表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【11/1コミカライズ連載開始】魔術師の杖 短編集 ネリアとレオポルドのじれじれな日常  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
ファンレター感謝SS

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/62

買い物の余韻(レオポルド視点)

2023夏SS『ハートのハンカチ』の直後。

レオポルドはちょっと迫ってみました。

「こんどはわたしが婚約の贈りものをするつもりだったのに」


 すねたように唇を曲げた彼女が漏らしたひと言に目をみはる。


「なんだそんなことか」


「だってわたしがレオポルドの好きな色とか好みを聞きだして、買いものをするつもりだったんだもん」


 彼女はわかりやすい。いっしょに買いものを楽しむよりも、何かさっきから気にしている……とは思っていた。


 肩の力が抜けると同時に、彼女から見た自分はわかりにくい男なのだろうと自覚する。


 何もいらない。


 ただきみだけがほしい。


 きみの眼差しも何もかもすべてが。


 それはとてつもなくぜいたくな望みだ。


 私がどれほどきみのことを考えたか、きみを見ていたか……。


 さまざまな表情、驚くべき行動、ひとつひとつがきみを形作る。


 その笑顔が私だけに向くのなら、それは幸福となってひそやかに身の内に広がるだろうに。


 アルバーンの家名も魔術師団長の地位も、これほどの喜びを与えはしない。


 目の前にいて触れられるものがすべて。


 きみさえいれば、今の私に必要なものは特にない。


 それでもこうしてきみが私のために時間を割き、あれこれと考えてくれるのはうれしい。


 父親ゆずりの銀髪も、きみがふれることを楽しみにしているから、許せるようになった。


 私の魔力に慣らそうと、積極的にやっていたことは感づかれてしまったが、伸ばした手を引っこめるつもりもない。


 彼女が魔術に対する憧れを抱いているのは知っているが、私にも興味を持つようになったのはいい兆候だ。


 魔力は侵食し干渉しする。


 きみの根本を作り変えるのではなく、少しずつ私という存在をきみに刻みこんでいく。


 そんな手間のかかるはずの作業が楽しいと思える。


 少しずつ、少しずつ。


 きみが簡単には見せない心の中に、私の居場所を作りたい。





 私のことを知るために、彼女は私と出かけたかったらしい。みなが集まるホテルに戻れば、昇降機の中で彼女は文句を言った。


「むぅ。結局好きな色とか教えてくれなかった」


 むくれた顔を眺めるのさえ、距離の近さが心地いい。最上階のホールに降りた所で、私は彼女に教えた。


「嫌いな色は白だ。冬を閉ざす雪の色、ついでに錬金術師の色だしな」


「なっ」


 さらりと教えると絶句する。


「好きな花はリルだ。香りも好きだが旅立ちの花、門出の花……私にとっては自由を象徴するものだ。きみの護符にもあしらってあるな」


「リルの花……」


 つぶやいてきみは自分の護符に目をやった。 


 ピアスに刻んだ魔法陣は、五芒星ではなくリルの花を意識したカーブを採りいれている。


 グレンの護符を意識しているのがバレバレだから、あえて教えるつもりはないが。


「きみが好きな色を教えるなら、私の好きな色も教えよう」


 口の端を持ちあげて告げれば、彼女はみるみる赤くなり、本当に困った顔をする。くるくる変わる表情を見つめていると、眉を下げてなんとも情けない声をだした。


「わたしの好きな色は……黄昏時の日が沈んだ瞬間、茜色が夜に染まりはじめる空の色だよ……ってひゃ⁉」


 思いがけない白状に、小さな体を腕のなかに抱きこめば、小さく悲鳴をあげる。それにはかまわずぐっと顔を近づけた。


「私の瞳は好きか?」


「ひうぅ……好きだけど。ち、近いから!」


「そうか。私の好きな色は青だ」


「青……」


「だが魔術師団長でもあるし、身につけることはほとんどない」


「うん……でもカップとか身の回りのもの、カーテンに取りいれてもいいよね」


 言ったそばから彼女は耳まで赤くなる。居住区かデーダスでの暮らしを思いだしているのだろうか。もうすでに楽しくてしかたないが、少し意地悪な気分で先ほどの彼女との会話を持ちだした。


「それより『あとで』といった約束を果たしてもらおうか」


「へっ、今⁉」


 彼女がギクリと身を強張らせた。


 まるでどこにキスするか考えているように、チラチラと私の体に視線を走らせる。そのさますらおかしくて、ことさらていねいに説明して促した。


「ただの挨拶ならほほや手の甲、守りの口づけは額やまぶたに落とす」


「えと……」


 うろたえると何かの小動物のようだ。逃がしてやってもいいかと思つつ、ここはあえて退路をふさぐ。彼女はよく私の銀髪にふれたがるが、それで終わってはつまらない。


「愛を乞うならば手のひらや爪、髪などでもいいが……きみは私の愛を願う必要はないな。もう手にしているのだから」


「あ、愛……⁉」


 彼女は手元のハンカチを見つめる。心臓を意味するという物騒な模様は、文字通り「心を贈る」という意味だとか。まちがいではあるまい。


「きみが好きだ」


 そっとささやけば、赤い顔がさらに耳まで赤くなり、目元が潤んで涙目になる。


「きみも私のことが好きだろう。私の気持ちは信じられないか?」


 ぶんぶんと勢いよくかぶりを振り、きまは意を決したように私へと手を伸ばす。


「目つぶって……お願い」


 熱量を感じられる距離まで彼女の顔が近づき、たぶん吐息が顔にかかった。


 待ち焦がれた瞬間は訪れず、チンという音とともに扉が開き、だれかの息をのむ気配がする。


「ひゃ……失礼しました!」


 テルジオのひっくり返った悲鳴のような声とともに、慌ててバタバタと逃げていく足音ばして、私の体は両手でぐいっと彼女に押し戻された。


 目を開ければ彼女の真っ赤な顔がそこにあった。困ったように眉を寄せ、我に返って固まっている。


「未遂……だな」


 やり直してもいいが、そろそろ羞恥心の限界だろう。そのままぽすりと彼女の顔を自分の胸にうずめた。


「しばらくこうして顔の熱を冷ましてから部屋に入ろう。耳の赤みがひいたら教えてやる」


「〜〜〜っ!」


 私の胸元でもごもごと、言葉にならない抗議の声がする。


 彼女がどうにも困って私にしがみついてくるのが、実はけっこう気にいっている。


 それを言うとやってくれないだろうから、決して口にはだはないが。

間の悪いテルジオ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
作者にマシュマロを送る
☆☆11/1コミカライズ開始!☆☆
『魔術師の杖 THE COMIC』

『魔術師の杖 THE COMIC』

小説版公式サイト
小説版『魔術師の杖』
☆☆NovelJam2025参加作品『7日目の希望』約8千字の短編☆☆
『七日目の希望』
☆☆電子書籍販売サイト(一部)☆☆
シーモア
Amazon
auブックパス
BookLive
BookWalker
ドコモdブック
DMMブックス
ebook
honto
紀伊國屋kinoppy
ソニーReaderStore
楽天
☆☆紙書籍販売サイト(全国の書店からも注文できます)☆☆
e-hon
紀伊國屋書店
書泉オンライン
Amazon

↓なろうで読める『魔術師の杖』シリーズ↓
魔術師の杖シリーズ
☆☆粉雪チャンネル(Youtube)☆☆
粉雪チャンネル
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