買い物の余韻(レオポルド視点)
2023夏SS『ハートのハンカチ』の直後。
レオポルドはちょっと迫ってみました。
「こんどはわたしが婚約の贈りものをするつもりだったのに」
すねたように唇を曲げた彼女が漏らしたひと言に目をみはる。
「なんだそんなことか」
「だってわたしがレオポルドの好きな色とか好みを聞きだして、買いものをするつもりだったんだもん」
彼女はわかりやすい。いっしょに買いものを楽しむよりも、何かさっきから気にしている……とは思っていた。
肩の力が抜けると同時に、彼女から見た自分はわかりにくい男なのだろうと自覚する。
何もいらない。
ただきみだけがほしい。
きみの眼差しも何もかもすべてが。
それはとてつもなくぜいたくな望みだ。
私がどれほどきみのことを考えたか、きみを見ていたか……。
さまざまな表情、驚くべき行動、ひとつひとつがきみを形作る。
その笑顔が私だけに向くのなら、それは幸福となってひそやかに身の内に広がるだろうに。
アルバーンの家名も魔術師団長の地位も、これほどの喜びを与えはしない。
目の前にいて触れられるものがすべて。
きみさえいれば、今の私に必要なものは特にない。
それでもこうしてきみが私のために時間を割き、あれこれと考えてくれるのはうれしい。
父親ゆずりの銀髪も、きみがふれることを楽しみにしているから、許せるようになった。
私の魔力に慣らそうと、積極的にやっていたことは感づかれてしまったが、伸ばした手を引っこめるつもりもない。
彼女が魔術に対する憧れを抱いているのは知っているが、私にも興味を持つようになったのはいい兆候だ。
魔力は侵食し干渉しする。
きみの根本を作り変えるのではなく、少しずつ私という存在をきみに刻みこんでいく。
そんな手間のかかるはずの作業が楽しいと思える。
少しずつ、少しずつ。
きみが簡単には見せない心の中に、私の居場所を作りたい。
私のことを知るために、彼女は私と出かけたかったらしい。みなが集まるホテルに戻れば、昇降機の中で彼女は文句を言った。
「むぅ。結局好きな色とか教えてくれなかった」
むくれた顔を眺めるのさえ、距離の近さが心地いい。最上階のホールに降りた所で、私は彼女に教えた。
「嫌いな色は白だ。冬を閉ざす雪の色、ついでに錬金術師の色だしな」
「なっ」
さらりと教えると絶句する。
「好きな花はリルだ。香りも好きだが旅立ちの花、門出の花……私にとっては自由を象徴するものだ。きみの護符にもあしらってあるな」
「リルの花……」
つぶやいてきみは自分の護符に目をやった。
ピアスに刻んだ魔法陣は、五芒星ではなくリルの花を意識したカーブを採りいれている。
グレンの護符を意識しているのがバレバレだから、あえて教えるつもりはないが。
「きみが好きな色を教えるなら、私の好きな色も教えよう」
口の端を持ちあげて告げれば、彼女はみるみる赤くなり、本当に困った顔をする。くるくる変わる表情を見つめていると、眉を下げてなんとも情けない声をだした。
「わたしの好きな色は……黄昏時の日が沈んだ瞬間、茜色が夜に染まりはじめる空の色だよ……ってひゃ⁉」
思いがけない白状に、小さな体を腕のなかに抱きこめば、小さく悲鳴をあげる。それにはかまわずぐっと顔を近づけた。
「私の瞳は好きか?」
「ひうぅ……好きだけど。ち、近いから!」
「そうか。私の好きな色は青だ」
「青……」
「だが魔術師団長でもあるし、身につけることはほとんどない」
「うん……でもカップとか身の回りのもの、カーテンに取りいれてもいいよね」
言ったそばから彼女は耳まで赤くなる。居住区かデーダスでの暮らしを思いだしているのだろうか。もうすでに楽しくてしかたないが、少し意地悪な気分で先ほどの彼女との会話を持ちだした。
「それより『あとで』といった約束を果たしてもらおうか」
「へっ、今⁉」
彼女がギクリと身を強張らせた。
まるでどこにキスするか考えているように、チラチラと私の体に視線を走らせる。そのさますらおかしくて、ことさらていねいに説明して促した。
「ただの挨拶ならほほや手の甲、守りの口づけは額やまぶたに落とす」
「えと……」
うろたえると何かの小動物のようだ。逃がしてやってもいいかと思つつ、ここはあえて退路をふさぐ。彼女はよく私の銀髪にふれたがるが、それで終わってはつまらない。
「愛を乞うならば手のひらや爪、髪などでもいいが……きみは私の愛を願う必要はないな。もう手にしているのだから」
「あ、愛……⁉」
彼女は手元のハンカチを見つめる。心臓を意味するという物騒な模様は、文字通り「心を贈る」という意味だとか。まちがいではあるまい。
「きみが好きだ」
そっとささやけば、赤い顔がさらに耳まで赤くなり、目元が潤んで涙目になる。
「きみも私のことが好きだろう。私の気持ちは信じられないか?」
ぶんぶんと勢いよくかぶりを振り、きまは意を決したように私へと手を伸ばす。
「目つぶって……お願い」
熱量を感じられる距離まで彼女の顔が近づき、たぶん吐息が顔にかかった。
待ち焦がれた瞬間は訪れず、チンという音とともに扉が開き、だれかの息をのむ気配がする。
「ひゃ……失礼しました!」
テルジオのひっくり返った悲鳴のような声とともに、慌ててバタバタと逃げていく足音ばして、私の体は両手でぐいっと彼女に押し戻された。
目を開ければ彼女の真っ赤な顔がそこにあった。困ったように眉を寄せ、我に返って固まっている。
「未遂……だな」
やり直してもいいが、そろそろ羞恥心の限界だろう。そのままぽすりと彼女の顔を自分の胸にうずめた。
「しばらくこうして顔の熱を冷ましてから部屋に入ろう。耳の赤みがひいたら教えてやる」
「〜〜〜っ!」
私の胸元でもごもごと、言葉にならない抗議の声がする。
彼女がどうにも困って私にしがみついてくるのが、実はけっこう気にいっている。
それを言うとやってくれないだろうから、決して口にはだはないが。
間の悪いテルジオ。









