お泊まりおでかけ with 副団長①
カーター副団長とネリアたちのおでかけ。
時系列的にどこに入れるか決まらず、連載には載せられなかったエピソードです。
わたしがレオポルドと竜騎士団の竜舎にやってくると、カーター副団長が先にきていた。
「カーター副団長も収納鞄買ったの?」
彼が肩から下げている収納鞄に気がついてたずねれば、彼は重々しくうなずいた。
「師団長がこの鞄ひとつで王都にやってきたさまは、私にとっても衝撃でしたからな。中は私に合わせ、カスタマイズしてあります」
「あとで見せてもらえる?カーター副団長のカスタマイズなんて、ユーリも後で見たがるんじゃないかな」
「そうですかな。ですが……」
首をちょっとだけひねって、カーター副団長はギラリと目を光らせた。
「たとえ王太子であろうと、タダでは見せませんぞ。もちろん師団長であってもです!」
「あ、じゃあわたしの鞄もあとで見せるよ」
「……それならいいでしょう」
わたしの申し出にカーター副団長の態度は豹変し、うれしさを隠しきれないのか、ニヒョニヒョと顔をゆがませる。
……笑顔が不気味だから!
そういえば工房でも師団長室でも、こんなふうにねっとりとした視線が飛んできたなぁ。
竜騎士たちの詰め所から紺色の騎士服を着たライアスが、大股に歩いてこちらにやってくると、さわやかにレオポルドへ笑いかける。
「レオポルド、アガテリスの仕上がりは上々だ。いい旅になるように」
「感謝する」
緑髪の副官のデニスはわたしとカーター副団長にマントを渡し、トレイに並べたミスリル製の護符からいくつか選ばせてくれた。
「ふだんミスリルの精錬をされていても、実際に装備されるのははじめてでしょう。使用感をぜひ確かめてください」
「ふん。私が効果を付与したものか」
「どれがどんな効果なの?」
ビロードが敷かれたトレイに並んだ護符は、ミスリルの輝きに魔石がきらめいて、キラキラしたアクセサリーのようだ。カーター副団長はどれも見覚えがあるのか、ひとつひとつ説明してくれる。
「指輪は力を強化し、剣をふるうスピードを上げ、剣戟の重さを増します。耳につけるものは幻覚や記憶障害を防ぎ、精神を護ります」
「髪飾りや髪留めもあるんだね」
「戦いの邪魔にならないよう、小さなものですが。集中力を高めたり、爆音から耳を護る効果もあります」
わたしは爆音から耳を護るという、水色の魔石がついた小さな髪留めを日にかざす。
「うわぁ……キレイ……」
「きみは私の護符もよく、うれしそうに眺めているな」
輪っかになっていて髪の束を留めるシンプルな護符、そういえばレオポルドも似たような、魔石の飾りをいつも髪につけている。
「あ、うん。どこをとってもキレイっていうか、形だけでなく魔石も、あと描かれた魔法陣や術式にも、つい見とれちゃうんだ」
レオポルドの護符を見つめながらニコニコと返事をすれば、カーター副団長が渋い顔でツッコミを入れた。
「ネリス師団長……見とれる対象が違うと思いますぞ」
「え、他に何かある?」
こんなみごとな護符があるのに、他は何に見とれればいいのだろう。
するとカーター副団長は、無表情のまま立っているレオポルドに目をやり、じっと護符を眺めてからわたしに視線を戻し、残念そうに首を振ってため息をついた。
「たしかにみごとな護符ではありますが……」
「副団長もあとで見せてもらう?」
「いいのですか?」
パアァッっと副団長の顔が明るくなった。ハッとして我に返り、レオポルドの護符をガン見しながら、モゴモゴと口の中でつぶやく。
「だが……しかし、魔術師団長の護符を間近で……この機を逃しては……う、ううむっ」
「宿に着いてからなら」
レオポルドがあっさりうなずいた瞬間、好奇心に負けた副団長は、前のめりに身を乗りだす。
