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【11/1コミカライズ連載開始】魔術師の杖 短編集 ネリアとレオポルドのじれじれな日常  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
連載開始四周年記念SS

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お泊まりおでかけ with 副団長②



 身を切るような風の中でも、アルバの呪文があればへっちゃらだった。


 わたしはレオポルドの背中にひっつくような格好で、アガテリスの背に乗っているから、ちょっとホッとしている。


 や、ライアスに抱えられるようにして、はじめてミストレイの背に乗せられたときは、わりと照れくさかったんだよね。なんかこう……抱きかかえられるみたいでさ!


 ちょっと彼が身をかがめただけでも、息が耳をかすめるし……うん、あれは緊張したなぁ。


「……何をしている」


「ん?」


 レオポルドが不機嫌そうにふりむいた。まだ出発したばかりなのに、なんでもう眉間にシワ寄ってんのかしら。


「手」


 ひとことどころか、彼が発したのはたった一音で、わたしは自分の手を見おろす。


 レオポルドが着ているローブの、ケープになっている部分を、わたしは両手で握りしめていた。


「手綱じゃない」


「あっ、そうか。そうだよね……ごめん」


 パッとケープから手を離し、そうすると手をどうしようかと考えて、固定具の金具をつかむと、またため息が聞こえる。


「不安定なら私の体に腕を回せ」


「えっ……」


 そのままアガテリスのはばたきが、風を切る音だけがして沈黙が続く。何と返そうかと迷っていると、カーター副団長の重々しい咳払いが聞こえた。


「しっかり、しがみつけばよろしい。私のことは気になさらず」


「え、いやあの、気にしているわけじゃ……」


「…………」


 レオポルドは何も言わないけれど、その背中が待っているような気がする。


「じゃあ失礼します……」


 おずおずと手を伸ばすと、ふれた瞬間に彼の体がピクリとした。


「あ、やっぱごめ……」


 パッと手を離せば、焦れたような声で彼が一喝する。


「いいからしがみつけっ!」


「ひゃいっ!」


 アガテリスの背で跳びあがって、ギュッとしがみつけば、レオポルドはあきれたように息を吐いた。


「まったく……」


「世話が焼けますな」


 うんうん、とカーター副団長まであいづちを打っている。わたし、世話が焼ける子みたいになってるよ!


 もぞりと動くと、レオポルドの銀髪がほほをかすめる。デーダスで乱雑に切った毛先はもう整えてあるけれど、それでも少しシャギーがかかっていてチクチクした。そして鼻をくすぐる甘い香りがして……。


「ん?」


 わたしが思わずレオポルドの髪をつかみ、鼻を近づけてクンクンすると、彼の肩がビクリと跳ねる。


「な……」


「ねぇ、ちょっと。レオポルド、わたしのシャンプー使った?」


 彼の髪からは、わたしが使っているシャンプーの香りがしたのだ。


「しゃんぷ?」


 浄化の魔法があるこの世界では、そもそも入浴なんて必要がない。けれど快適なお風呂ライフを実現するために、わたしはヌーメリアと協力してシャンプーやリンス、ボディソープに入浴剤まで作りあげていた。


 贅沢にも香りがいい花の精油も抽出して、あっちの世界で販売されているものより高級志向なのだ。なんたって手作りだからね!


 自分たちで使うぶんだけだから、大量生産するものでもないし!


 毎日の入浴で使うそれらは、わたしのひそかな楽しみだったのだけど……。


 居住区で暮らすようになって、レオポルドもじゃくじぃに興味を持ったらしく、ときどき入浴するようになったのだ。


 けれどまさか置きっぱなしのボトルからシャンプーまで使って、彼が洗髪しているとは思わなかった。


「きみが楽しそうに使っては自慢するから、どんなものかと……」


「あ、使っちゃダメとかじゃないからね。ぜんぜんいいんだけど、その……」


 なんか妙にあせる。だってシャンプーを共有するとか……やばいよ、いっしょに暮らしてる感がハンパない!


