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【11/1コミカライズ連載開始】魔術師の杖 短編集 ネリアとレオポルドのじれじれな日常  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
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膏薬づくり(レオポルド視点)

書籍6巻、本編だと8章終盤、秋の対抗戦が終わった直後の閑話です。

 魔術師団の塔に白いローブに身を包んだ錬金術師がふたりやってきて、師団長室に顔をのぞかせるとレオポルドは思いっきり顔をしかめた。


 彼の額にはまだべったりと膏薬が貼りついている。


「何の用だ」


「お、お見舞いに……」


 しおらしく上目使いにこっちを見るが、彼女は彼より頭ひとつぶん背が低いから、どうしたって彼を見あげる形になるだけだ。


「このとおり息災だ」


 額以外は。彼女を連れてきたオドゥはニヤニヤと笑い、ズカズカと部屋を横切る。


「ネリアにレオポルドが頭痛で寝こんだって教えたら、めっちゃ気にしててさぁ、手当てもしたし大丈夫って言ったんだけどねぇ」


「や、あの時は勝つことしか考えてなくて…… お、お邪魔します」


 白い仮面の向こうからゴニョゴニョと小さな声が聞こえ、オドゥの後ろからちっさい師団長が、さらに小さくなって入ってきた。


 ちょこちょことオドゥの影に隠れるようにしてくっついて歩く姿に、「お前はリスか」と言いたくなるがレオポルドは黙っていた。


 赤茶の髪がふわふわと揺れ、どうみても小動物なのに危険人物このうえない。


 レオポルドは額にぺったりと貼りついた膏薬を覆う布を長い指でなでた。彼女から食らったキズに治癒魔法を使わないのは、自分への戒めでもある。


 その姿を目にするたびに青ざめて気絶しそうになるのは、塔の魔術師たちであって彼自身ではない。


「せっかくだから膏薬の作り方を教えとこうかと思ってさぁ。ネリア、やったことないって言うし」


「うん、よろしくお願いします」


 めずらしく礼儀正しい錬金術師ふたりに、レオポルドは額に手をあてたまま動きを止めた。


「ちょっと待て。ここでやるのか?」


 オドゥは目を丸くして、当たり前のようにしれっと答える。


「当たり前じゃん。素材はそろってる。道具もある。薬が必要なケガ人はいる。他にどこでやれと?」


 レオポルドは眉根をぐっと寄せたが。力むとまだ額が痛い。痛覚にピキリとした刺激があり、眉間のシワはますます深くなった。


「……今は仕事中だ」


 それに仮眠室など本来は女性を招きいれる場所ではない。だが学園来の親友は意に介さない。


「だからだよ。業務外で膏薬練りなんてやりたくないね、さっさと終わらしちゃおう」


「あのっ、きちんと作業するから。がんばるね!」


「……」


 しおらしい。人の髪をつかんで頭突きをかましてきたのと、同一人物とは思えないほどしおらしい。


 いつもとちがう娘のようすにレオポルドも無言になる。


 赤茶の髪を束ねた娘が両手をグッとにぎって彼に見せ、ついその拳にみいった彼は、ふたりが仮眠室に向かうのをうっかり見送ってしまった。


「素材はこれと、これと、これとー……」


「ふむふむ」


 手際よく準備するオドゥの横で、娘は熱心にメモをとる。


「血行をよくするのがハンナで、ミルパは腫れをひかせる。あと鎮静効果のあるユーリカ油」


「ユーリカの花蜜とはちがうんだ?」


「そ、これは実から搾った油」


「実を搾るのね……あ、レオポルドは仕事してていいよ」


 熱心にオドゥへ質問してあれこれと聞くわりに、娘はレオポルドに対してはそっけない。


 それが不満だともいえず、レオポルドはため息をついて自分の机に戻った。


「よし、材料はそろったな。まずはハンナの種から潰そう」


 ふたりが素材の計量を終えてしばらくすると、コリコリと薬を潰す音が聞こえてきた。


「さ、こんな感じ。ネリアもやってみなよ」


 軽快な音は手馴れたオドゥがやっていたものらしい。


 続いてゴッ、ゴリ……ゴッゴッ……と、何とも形容しがたい破壊音が聞こえる。乳鉢ですり潰すというよりは、乳棒で素材をガツガツと砕いているのだろう。


「ネリアってば肩に力入りすぎだよ」


「や、意外と硬くて難し……あ!」


 ゴッ、ゴリッ……バキッと音がして、たまらずレオポルドは立ち上がった。


「何をしている!」


「ええと……乳鉢って簡単に壊れるんだね?」


 乳棒を手に首をかしげる娘の手には割れた乳鉢があり、床に素材がこぼれている。


「陶器はどうしてもねー硬いから石の鉢を使ってみる?」


「石の鉢もあるんだ?」


「あるよ。ちょっと重たいから気をつけて」


 これまた何の断りもなく、勝手知ったるオドゥは棚から縞模様がある石造りの乳鉢を取りだした。


「ありがと……あ!」


 つるん。レオポルドが口を挟むヒマもなく、見事にそんな感じで娘の小さな手から乳鉢は滑り、ゴスッと鈍い音がして石畳に落ちた鉢は、ぱっくりとふたつに割れた。


「あちゃーネリア、ケガしてない?」


「うん、だいじょうぶ。びっくりしたぁ」


 そのまま何事もなかったように作業を続けようとするふたりに、レオポルドはワンテンポ遅れて口を挟んだ。


「ちょっと待て」


 オドゥが黒縁眼鏡に指をあてて、やれやれという顔をした。