「お願いしますっ!」
レオポルドは平然としたまま、まばたきをしただけで副団長に応じる。
「かまわない、術式の調整に意見をもらえればありがたい」
「喜んでっ!」
興奮にほほを上気させた副団長は、張り切ってエンツを飛ばす。
「カディアン、記録石をありったけ持ってこい。竜舎だ、今すぐ!」
「……は⁉」
エクグラシアの王城で、第二王子をこき使うのは副団長ぐらいだ。まぁ、弟子だもんね。
ほどなくしてカディアンではなく、補佐官のオーランドが茶色のケースを持ってあらわれた。
「お待たせいたしました、記録石がご入用とか。文官が使用しているものを、急ぎお持ちしました」
「うむ」
すっと差しだされた記録石を箱ごと受けとり、カーター副団長はオーランドに念を押した。
「返却はせぬぞ?」
「心得ております。費用はカディアン殿下の交際費よりまかないますので」
「それならいい」
カディアン……ちゃっかりお小遣いを減らされたらしい。副団長は収納鞄にケースをしまって、わたしたちに向きなおった。
「お待たせしましたな」
「だいじょうぶ、副団長のほうが先に来てたんだもん。それにアガテリスなら、ひとっ飛びだよ」
キュウ……。
白銀の鱗をきらめかせ、紫の瞳をすがめた優美な白竜は、頭をさげてわたしに額をすりつけた。
「わたしとカーター副団長を乗せてもらうの。今日はよろしくね、アガテリス!」
ギュオオオオオォウ!
アガテリスがひと声高く鳴き、バサリと翼を動かしただけで、竜巻のような風が巻き起こる。
「わぷ。やっぱドラゴンてすごい……」
グオオオオオオオォウゥ……オオオオォッ!
吹く風に目をパチパチしていたら、間髪入れずに竜舎の奥から、凄まじいおたけびが聞こえた。
「ミストレイってば今日も元気だね。あいさつしていったほうがいいかな?」
でかけるあいさつをしないと、ミストレイがすねそうな気がする。そう思ったのだけれど、ライアスもデニスも首をぶんぶんと横に振った。
「いいやっ、ネリアはこのままレオポルドといっしょに、アガテリスと飛んでくれ。今日のミストレイは気が立っているからな、我々はすぐに演習を行う!」
「そうです、なるべく早く王都から離れてくださいっ!」
「そう?」
出かける準備でモタモタしていても、竜騎士たちの邪魔になるのかもしれない。差しだされたレオポルドの手を取れば、副団長と三人そろってアガテリスの背に転移した。
レオポルドの前に副団長が座り、わたしは後ろに体を固定してもらう。抱きかかえられるのもいいんだけれど、背中にしがみつく形になるほうがホッとする。
すくなくとも振り向いたら、彼の顔がすぐそこ……なんてことにならないし。わたしの心臓もバクバクすることはない。
ギュオオオオオォウ!
ふたたびアガテリスがひと声あげたら、次の瞬間には大空にふわりと浮かんでいた。
わたしがレオポルドにしがみついて、アガテリスの背から手を振っているあいだに、地上のライアスやオーランド、それに竜騎士たちがどんどん小さくなる。
地上ではアガテリスを見送って、副官のデニスが団長のライアスに話しかけた。
「いっちゃいましたね……」
「そうだな」
「しかし、カーター副団長もすごいですね。婚約したばかりのふたりにくっついて出かけるとは。なんたって泊まりですよ⁉」
ライアスは言葉に詰まった。
「そこは公私の区別をきちんとするだろうし……」
「じゃあ団長だったら、同じようについて行きますか?」
「……いかない」
気を使うのも使われるのも困るし、何かを目撃することになっても困る。何かとは何なのか……と聞かれても答えられないが。
金の髪をぐしゃりと乱し、ライアスはため息をついて、青空に白く輝く点となったアガテリスに目をやった。