「くさい男よりはいいのではないかと」


「くさい?」


 ぼそりと言葉を返す彼が、どんな表情をしているかなんて、わたしからは見えない。カーター副団長が会話に割りこんだ。


「師団長はしゃんぷとやらを勝手に使われたことに、文句があるわけではないのですな」


「それはだいじょうぶ。ただレオポルドが使うなら、違う香りがいいかなって。たとえば柑橘系とか、もっとさわやかな香りにしたらどうかな」


 あまりにもフローラルでも、可愛くなりすぎな気がする。レオポルドはぶっきらぼうに返事をした。


「きみが気にいるなら、何でもいい」


「じゃあヌーメリアやヴェリガンとも相談してみるね。ヴェリガンは植物の香りにもくわしいし、香料の抽出はヌーメリアが得意だから」


 使う香りを変えるだけだし、このさいレオポルド用のシャンプーだって作っちゃおう!


「それならがぜん張り切っちゃう。レオポルドにもジャグジーを楽しんでほしいもん!」


「もとはといえば……」


「うん」


「海洋生物研究所からやってきた、カイという男が、私を見るなり『グレンと同じにおいがする』と」


「カイが?」


 肩越しにふり向いた彼は真剣な目をして、わたしにたずねてくる。


「私のにおいはグレンと同じか?」


「えっ、そんなこと聞かれても……わかんないよ」


 そういわれても。グレンのにおいがどんなだったかなんて、覚えてもいない。そしてレオポルドのにおいも、そんなにクンクンかいだことはない。


「そうか」


「んーそうだね、でも体温は同じくらいかな」


「体温⁉️」


 ビキリと固まったレオポルドのようすより、わたしはひとりで想像の世界に入っていた。


(でもいっしょに暮らすとなると、シャンプーがふたりの話題になるなんて。あっちの世界だったら、ドラッグストアで連れだって、買いものしたりしたのかなぁ)


 陳列棚のあいだを、レジかごを持って歩くレオポルドを想像してしまい、わたしは彼にしがみついたままでプルプルと悶えた。


「うくくく……」


「何だ?」


「何でもない……くく……」


 彼が不審そうに声を低めた。


「震えているぞ」


「いや、何かちょっとツボにはまって……えへへ」





 レオポルドはため息をついて、アガテリスをあやつった。何か知らないがネリアは楽しそうではある。


 彼にしてみれば居住区でネリアにふれようとすると、いつも『お風呂入ってから!』とダッシュで逃げていく。


 そしてでてきた後は『えへへ、髪がふわっふわ。それにいい香りでしょ!』と自分の髪にさわらせたりする。


 だから彼女にとっては、お互いにふれる前に済ませたい、何かの儀式かと思ったのだ。


 正直、じゃくじぃの楽しさとやらは、未だによくわからない。


 今も。


「うふふ。やっぱしゃんぷ使うとサラサラー。レオポルドの髪、キューティクルキラッキラだねぇ!」


 ……そう言って背中で喜んでいるが。声にだして言いたい。


 ――さわってほしいのは、そこじゃない。あとしっかりしがみつけ。


 だがカーター副団長もいる手前、声にもだせず黙っていると、咳払いとともに渋い声が聞こえてきた。


「わかる。わかりますぞ、魔術師団長。私も口下手でどれだけ損したことか」


「…………」


 返事をしない魔術師団長のことは気にせず、カーター副団長は前を向いたまま、ニタリとほくそ笑んだ。


 師団長ふたりがハマっている、しゃんぷやらじゃくじぃとやらも探りたいし、父親なみに気難しいと言われる魔術師団長に、ここで恩を売っておくのも悪くない。


「うちの師団長はいつも斜め上を走っていきますからな。何、ここはひとつ年の功で私がひと肌脱ぎましょう」


 それを聞いたレオポルドの眉間に、グッとシワが寄った。


 ――何をするつもりだ?


 まったく違う、三人それぞれの思惑を乗せて、白竜のアガテリスが優美に飛んでいた。

『魔術師の杖⑧ネリアと魔導列車の旅』

SSS『夜の精霊と銀の魔術師』付

サイン入り最新刊、初めて読者プレゼント企画ができてうれしかったです。

応募してくださった皆様ありがとうございました!

挿絵(By みてみん)

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