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【11/1コミカライズ連載開始】魔術師の杖 短編集 ネリアとレオポルドのじれじれな日常  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
2023秋SS 魔女の爪

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1.七番街の工房

8章323話『蜘蛛の衣』より後、メレッタの婚約と秋の対抗戦の間のお話です。

 秋の対抗戦が終わった後、わたしは七番街にある収納鞄の工房へと顔をだした。


 昼間の工房は収納ポケットの件で提携した、ストバル商会から派遣された職人さんがいて、とても賑やかに金の針で素早く収納鞄をしあげている。


「あら、ネリィさんいらっしゃい!」


「こんにちは、差しいれのクッキー持ってきました。みなさんで召しあがってくださいね!」


「きゃあ、ネリィさんの差しいれ、大歓迎ですっ!」


 職人さんたちに手を振って二階にあがると、ミーナとニーナが収納鞄の検品中だった。ニーナが鞄を検品を終えた鞄を、ミーナが袋に包んで箱につめて机の上を片づけた。


「さっき下で見たけど……収納鞄も種類が増えましたね。かわいいだけじゃなくて、しっかりとした形のも作るようになって。ストバル商会に派遣してもらった職人さんたちのおかげですね!」


 さすが軍服をつくりつづけて四百年、格調高いデザインと機能性、そのじょうぶさで定評のあるストバル商会だ。


「ストバル商会は軍服のメーカーだけど、そのぶん耐久性のある生地やしっかりした縫製が魅力なの。私たちも勉強になるわぁ」


「そうね、まさかこんなに忙しくなるなんて思ってもみなかったけど」


 私は持ってきたナッツ入りクッキーを、ミーナに渡してキョロキョロと部屋を見回す。


「あれ、アイリは?」


 たしか彼女は一階にもいなかった。


「もう五番街の店を任せているの。ここの工房には私かニーナがいないと回らないし、かといって何か用事があるたびにあっちを閉めるわけにもいかないでしょ?」


「夜会がきっかけで逆にお客様が増えちゃって……こうなったら逆にアイリをどーんと表に出しちゃおうって。アルバーン公爵夫人だってもう何も言えないわよ」


 上品なしぐさに美しい立ち居振る舞い、そして完璧なテーブルマナー……将来は王子妃にもなれると言われた少女だけに、どんな客の対応も安心して任せられるのだとか。


「サルジア語だけでなく外国語も日常会話程度なら行けちゃうしね、刺繍が好きなだけあって色にもくわしいし、あの子が店に立つとお客様の評判もいいの」


「よかった……アイリが元気に働いて生活できていて」


「それにあの子護身術もしっかり習っていて強いのよ。こっちが秋祭りのダンスを教えるかわりに、護身術教室を開いてもらったわ。ひとりで店番もだいじょうぶそう」


 アイリ・ヒルシュタッフ……ハイスペックすぎる。きっと魔術師団に入団しても立派な魔術師になっていただろう。





「眠くなると困るから、コーヒーでいいかしら?」


「はい、いただきます。ありがとうございます」


 アイリの紅茶が飲めないのは残念だけれど、わたしたちはミーナが淹れたコーヒーを手にテーブルを囲んだ。


 カップを手にしたミーナがふと思いだしたように、わたしへと顔をむけた。


「そういえばネリィ、夜会のために作った『絡めとられし恋心』、預かりましょうか?」


 ヌノツクリグモの糸を使い、〝緑の魔女〟が織った布で仕立てたドレスには、そんな名前がついていたらしい。


「えっ、何でですか?」


「ダンスって意外と激しく動くから、ドレスが痛むこともあるのよ。クリスタルビーズだって急いでとりつけたから、取れているかもしれないし……預けてくれたらきちんとお手入れするわよ」


 そういってミーナとニーナはじーっと、何か言いたげにわたしの顔をみる。


「えっと、あの……もう着る機会もないと思うし、浄化の魔法も使いましたし」


 オーロラ色の輝きは一夜限りかと思ったら、ちっとも元に戻らない。あれをニーナたちに見せたら大騒ぎになりそうだ。


 ニーナがすっと目を細めた。


「そう……ねぇ、あのドレス……色が変わったりしてない?」


「いえっ、いつもどおり灰色の輝きですっ!」


「灰色の輝き、ねぇ……」


 ミーナが意味ありげにつぶやいて、コーヒーをひと口飲む。ひいいいぃ!


「そのっ、そういえばメレッタと一緒に王太后陛下の茶会に出席することになってて」


 わたしがあわてて話題を変えると、ニーナが目を丸くする。


「王太后様のって、奥宮で開かれるお茶会?」


「はい。メレッタのお披露目もかねてて、カーター副団長たちと一緒に出席するんです。ユーリは『優しいお祖母様だから気にしなくていい』って言うんですけど」


「いやいや、めっちゃ気にするとこよ、そこ」


「そうなんですよねぇ。わたしはいわばメレッタの引き立て役とはいえ……ドレスの相談ってできますか」


 ニーナとミーナが顔を見合わせた。


「どうする、ミーナ」


「ニーナが作りなさいよ、と言いたいところだけど……ちょっと微妙だわね」


「何がですか?」


 首をかしげたわたしに、ミーナが説明してくれる。


「いま私たち一人勝ちの状態なのよ。収納鞄も予約が続々入っているし、夜会シーズンはもう終わりかけなのに、注文はどんどん来てるの」


「すごいじゃないですか!」


「そう、すごいのよ。けどこれ以上はまずいわ、そろそろ来年の準備を始める時期だもの。職人たちもみんな休暇を取るし」


「あ、そうなんですね」


 そうするとどうすればいいんだろう……眉をさげたわたしに、ニーナが提案した。


「そうね……だから今回は王城の服飾部門に頼んだらどうかしら。あのローブも女性向きなデザインで新調したほうがいいと思うし。好みも伝えてネリィのために、正装用のドレスローブ作ってもらいなさいよ」


 ドレスローブ……その響きだけで、なんだかちょっとカッコいい。


「わかりました、そうしてもらいます。ありがとうございます!」


 そういえばメレッタの茶会用のドレスも、服飾部門で手がけることになっている。いっしょに頼めばいいんだ、よし解決!


 ほくほくとコーヒーを飲んでいると、ニーナが差し入れのクッキーをつまむ。


「王太后様は気さくな方だけど、そこに出席する貴族となると、そうそうたる顔ぶれよね。アルバーン公爵夫人にアンガス公爵夫人……それぞれに派閥もあるし」


「そうらしいですねぇ」


 そんなものかも……うん、クッキーおいしい。ナッツの風味がコーヒーにもすごく合う。


「……」


 のんびりしつつしっかりとクッキーを味わっているわたしの顔を、ミーナが心配そうに見て何か言おうとした瞬間、ニーナが突然叫んだ。


「だとしたら爪ね!」


 ……爪?

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