「何だよレオポルド、仕事してていいって言ったのに。待ちきれないのかよ」


「お前らは人の部屋にある備品をいくつ壊せば気が済むのだ」


 目をむいた彼の黄昏色をした瞳が強い光を放つ。


 塔の魔術師なら震えあがるような視線にさらされても娘は気にせず、足元に落ちている石の鉢と机の上にある陶器製の乳鉢を見おろし、心もとない感じで答えた。


「えと……ふたつ、ぐらいかな」


「その鉢は瑪瑙でできているのだぞ」


「ふぇっ⁉️」


 レオポルドの指摘に娘は飛びあがり、恐る恐るといった風情でオドゥに仮面を向ける。


「瑪瑙だって……これ、高いの?」


「まあ陶器の三十倍くらいかな」


「ひぇ。あ、ほら修復の魔法陣とか……」


「あれはあらかじめかけておく必要がある」


 娘の言葉にレオポルドは首を横に振る。もともと硬い瑪瑙の乳鉢はめったなことでは割れない。


「そうなの⁉」


 レオポルドにマリス女史が真剣な表情でささやいた。


「こちらの業務のことはいいですから、何が起こるか分かりませんし、師団長も立ち会われてください」


「そうですね、それがいいです」


 コクコクとうなずく副団長のメイナード・バルマも真顔だった。おそらく修復の魔法陣をかけまくるハメになった、本棚転移事件を思いだしているのだろう。


「まぁ、ほら。陶器のヤツは修復できるし」


 オドゥが修復の魔法陣をかけて作業は再開となり、レオポルドはしかたなくふたりを見守る。


 結局力を使う作業はオドゥがやり、細かくなった素材に彼女は油を加えて膏薬を練る。


「ネリア、空気は含ませないで」


「う、ホイップクリームを作るのとはちがうんだね。コツがいるかなぁ」


「ま、慣れだよ慣れ」


「ライアスがドラゴンの火傷にも自分たちで膏薬を練ったって。わたしもできるようになったほうがいいよね。ヌーメリアたちの手伝いもできるし」


 真剣だがおぼつかない手つきで練りあげたそれを、オドゥが仕上げに手を加えて滑らかにした。


「これでいいかな」


 作業を終えたふたりの錬金術師が、くるりとレオポルドを振り向いた。


「お待たせ、レオポルド」


「じゃ、そのへん座って」


「……」


 ベッドにおとなしく腰かけたレオポルドの額に小さな手が伸びる。


 ペリペリとそっと額を覆う布が外され、薬液を含ませた布で額を拭かれる。


 肌に残っていた膏薬をきれいにとると、コブの状態をチェックした娘はホッとしたように声をあげた。


「よかった……腫れもひいてるし、これならすぐに治りそう」


「魔力持ちの体は頑丈なんだから、そう心配することなんてないよ」


 小さな指が乳鉢から膏薬をすくっては、レオポルドの額に塗りつける。


 額をすべる指の感触がくすぐったいし、何より自分の前にあるのは無機質な白い仮面だ。


 せめて仮面がなければいいと思うが、彼女の顔が目の前にあったら、たぶん自分が落ち着かない。


 膏薬をぬりおえて布で覆い、術式をかけた後、小さな手は割れた瑪瑙の乳鉢を持ちあげた。


「ねぇ、この鉢はわたし弁償するから。割れたのはもらってもいい?」


「そんなものがほしいのか?」


「うん、縞模様がきれいだし……居住区のどこかに飾ろうかなって。ダメ?」


 ダメだ、と答えたら肩を落としてしょげそうな気配に、レオポルドもさすがにとまどった。


「かまわぬが……」


「ホント?ありがとう!」


 本当にうれしいらしく弾んだ声で礼をいい、だいじそうに自分の鞄にしまっているが、彼女に贈りものをするときのポイントが、今ひとつよく分からない。


(いったい何を喜ぶのだ?)


 古本屋で買った本は無邪気に喜ばれたが、それも高額なものではない。


 しかもそれ以来何かと魔術を習いたがる。少しずつ教えないと、また大事故が起こりそうだ。


 そんなことを考えていたら、目の前に赤茶色の封筒が差しだされた。


 封筒には錬金術師団の錬金釜に天秤の紋章が金字で箔押しされている。


「あのね、これ招待状……対抗戦の祝勝会だけど、ヌーメリアとヴェリガンの婚約パーティーも兼ねてるんだ。レオポルドも出席してくれる?」


「これは……」


「ユーリのアイディアなの。エクグラシアでは押し花を漉きこんだカードを贈ったりするんでしょ、葉脈の栞もそれに使えないかと思って。それにレオポルドはあの栞気にいったみたいだから、ちゃんとしたの作ってみたの」


 〝古代文様集〟に挟んであった栞と同じように、カードにはきれいに葉脈だけを取りだした葉が数枚散らしてある。


「硬い繊維だけを残して葉の細胞を溶かすの。これは化学……錬金術に興味を持ってもらえるきっかけになるように、王城の売店にも置かせてもらうんだ」


 張り巡らされた葉脈は、自然の造形がたしかに美しい。


「レオポルドも来られる?」


 不安そうな声が白い仮面の向こうから聞こえ、中庭でなら彼女の顔を見られるだろうかと……ふと思った。


「ああ」


「よかった、当日渡したいものもあるの。じゃあ中庭でね!」


 レオポルドの返事に娘は弾んだ声をだした。

いただいたファンレターのお返事に代わりまして、SSを書きました。

乳鉢が割れるのは作者の体験を元にしています。力任せにやると割ってしまいますが、素材が硬いとどうしても……。

瑪瑙の乳鉢は高級品ですが硬くて薬が変質しないため昔から使われています。

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