表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【11/1コミカライズ連載開始】魔術師の杖 短編集 ネリアとレオポルドのじれじれな日常  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
2024雨の日の思いつきSS

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/62

Rainy Day

ネリアはビニール傘を作りたくなりました。

「雨だ……」


 わたしはホテル・タクラから、街に降りしきる雨を眺めた。ここタクラは海のそばだからか、シャングリラにくらべて雨が多い。


「錬金術師のローブって透明マントにならないかしら」


 ネリア・ネリスとしてホテル滞在……ハッキリ言ってつまんないのである。つまりとっても抜けだしたい気分になっていた。


「なぜ透明になりたいのだ」


「いやぁ、まぁSF的には『光学迷彩』とも言うんだけど。見つからずに抜けだせないかと」


「抜けだす……?」


 背後から聞こえる声が冷気を帯びて、わたしがあわてて振り返ると、レオポルドが無表情に突っ立っている。え、なんか怖い。


「またひとりで勝手に、どこかへ行こうというのか?」


 わたしは慌てて手を左右にパタパタと振った。


「やだ、ちょっとお散歩したいと思っただけだよ。魔導車を使って出かけるってめんどうだし」


「たいていの人間は歩くのをめんどうがる」


 眉をひそめたレオポルドに、しかたなくわたしは説明する。


「わたし雨ってわりと好きなんだよね」


「雨が好き……」


 緑の色が濃くなり、色鮮やかになった世界は、チリをすべて洗い流してサッパリして見える。


 窓を流れる水滴を眺めるのも好きだし、雨音に耳を澄ますと落ち着く。


 ひろがる水紋がおもしろくて、長靴で水たまりを歩かなくなったのはいつからだろう。


 そんなことを考えていると、ヌーメリアがおずおずと声をあげた。


「あの……見つからずにというか、目立たなくすることはできますよ」


「目立たなく?」


「ええ、私もヴェリガンも使っている術式なんですけど……」


 そういって見せてもらったローブには、印象操作の術式が目立たない糸で、しっかりと刺繍してある。


「わ、いつのまにこんなの……ぜんぜん気づかなかった」


「研究棟にいるときは使いません」


 でかける時は誰かにうっかり話しかけられないように、術式を作動させて移動しているらしい。


「何それ、超便利じゃん。ライアスやレオポルドも使ったらいいのに」


 レオポルドは眉をひそめた。


「師団長が目立たず、存在感をなくしてどうする」


「あ、いいや。ふたりはそのままで」


「?」


 よく考えたら、ふたりがキラッキラでまぶし過ぎるから、わたしは目立たずに済んでいるのだ。それならずっとこのまま、キラキラしててほしい。


「そうだ、雨の日のおでかけが楽しくなるような、アイテムを作っちゃおうかな!」


 どうせ雨で予定が潰れて今日はヒマなのだ。おとなしく本を読んだり、ローラとお茶を飲むのもいいけれど、ちょっと手を動かしたくなった。


 この世界にも傘はあるけれど、日除けのために使う日傘だ。人々は雨が降っても傘はささず、帽子やフードを頭にかぶって雨の中を歩いている。


「布に撥水性を持たせれば、雨傘の需要もあるはずだよね。いっそのことビニール傘を作るとか」


 王都シャングリラと違い、雨の多いタクラなら需要があるかもしれない。


 けれどレオポルドがけげんそうに、「べにるが?」と聞き返してきて気がついた。


 この世界にビニールないじゃん!


「えぇ……どうしよう、プラスチックから作る?」


 電気を通さずサビにくい、着色や加工がかんたんにできるなど、プラスチックは超便利な素材だ。


 金属の精錬よりずっと安く作れて、工業製品としても需要は大きい。


「だとしたら石油を、油田を探さなきゃいけないけど。でも……」


 この世界に石油あったっけ? 


