たちもいる。
「ふふっ、アガテリスもみんなの〝思い出〟になるんだね」
「この位置からだと湖底都市までは見えないか……おそらく時計塔からは、はっきり観察できるだろう」
「じゃあ明日かな」
アガテリスを見慣れているレオポルドは、白竜ではなく湖のほうを気にしていた。
「錬金術師ドルゲも謎の多い人物だ。城にいて王女の求めに応じて魔導時計を製作したほかは、グレン老のような目立った功績はない。ミスリルの精錬や竜騎士たちの装備を鍛えて、塔に納めるポーション作りや、医術部門に頼まれて調薬を行っていたようだが」
「今も錬金術師団がやっている業務と変わらないね」
わたしはそれにあっちの世界で、学んだ知識を持ちこんだ。魔素を使うことで、ただの高校生だったときには、できなかったことまでできるようになった。
万能とまではいかないけれど、錬金術をやるのは楽しい。ただ生きていくために覚えたことだったのに、グレン以上に何をしでかすかわからない錬金術師たちに囲まれた生活は、想像以上にハプニングに満ちている。
「竜騎士たちの装備を鍛えることは、国家の安寧につながったからな。魔導時計を見るかぎりは、魔道具作りというよりカラクリ細工が得意だったのだろう。優れた技術と感覚の持ち主だ」
「それでカーター副団長も熱心に図面を見てたのかぁ。レオポルドは錬金術師のことは嫌ってないんだね」
なんとなく口にすると、彼はうなずいて首をかしげる。
「彼らの働きは認めている。私は最初……師団長にはオドゥ・イグネルを推すつもりだった」
「オドゥを?」
「ああ。私はオドゥがいちばん適任だと考えていたが、彼はカーター副団長の弟子だ。師匠への遠慮もあるだろうし、先にライアスが竜騎士団長になったから……学園時代から親しい我々がそろって師団長になっては、妙な軋轢を生むかもしれない。それにオドゥ自身も望んでいなかった」
「そうだったんだ……」
「彼が師団長にならないのであれば、だれがなっても同じ……そんなふうに考えていた」
そこで彼は口をつぐんで、わたしを見てふっと笑う。
「現実には、そうはならなかったがな」
「そうだね」
もしもわたしがいなければ、師団長にはだれがなっていただろう。カーター副団長かオドゥ・イグネル、成人したばかりのユーリだって候補者になる。
だれがなっても同じ……けれどわたしが王都にやってきたことで、まったく違う結果になった。
「わたしがみんなの未来を変えたんだね」
わたしの存在が世界に影響を及ぼすならば、いい波紋を呼ぶひとしずくでありたい。
「私の未来もきみが変える」
そんなことをつぶやくレオポルドを、チラリと見あげる。
「変えるつもりはなかったんだけど……」
「まぁ、きみは用があるときしか、私のところにこないからな」
ぼそりと返すレオポルドは淡々としていて、あいかわらず無表情だから、文句を言っているのか、それとも事実を指摘しているだけなのかわからない。
「えっ」
「それに自分の気が済んだら、さっさと行ってしまう」
……これ、文句のほうだー!
「いやいや、その認識違うから!たしかに用事がないのに押しかけて、仕事の邪魔はしないよう気をつけているけど……いつも追いだすのはそっちのほうじゃん!最初のときとか!こないだの魔女のお茶会のときだって!」
猛然と言い返せば、彼は目を丸くした。あら、ふだん無表情なレオポルドが、こんな顔するなんて珍しい。
「魔女のお茶会?だがあれは……きみを帰さねば……」
それきり彼は額を押さえ、悩ましげにため息をついたあと、ふいと顔をそむけて黙ってしまった。









