四本足のお茶会・前編
『魔術師の杖』本編343話に掲載した『四本足のお茶会とサージスペシャル』を改稿して前後編に分けました。本編とはちがい、活動報告に載せた『いやむしろネリアの方から迫れ』が続きとなっています。
【登場人物】
ネリィ=ネリア・ネリス 魔道具ギルド臨時講師助手……とは仮の姿でホントは偉い錬金術師団長。
メロディ・オブライエン 三番街に店を持つ魔道具師。今回は魔道具ギルドで臨時講師。
サージ・バニス メロディと同期で検査部門で働く。
ディア 魔術学園五年生 メイビス侯爵令嬢
ベラ 魔術学園五年生 グラコスとつき合っている。
グラコス 魔術学園五年生 ベラとつき合っている。
レナード 魔術学園五年生 パロウ魔道具の御曹司
ニック 魔術学園五年生 竜騎士志望の男子。ディアと別れたばかり。
メレッタ 魔術学園五年生 カーター副団長の娘。
カディアン 魔術学園五年生 第二王子
アイシャ 魔道具ギルド長
レオポルド 魔術師団長 いつもだいたい機嫌が悪いか無表情。
魔道具ギルド三階の休憩室でメロディとわたしがくつろいでいたら、ディアとベラがやってきた。
「メロディさん、ネリィさん、ようやくディアが単位をとれそうなので、私たち実習の打ち上げをしたいって相談したんです」
「打ち上げ?」
ベラが説明してくれる。
「グラコスに錬金術師団の打ち上げがそれは楽しかったと聞いて……メレッタとカディアンのお祝いも兼ねて、私たちもここの休憩室を借りて〝四本足のお茶会〟を開こうかと」
「〝四本足のお茶会〟って……令嬢たちが動物のしっぽや耳をつけて参加する仮装パーティーみたいなヤツ?」
「あら、ネリィさんご存知なんですか?」
「変身セットの実物をみたことがあって……」
七番街にある工房の倉庫でミーナに見せてもらったことがある。正式なお茶会とちがって社交に慣れていない子どもたちのためにやる、ちょっとしたお遊び……仮装パーティーのようなものだ。
何かへまをしたとしても「今日は四本足の日ですものね」ですまされる、気楽な集まりだと聞いた。その話をすると、勝ち気そうな顔をしたディアはうなずいた。
「でしたら話は早いですわね、お世話になったネリィさんやメロディさんにもぜひ参加していただきたいわ」
「わたしたちも?」
「ええ、ギルド職員のサージさんにも声をかけるつもりです」
そのとたん、メロディは目を泳がせた。
「あ~うれしいけど、私はお店の仕事がたまってて……ごめんね。ネリィなら参加できると思うわ」
えっ?
「ネリィさんホントですか?うれしいです!」
「う、うん……」
ディアがキラキラした目で迫ってくるので思わずうなずいてしまったけれど……ディアってこんなに素直な子だったかしら。そんなことを考えていたら、ディアがもじもじと恥ずかしそうに聞いてくる。
「じゃあサージさんにも声をかけたいので……ネリィさん一緒にいってくださいます?」
目的はそっちかぁ!苦笑いして手をふるメロディに見送られて、わたしはディアたちと検査部門のサージ・バニスをたずねた。相変わらずオレンジ色の髪を爆発させて、サージは壊れた魔道具をいじっている。打ち上げの話をしたら彼も乗り気になった。
「僕も参加していいの?やぁ、お茶会なんて久しぶりだなぁ」
「サージさん、お茶会にいったことあるんですか?」
「学園生は貴族の子も多いし学生時代はそれなりにね。就職してからはほとんどないよ」
そんなわけである日、ギルドの三階を借りて実習の打ち上げがおこなわれた。キノコの椅子に切り株のテーブル……秋の森で獣たちがお茶会をしているみたいで、雰囲気もバッチリだ。
お茶会とはいえ場所は魔道具ギルドだし、ネリィとして参加するのだから気楽なものだ。〝変身セット〟はディアが主催者ということで張り切って、わたしたちの分まで用意してくれた。
ニックは「なんで俺たちまで」と不服そうだったけど、グラコスは「子どものうちにしかできないからな、もうじき成人だし」と、ノリノリで黒狼の耳をつけている。
ベラは銀狐の耳をつけていたし、カディアンは赤獅子にしてたけど……それをみたわたしは〝獅子舞〟を思いうかべた。
レナードが「ふうん、貴族の習慣ってのも面白いな」と、縞熊の格好をしていたのが意外だった。
「レナードって貴族とか苦手じゃなかった?」
「商売相手ともなれば、そうもいってられないです。それに……『楽しんで食べる』って感覚、俺んちの魔道具にも取りいれられないかって考えてて。調理系の魔道具も術式を調べはじめると奥が深いです」
そういいながら真面目な顔でテーブルにならぶお菓子を眺めている。
「家に帰ったらお菓子がでてくる〝おやつ製造機〟ってのも面白いかもしれないな……」
レナードが手がけた〝おやつ製造機〟が世にでる日も……近いかもね!
