王城での仮装パーティー 後編
(仕事のことは、ちゃんと話せるようになった。それにわたしだけじゃなく、錬金術師団にも気を配ってくれる……これも頭突きの効果?)
塔の図書室を訪ねるカーター副団長とはよく話すみたいで、副団長の好感度が爆上がりだ。最近ではヴェリガンにもビシッとアドバイスするようになった。
『自信のなさは人に伝わり、相手を不安にさせる。貴族らしいふるまいはきちんと身につけるように』
『ふぇ⁉️』
年上のヴェリガンにも容赦しない。これも面倒見の良さなのか……彼の特訓が厳しいことは、わたしも身をもって体験ずみだけど、ヌーメリアやアレクのことを考えるとありがたい。
「レオポルドって苦労性だよね」
だからいつもあんなに難しい顔をして、眉間にシワを寄せているんだ。この催しもちゃんと楽しめているのかしら。
「ふふっ、気づくかな?」
通路を封鎖している魔法陣に軽く指でふれると、かすかに光を発する。
ヴェールをかぶったゴーストの花嫁は、破れたドレスをひきずり、ゆっくり螺旋階段を昇り始めた。
本城の中でも高い場所にある天空舞台に続く螺旋階段は、転移陣があるからふだん使われない。
カツ……ン。
吹き抜けになった空洞に靴音が反響する。だいぶ昇ったところで下を見たら目が回りそう。
壁に手をつきゆっくりと進む。駆けあがったらゴーストらしくないしね!
転移陣は閉じられているから、広々とした天空舞台までやってくる人は少ない。
昇り切って息をつくわたしに、背後から声がかかった。
「遅かったな」
「ひゃっ!」
ふりむいたわたしは飛びあがりそうになった。巨大なツノを頭に生やし、長い毛並みに覆われた魔羊が、長いまつ毛に覆われたつぶらな黒い瞳でこちらを見ている。
「ワタ、ワタシオイシクナイデス!」
「だれが食べるか」
さすがに声でわかるけれど、被り物ですっぽり頭部を覆って現れるとは……それより!
「えと、何でわかったの?」
しかも先に来ていたっぽい。まさか待ち伏せ⁉️
魔羊は尊大な態度で腕を組み、フンと鼻を鳴らす。被り物してても中身はちっとも変わらない。むしろこのまま一生その格好でいなよ、と言いたいぐらい似合ってる。
「ヴェールに白いドレスなど、ふだんの仮面に白いローブとさして変わらん」
「ちょっと、メイクだって時間かけたのに。ほら見てよこの心臓!」
わたしは胸を張る。
「胸を張るな。というか見せびらかすな!」
盛大にため息をつかれて怒られただけだった。何で⁉️
「いやいや、この心臓ポイントなのに。鼓動に合わせて光るんだよ、すごいでしょ」
「お前の鼓動を反映しているのか?」
興味をひかれたように一瞬胸元を見つめたくせに、すぐ我に返って彼は文句を言う。
「そうじゃなくて、胸をはだけるのをやめろと言ってる!」
「そしたら心臓が見えないじゃん!」
「そもそも心臓は見せるものじゃないだろう!」
「そういうデザインなんだってば!」
ゴーストの花嫁と魔羊のしょーもない言い争いに、まわりから人がどんどん減っていく。
「もうっ、気分でないじゃん!」
わたしはふてくされて収納ポケットからフォトを取りだした。
「ここなら月がきれいだろうし、記念撮影に最適だと思ったのに」
「……」
彼は急に黙って、わたしが取りだしたフォトをじっと見つめている。
「何?」
「いや……」
「じゃ、そのまましばらく黙ってて。よっと……こんな感じかな?」
精一杯腕を伸ばして自分に向けてフォトを撮る。できあがりを確かめると月はきれいに撮れたけど、風にあおられた花嫁のヴェールは白い布のぼんやりした塊で、良くも悪くも心霊写真みたいだ。
「うーん、雰囲気はでているけどイメージとちがう……」
「貸してみろ」
横から伸びてきた手がフォトを取り上げた。
「どんな風に撮りたいのだ」
わたしはあわてて彼に説明する。
「あっ、ええと……月をバックにしてドレスがきれいに撮れたらなって。心臓もちゃんと写してね」
「注文が多い」
「いいじゃん」
やっぱりドレスは浮かれてしまう。古着屋さんで古いドレスを見つけ、今夜のために加工した。
トクン、トクンと脈打つ心臓は、魔道具ギルドのサージにも手伝ってもらった。
本当はメロディに頼みたかったけど、「絶対イヤ!」と断られたのだ。
胸の上に貼りつけているだけなのに、それっぽく見える。
「そこに立て」
魔羊な彼は天空舞台の一点を指した。
「ポーズはどうすればいい?」
「いらん」
トコトコと指さされた場所まで歩いて行ってふりかえる。
「心臓を押さえて私を見ろ」
「え?」
聞き返した時にはもう撮影は終わっていた。
「ちょっと早すぎ!」
「ほら」
それはゴーストの花嫁。ヴェールの向こうで輝く宝石のような黄緑の瞳、淡く光る心臓を細い指で押さえ、唇はかすかに開いている。
月の光を浴びて無表情に立ちつくし、ただ指の隙間からのぞく心臓だけがほのかに赤い。
写っているのはたしかにわたしだけど、自分のようで自分じゃない。
「すごい……想像以上だよ。どうしたらこんなにキレイに撮れるの?」
「見たままをとらえただけだ」
「それにしたって……あ、わたしも撮っていい?」
「魔羊をか?」
「うん!」
顔がなくとも均整のとれた体は堂々としている。魔羊をこんなに近くで眺めることなんてないし、わたしはベストポジションを探した。
月明かりの下で不思議な撮影会。
幽玄なる時、あわいなる場所、異界の者との逢瀬。
満足したら取りだしたグラスに月を映し、ふたり静かに乾杯をした。
お読みいただきありがとうございました!
書籍に入れるなら加筆ありきですが、また気まぐれに何か書くかもです。









