四本足のお茶会・後編
「はいどうぞ」
「いただきます!」
差しだされたカップに口をつけると、優しい甘さのなかにほのかにハーブの香りがしてまろやかな風味だ。お腹も温まってほんわかしていると、ラベンダーメルの耳がゆらゆらと揺れた。
「ギルドの休憩室でこうして話をしながら淹れるのが、サージ・スペシャル」
「サージさん、すごいです。ホントにおいしい!」
「私も飲ませていただいて本当においしかったです。それでいつか、サージさんの〝キノコのお家〟でサージ・スペシャルをいただくのが私の夢なんです!」
一生懸命話しかけるディアにサージも笑顔でこたえた。
「それはうれしいな、ディアに喜んでもらえて何よりだよ。こないだは元気がなかったからね」
「はいっ、また後で私にもサージ・スペシャルを作っていただけますか?」
「喜んで」
サージの返事にディアはリールの尻尾をぴょこんとあげると、うれしそうにほほを染めてベラたちのところへ戻っていった。ディアはベラにからかうように肩をたたかれて、はしゃいだ笑い声をあげている。それを見送ってサージはポツリといった。
「どうやら僕はホントに好かれてるみたいだ」
「サージさん、ディアのことは何とも思わないんですか?」
「うーん……悪い気はしないし、ディアが僕のお茶を喜んでくれるのはうれしいよ」
サージはポリポリとレドルの耳をかいた。なんだかラベンダーメルの耳がピンと立ってしまう。反応が正直すぎるよ、この魔道具!
「大人だからこそ慎重なんだよ……ディアは可愛いけどただ恋に憧れてるだけで、実習が終われば熱も冷めるんじゃないかって」
実習生がはじめて接する社会人に憧れるというのはよくあって、サージは手紙をもらったこともあるらしい。
「もしも彼女が本気だとしても、僕が相手だと彼女の家族は喜ばないだろう。僕にだって心の準備が必要なんだよ……オドゥ・イグネルをみているからね」
「オドゥ・イグネル?」
聞き慣れた名前がでてきて思わず聞きかえすと、サージはちがう風に解釈したらしい。
「知らないか、僕らの学年より一つ上で、女子たちの間で取り合いだった先輩さ。たしか『婚約中はなるべく目立たないようにしてほしい』とかで、婚約者に頼まれて変な魔道具の眼鏡をかけるようになったんだ」
あの眼鏡にそんな理由があるなんて知らなかった。
「婚約者に頼まれたって……なんでそんなことを」
「とにかく彼はモテたから、婚約者も気が気じゃなかったんじゃ?そしたらホントに冴えなくなって。それだけオドゥ先輩が尽くしたのに『王子の呪い』の件で錬金術師団長の立場が悪くなると、貴族ってのは体面を重視するからね……婚約破棄も彼がすべて泥をかぶる形で決着がついたし、僕だって慎重になっちゃうよ」
婚約破棄も彼がすべて泥をかぶる形で……。
オドゥは何もいわない。
自分が酷いヤツだってことはまったく否定しないけど、婚約者だった相手を責めるようなことは一切口にしない。でも六年て……あっというまに過ぎ去る時間じゃなかったはずだ。
わたしがぼんやりとオドゥのことを考えていると、ディアが思いだしたように声をあげた。
「あ……そうだわ、休憩室を貸してくださったギルド長にも何かお持ちしようかしら」
「それならわたしが持っていくよ!」
「お願いします、ネリィさん」
わたしはラベンダーメルの耳をつけたまま、お菓子のお皿を持ってヒョイヒョイと二階に降り、ギルド長室のドアをノックした。
「どうぞ」
「失礼します」
アイシャの返事が聞こえてドアを開け……わたしはビシリと固まった。
薄紫色をした瞳をもつ冴え冴えとした美貌の主が、ギルド長と話をしていたのかふり向いて、こちらをにらみつけている。銀の髪は相変わらず艶々だ。
「ご、ごきげんよう……レオポルド」
「ここで何をしている」
「えっと、魔道具ギルドでお手伝いを……」
彼の視線がわたしのピンと立った耳の先から、ふわもこに包まれた足の先まで移動する。そして手に持った菓子皿にも。眉をひそめたままじっくり見ないでもらえませんか!
「紫兎でか?」
「こっ、講師の助手ですぅ……」
説得力がないけども!
「ネリス師団長は当ギルドの会員でもあるんです。魔道具にも興味をお持ちで魔道具ギルドのことを知ってもらえるいい機会ですから、魔術学園の実習に参加していただきました」
アイシャさんが説明してくれたけれど、レオポルドの眉間のシワはますます深くなる。
「新しい魔道具を開発してギルドに登録しているのは知っていたが……」
もうとっとと差しいれを終えて立ち去るしかない。
「あのっ、今日は実習の打ち上げでっ、こちらギルド長に差しいれを……レオポルドもどうぞ」
「あら、ありがとう」
「それじゃ、お話し中お邪魔しました!」
そそくさとギルド長の前に皿を置いて跳ねるようにドアへ向かおうとすると、ラベンダーメルの耳をつかまれた。
「まて」
「ぴゃいっ⁉」
叫び声をあげたわたしにはかまわず、レオポルドはすっくと立つとアイシャに話しかける。
「ギルド長……部屋をお貸しいただけるか?このふざけた師団長と話がしたい」
「ええ、もちろん……隣の会議室でよければ。防音ですわ」
「感謝する」
レオポルドにむんずと耳をつかまれたまま、わたしはズルズルと引きずられるように連れていかれる。
「ちょっと!何すんの!これ借りものなんだから!」
「魔道具ギルドで何をしていたのか、とくと聞かせてもらおうか!」
「何もしてない!何もしてないってば!」
「それは聞いてから判断する!」
アイシャがあっけにとられている前で、二人の師団長は会議室のドアの向こうに消えた。