お泊まりおでかけ with 副団長③
目的地のコルト湖は晴れた空を映し、湖面はキラキラと鏡のように輝いていた。
今回の出張依頼はレオポルドを通じたもので、湖に面した時計塔に設置された、百五十年前の魔導時計を修理することになっている。
なんと王城の大広間にある魔導時計の設計者、第八代目の錬金術師団長ドルゲの作らしい。
まずは対岸の町コルトに着いて領主館に立ち寄り、領主館で保管されている設計図をだしてもらい、それを見ながら説明を聞く。
精巧な作りの魔導人形が動き回る、大広間の華やかな時計とは逆に、湖の対岸にある町に時を告げる、質実剛健といった感じの時計塔だという。
「それでも錬金術師団長の作ですからな。水位計や風速計なども備え、天候の変化や災害なども予測したとか」
「へえぇ……」
副団長の説明を聞きながら図面に見入っていると、領主のコルト夫妻がにこにことあいづちを打つ。
「コルトの民には時計塔の鐘が、時を告げる大切なものです。ところが年越しの晩に鳴るはずの音が、いつまでたっても鳴りません」
「町の魔道具師ではお手上げで……もう壊れたのかもしれませんが、生き返らせられるなら、あの音色をとり戻したいのです」
魔導時計はときどき油をさして、魔石を補充するぐらいだったという。
「私がまず夫妻から相談を受けて、王城でも魔導時計のメンテナンスを任されている、カーター副団長ならと推薦したのだ」
「ふむ……最近はオドゥに任せていたが、たしかにあの時計なら私も手入れをしておりました」
「それでこちらは助手のかたですか?」
コルト夫妻がふしぎそうにわたしを見る。いかにも素人くさい小娘が、ひっついているんだもの、そう思うのも無理はない。
わたしたちを案内した領主館のスタッフは、レオポルドとカーター副団長の顔だけを知っていたのだろう。
(どうしよう、ここは助手のふりでもしとこうか……)
一瞬そう思いそうになったところで、レオポルドの腕が伸びてきて、わたしの肩を抱き寄せた。
「ひゃっ⁉」
「ご紹介が遅れて失礼した。私の婚約者で錬金術師団長を務めるネリア・ネリスです」
「私の上司でもあります」
副団長がつけ加えたけれど、夫妻の目がまん丸になって、口があんぐりと開いて、わたしはいたたまれなくなった。
「ヨロシクオネガイシマス……」
わたし仮面取らないほうが、よかったんじゃないかなぁ……。夫妻は目配せをしたあと、夫人がにこやかにわたしへほほえむ。
「ま、それは失礼を……でしたら部屋は湖に面した続き部屋にしましょうか?」
「お気遣いなく。まだ婚約したばかりで、贈りものの手配も済んでいませんから」
そう言ってふいっと顔をそらしたレオポルドに、コルト夫妻だけでなく部屋に居合わせたスタッフまでが、息をのんで目を潤ませる。
「まぁ!」
「それはそれは……我々はお若いふたりに、貴重な時間を割かせてしまったようだ」
「いやあの、そういうお、お気遣いは不要なので……」
ワタワタと両手を振ると、コルト夫人はにっこにこで夫に話しかける。
「そうだわ、お忙しいおふたりですもの。一緒におでかけされたことは、あまりないのではないかしら。晩餐まではまだ間がありますし、湖畔の散歩を楽しまれてはいかが」
何そのお見合いみたいな、『あとはお若いおふたりで』みたいな気遣い……と思ったら、コルト氏も目を輝かせてうなずく。
「それがいい。ぜひこの地で思い出を作って帰られるといい。妻と私の思い出の地でもありましてな、晩餐ではその話をお聞かせしましょう」
「まぁ、あなたったら。お客様がくるたびにその話ばかり」
いやわたしたちは仕事で、魔導時計の修理をしにきたのであって。ところがカーター副団長までも、ギロリと目を光らせてうなずいた。
「すぐ作業にはかかれません。私が点検箇所を抜きだしておきましょう。アルバーン魔術師団長、ネリス師団長の案内を頼みます」
……副団長まで!
そしてレオポルドは顔をそらしたまま、思案するように指で髪を右耳にかけ、銀の長いまつ毛を伏せた。
「そうだな。機会があれば案内したいと思っていた。ちょうどいいか……」
黄昏色にきらめく瞳がわたしに向けられ、大きな手が差しだされる。
「ではコルト夫妻の言葉に甘えよう。きっときみも興味を持つはずだ」
なんかレオポルドって……いつも断れない状況で手を差しのべてくるよね⁉
ぽーいっ。わたしたちは盛大にお見送りされて、ふたりきりで湖畔の散歩をすることになった。
対岸にある大理石でできた、白亜の時計塔が湖面に映りこみ、美しいコルト湖にはわたしたちの他にも、景色を楽しむ人たちでにぎわっていた。
「ええと、くる前から案内してくれるつもりだったの?」
「ああ」
さくさくと砂を踏みしめながら、彼はゆったりとした歩調でわたしをエスコートしてくれる。ええと……この歩きかたにも、まだ慣れない。
だってレオポルドが歩くときって……スタスタという擬音が似合うほど、長い脚が前後に動いて、そこをわたしが小走りでついていく感じだったのに。
それがピッタリ寄り添って歩いてくれるんだよ⁉
レオポルドがおかしくなったとしか思えないよ!
「……またきみは頭の中でぐるぐる考えているのか?」
「えっ?」
頭の中でわちゃわちゃ考えていたら、彼が立ちどまってわたしの顔をのぞきこむ。おっしゃる通り、ぐるぐるしてました!
そして顔がいい。顔がいいのはわかってるけどドキドキするのは、きょうのレオポルド、なんか楽しそうなんだもん。
「ここはコルト夫妻にとっても思い出の地なようだが、私たちにとってもそうなのだ」
「私たち?」
わたしここきたの、はじめてだけど?
ぽかんとしたわたしを見おろして、彼はおかしそうに口の端をかすかに持ちあげた。
「迷宮絵本で見たことがあるだろう。モデルとなった水の迷宮が、この地にはある。きみがもっと見たいと言っていた湖底都市だ」
……なんですと⁉