「魔石を動力源としているぐらいだものね」


 それに石油とかプラスチックには、環境汚染の問題だってある。もし油田が見つかれば利用法を考えるとして、いまは考えなくてもいいだろう。


 ひとり納得していると、レオポルドがわたしの顔をのぞきこんできた。


「さっきからブツブツと何を言っている」


「あ、たいしたことじゃないんだけど。透明な雨傘があったらいいなって」


「透明な雨傘?」


「そう。オーロラ色の光沢があって、雨の中を歩ける傘。でもちょっとそう思っただけで、どうしても必要な物じゃないから」


「そんなに雨が好きなのか……」


「うん。やっぱお散歩行ってくるね!」


「私も行こう」


 ふたりそろってフードを被り、ホテル・タクラをでて駅前の通りを歩く。


 しとしとと降る雨を浴びても、魔術のあるこの世界ではアルバの呪文を使って、体を空気の膜で覆い、濡らさないようにすることもできる。


 水たまりの水はねも、浄化の魔法とエルサの秘法があればきれいになる。雨の日のおでかけもへっちゃらなのだ。


「雨の日はね、世界の色が変わるから好きなの」


「そうか」


「もちろん晴れている日だって好きだよ。あと激しい雷雨もね、家の中にいて外を眺めるのはわりと好きなんだ」


「ほう」


 空全体が稲妻でピカッと白く光り、お腹の底に響くようなドオンと大きな音がする。怖いけれどダイナミックな自然の営みはすごいと思う。


 そんなとりとめのない話をしながら、文房具店でレターセットを見つけた。


「これでみんなに手紙を書こうと思って。レオポルドにも送るからね!」


「それを買うつもりだったのか」


 それだけ言うと、彼はふいっとそっぽを向いた。




 そうしてわたしはビニール傘のことはすっかり忘れ、まずは王都にいるメロディやカーター副団長、魔道具ギルドのアイシャにも手紙を書き終えた。


 書いた手紙をテルジオに預け、ローラやヌーメリアとのんびりお茶を飲んでいると、手に傘を持ったレオポルドがやってきた。


「きみにこれを」


「何これ」


「雨の中を歩ける傘だ。術式の調整に時間がかかった。気にいるといいが……」


 オーロラ色に光る傘はどうやら、ヌノツクリグモの糸を折った布で作られているらしい。レオポルドが描いた魔法陣の模様がとてもキレイだ。


「うわぁ、きれいな傘!ちょっと差してみるね」


 わたしはウキウキと傘を広げ……そして全身が濡れた。傘を差したのは部屋の中なのに、わたしの周囲だけザアザアと傘から雨が降ってくる。


「これなら歩きたい時にいつでも、傘を差せば雨の中を歩ける。サルジアにも持って行くといい」


「そ、そうだね……」


 わたしはどんどん濡れていく。彼はじーっとそんなわたしのようすを見ている。


「まさかそこまで雨が好きだとは知らなかったが、きみの『好き』を知っていくのも婚約者の務めだからな」


「あ、ありがとう……」


 分かってる。彼がわたしのために作ってくれた、世界にひとつだけの傘だ。


「好みの雨があれば、術式を調整する」


「ううん、これでじゅうぶ……ヒクシュッ!」


 返事をしようとしてくしゃみが出てしまい、わたしは言葉にならなかった。

ビニール傘は浅草の傘メーカーが1958年に発明、1964年の東京オリンピックで世界中に広がりました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
作者にマシュマロを送る
☆☆11/1コミカライズ開始!☆☆
『魔術師の杖 THE COMIC』

『魔術師の杖 THE COMIC』

小説版公式サイト
小説版『魔術師の杖』
☆☆NovelJam2025参加作品『7日目の希望』約8千字の短編☆☆
『七日目の希望』
☆☆電子書籍販売サイト(一部)☆☆
シーモア
Amazon
auブックパス
BookLive
BookWalker
ドコモdブック
DMMブックス
ebook
honto
紀伊國屋kinoppy
ソニーReaderStore
楽天
☆☆紙書籍販売サイト(全国の書店からも注文できます)☆☆
e-hon
紀伊國屋書店
書泉オンライン
Amazon

↓なろうで読める『魔術師の杖』シリーズ↓
魔術師の杖シリーズ
☆☆粉雪チャンネル(Youtube)☆☆
粉雪チャンネル
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