サージの頭につけた耳の先はややこげ茶で色が濃くなっていて、いつも爆発していたオレンジ色の髪はすこし落ちついている。
「サージさん、赤狐ですね」
サージはふさふさとした尻尾をなでて照れくさそうに笑った。
「ギルドで検査をしたことはあるけれど……こうやって身につけるのははじめてだね。似合う?」
「似合いますよ、ディアも趣味がいいです」
サージの〝変身セット〟は、きっとディアがわざわざ選んだのだろう。
「耳やしっぽの動きで感情がわかるから……好かれているかどうかわかりやすいんです」と、こっそり教えてくれた。
「ネリィさんは紫兎だね、ウポポなんかも似合いそうだけど」
「ウポポは……はまりすぎてて封印なんです」
「?」
ウポポ耳はメレッタがつけた。ラベンダーメルはラベンダー色の長い耳が特徴だ。うれしくなってふわもこの丸いしっぽをピョコピョコ揺らしていると、黒い毛長猫の耳をつけたディアが不満そうな顔をする。
「ネリィさん……大人なのに可愛いってズルいです」
「わたしはむしろ、大人っぽいディアがうらやましいんだけどなぁ」
サージがきているからディアは精一杯おしゃれをしているんだと思う。高そうだけどそこまで華美じゃない茶系のドレスに、ピンクのストライプが入ったリボンが可愛らしくあしらってある。大人びた色なのにデザインはキュートだ。
彼女の長い髪にリールの耳が溶けこむように馴染み、同色のファーをあしらった手袋をつけて、後ろをむけば長い尻尾が誘うように揺れていた。小悪魔ちゃん風だね!
「そういえばディアに聞いたんですけど、サージ・スペシャルってどんなのですか?」
「あはは、気になる?飲ませてあげようか」
サージはお茶の用意をしにコーナーへむかう。
「たいしたものじゃないよ、僕はふだんツンケンしてるのに、ときたま笑顔をみせてくれる女の子に弱くてさ。好きな女の子とは何でもいいから話がしたいだろ?」
「それって……」
メロディのことだろうか……と思ったけど、ディアもいるし何もいえなかった。サージはいくつか並ぶ茶葉の缶を手にとっては吟味する。
「まぁツンケンしてる時点で好かれてはいないんだろうけど……とにかく相手と話をして、今日の体調はどうか、いまの気分はどんな感じか……とかを聞きだしてお茶を作るんだ」
「お茶を作る……」
サージは選んだ茶葉にさらにいくつかハーブを足していく。それにミルクを注ぐと加熱の魔法陣を展開した。ミルクで煮出すチャイのようなものらしい。
「ネリィさんのことをよく知っているわけじゃないけれど、リラックスして楽しめるように茶葉はカレンデュラ産のものにしたよ。ヴェルヤンシャの茶葉より甘味と色が濃いんだ。それに少し体を温める働きのあるハーブを足して、水ではなくミルクで煮出す」
「茶葉をいれてから加熱するんですね」
わたしが感心して手元をみていると、サージが苦笑した。
「姑息なんだけどね、お茶を淹れるのに時間をかければそれだけ相手と長くしゃべれる」
それを聞いたディアが、「まぁ」といって顔を赤らめた。