デーダス荒野の夜
書籍7巻、なろう版9章
デーダス荒野でのふたりの会話。
レオポルドはグレンとの生活を、ネリアに聞きたがります。
デーダス荒野では1日が終わると暖炉の前でくつろいだ。
わたしはグレンが使っていた安楽椅子に座り、レオポルドは床に敷いたラグのクッションに座る。
何だかグレンがいた時とわたしの位置が入れ替わっているのだけど、
「え、グレンとの暮らし?どんなだったか気になるの?」
椅子から床に届かない足をぶらぶらさせて聞き返せば、レオポルドはハーブティーを淹れたカップを手にこくりとうなずいた。
彼は無口なくせに話をいろいろと聞きたがる。
「そうねぇ……世界がハッキリ見えるようになったら、部屋が散らかっているのが気になったの」
「ほぅ」
最初、ペリドツトの瞳を通して見た世界は緑色で、それでもハッキリとした輪郭を持つ部屋の内部を見回したわたしは正直、えらい所にきてしまった……と思った。
とにかく片した。グレンが何を言おうと問答無用で片づけた。
今こうして過ごしているデーダス荒野の家は、わたしの三年間に及ぶ努力の結晶なのだ。
レオポルドだってゴロゴロくつろいでるじゃん、さすがに寝そべってはいないけど。
「で、ご飯を食べるようになったら、毎日同じメニューなの。大問題よ!」
眠っているぶんにはよかった。わたしは恒温槽のなかで胎児のように水分からそのまま栄養を摂っていた。
水槽からだされてしばらくは、この世界の食べものに体を慣らすために、しばらく魔素を主体に与えられていた。
食事というよりはポーションに近い、いろいろな素材からとりだした純粋な魔素を摂取していたのだ。
『魔力持ちは食事や水、空気からも魔素をとりこむ。ゆえに数日飲まず食わずでも平気だが、お前の体はその働きが弱い。だから星の魔力とつなげたが……魔力酔いも起こしやすいから、まわりに存在する魔素にも慣らしておく必要がある』
さまざまな素材から抽出した魔素を直接ノドに注がれる……それが最初の食事だった。
思いだしていたら、低くよく通る声が聞こえた。
「それのどこが問題なのだ」
「うわ、ここにも首をかしげるヤツがいた。首の角度までグレンそっくり!」
レオポルドが無表情に聞いているので、わたしはさらに言い募った。
「体調で食べたい物って変わるし」
「そうなのか?」
「食べ物だって季節で変わるし。それに毎日同じメニューだと飽きるもの」
どんなにこの世界に慣らしたとしても、わたしの体は数日飲まず食わずでいられるようにはできていない……食いしん坊に見えるのはそのせいだもん!
だがレオポルドは思いがけないことを言いだした。
「ふむ。貴族は基本的にただ出された物を食べる」
「へ?」
「味の好みがあれど、食事にケチをつければそれはだれかの責任となり、スタッフの首が飛ぶ。だから最低限口をつけるし、残す場合も体調のせいにしたり食欲がないと断る」
「気を使いながら食べるってこと?」
「そうだ。もちろんそのために厳選した料理人を雇うが、王城の食堂で出される食事の方が気楽だ。だいたいメニューは決まっているが、選べるからな」
王城にも働くスタッフ向けに大きな食堂があり、みな交代で食事をとりにくる。
さすがに錬金術師団長がみなに交じってワイワイ食事をするわけにはいかないと、最初は遠慮していたのだけれど。
慣れてからはユーリに教えてもらった抜け道を使い、厨房にこっそりお邪魔させてもらうことも多い。
厨房脇の小部屋では、人目を気にせず食事ができて大助かりなのだ。
もっともそこは厨房のスタッフ用の休憩所なので、「どーも」と言いながらまかないの皿を持って調理人が入ってきて、忙しくかきこんでまた出ていくことも多いけど。
レオポルドは食堂まで行かずにマリス女史に運んでもらうことが多く、彼も昼食は楽しみにしていることがわかった。
うんうん、ホクホクの揚げトテポおいしいよね!
そして彼はさらに物騒なことを言う。
「厄介なのは毒味がつく場合だな」
「毒味⁉️」
「だいたいが慎重を要する案件を抱えている。食事を供する側が先に毒味をしてからふるまうが……食さねば相手を信用しないという意思表示だ。交渉のテーブルにつくためには、どんな味だとしても喜んで食す」
「ひいいぃ!」
待ってほしい、暖炉の炎に照らされて、銀の髪はやわらかな光を放っているのに、話の内容が物騒すぎる。
けれどレオポルドは渋い顔でため息をつく。せっかくのイケメンがだいなしだよ!
「サルジアに行きたがる割に、あまりにも不用心だ。いくら三重防壁があるとはいえ」
「レオポルドってば心配症だなぁ」
のんきだと思われたのか、ギッとにらまれた。けれどそれにひるむわたしではない。
「だったら料理ひとつで場がなごやかになって、交渉がうまくいくこともあるはずだよ。歴史を変えた料理人だっているかもよ?」
レオポルドは意外そうな顔をした。
「きみはそんな風に考えるのか。料理人が歴史を変えると……」
「うん。戦争をしたい人なんてほとんどいないもの。だれにだってやれることはあるはずだよ」
「だが……ではそうか。グレンが自らきみには食事を与えていたのだな」
「そうだね」
「……『あーん』とかされたか?」
とつぜん彼が変なことを聞いてきて、わたしはハーブティーにむせそうになる。
「ないない!そんなんじゃなくて、口開けたらスポイトから流しこまれるみたいな……動物の仔にエサやるようなもんだよ」
「そうか」
静かにうなずいて彼はハーブティーを飲み干すと立ちあがる。
それがおやすみの合図で、彼はいつものように寝室のドアまでエスコートしてくれた。
このときのわたしはのん気にも、彼が大真面目に「あーん」をすることについて考えているとは、知る由もなかった。
【グリドル】
グレンは食事に関心がなく、保存が効く食材を数種類食べていました。
ネリアがグリドルを開発したのは「もっとマシなものが食べたい」という食い気が原動力です。









