2.塔へいこう、こんどはふたりで
マリス女史とバルマ副団長の趣味はレオポルドの観察です。
バルマ「あの人顔にでないから面白いんだよね!」
マリス「ですね。無表情にがっかりしてるとこなんか……」
ネリア「えっ、見わけるコツあるんですか⁉️」
(ていうか、レオポルドがわたしのこと……意識してた?)
いやいやダメダメ、そんなこと考えたらわたし、ぜったい耳まで赤くなるから!
ここにはレオポルドからだされた宿題の答えというか、ヒントを聞きにきたんだから!
話に夢中になっていたふたりはくるんとそろってこちらを向き、瞳をキラキラと輝かせて身を乗りだした。
「やっぱ妖精だなぁ~」
ひぅっ。
「あんまり見たらダメですよ、ウチの師団長が怒りますよ」
マリス女史がキリッとした顔で注意すると、バルマ副団長は腕組みをして首をひねった。
「うーん。あの人おっかないから、怒られるのはイヤだなぁ」
「それよりここにくるまでのあいだに、だれかから何かされませんでした?」
「何かって?」
お茶を差しだしながら心配そうに聞いてくるマリス女史に、わたしが聞きかえすとバルマ副団長がニコニコと笑った。
「あはは、それならだいじょうぶだよ。師団長の婚約にショックを受けた魔術師たちは、みんな休暇中だから」
「それなら安心ですわね」
「えっ、魔術師たちが休暇中って……それで業務はだいじょうぶなんですか?」
「ああ、年明けはいつも故郷でグズグズするのがいるから、そろわないことが多いんですよ。アルバーン師団長も婚約が決まったばかりで、魔術師団のことは放置ぎみですし」
「そういえば錬金術師団もそうですね」
アレクを連れてヌーメリアといっしょに、ヴェリガンはまだ故郷に帰ったままだ。
もっと年明けってバタバタするのだと思っていた。あっちの世界でも年末は慌ただしいけれど、仕事始めはのんびりとしているのかも。
わたしは背筋を伸ばして優雅さと気品、優雅さと気品……と自分に言い聞かせながら、精一杯しとやかなしぐさでひと口パイをほおばる。
「おいしい!」
口にいれたサクサクのパイはスパイスの風味が果実の甘さをひきたて、バターの香りがとても芳ばしい。
「それはよかった。あのぉ、私たちがネリス師団長とおしゃべりしてたなんて、ウチの師団長には内緒にしててくださいねぇ」
バルマ副団長にのんびりと念を押され、わたしはここにきた用事を思いだした。
「あっ、実はわたしも彼に内緒で教えてほしいことがあって……おふたりに力を貸していただきたいんです」
「えっ」
何となくふたりの目がキラーンと光ったような気がしたけれど、ここは正直に話して力を借りるしかない。
「レオポルドに魔法陣の小テストをだされたんです。帰るまでに解きたいんだけど、術式の構築に難しいところがあって。答えを教えてくれとはいいませんが、何かせめて参考書とか借りられないかと……」
「拝見してもよろしいですか?」
「どうぞ……これです」
魔術師団の団長補佐と副団長なんて、小テストの助っ人としては最強だ。
いじわるな人たちじゃないし、きっと教えてくれるだろう……期待してふたりを見つめていると、バルマ副団長はまぶしそうに目の前に手をかざした。
「うわ、ナマ師団長はヤバいですねぇ。黄緑の瞳がキラキラしちゃってまぁ……」
「んまぁ……!」
彼の横でマリス女史は問題用紙を手にしたまま、ひと声発して絶句している。
「どうしたんですマリス女史……いや、これはすごいねぇ」
バルマ副団長も横からのぞきこんで、魔法陣をひとめ見るなりうなった。
「やっぱりそれ、そんなに難しいんですか?」
おのれレオポルド……お風呂でのぼせたのはわたしのせいじゃないのに!
「私、アルバーン師団長が大人の男性だとは、もちろん存じあげておりましたけど……」
「はい……」
真剣な表情でに眉を寄せ、食いいるように魔法陣を見つめるマリス女史の手が震えているから、あいづちを打つわたしもつい声が低くなる。
マリス女史は小テストの紙を目の高さにかざし、もういちど魔法陣の全体図をじっくりと見てから、悩ましげにため息をついてバルマ副団長にそれを渡すと、わたしに向きなおった。
「ネリス師団長!」
「はいっ!」
マリス女史に呼びかけられ、緊張して背筋を伸ばすと、彼女は一気にいった。
「このような情熱的な恋文のような魔法陣をしたためられるとは……私、アルバーン師団長の人間的な成長を感じますわ!」
「はいぃ⁉」
思わず飛びあがったわたしの横で、バルマ副団長も小テストを眺めながら、うんうんと喜びをかみしめるようにうなずく。
「すごいよねぇ。あの人もこんなことまで、やれるようになったんだねぇ」
「あの……この小テストのどこが、情熱的な恋文なんでしょうか?」
さっぱりわけがわからない。いや、たしかにきれいに箔押しされた封筒にはいっていたけれども。
わたしもちょっと中身は何かな~なんて期待したけれども!
この疑問にはマリス女史が答えてくれた。
「ああ、魔術師にとっては描く魔法陣の美しさって、自己アピールみたいなものですから。これだけきれいに描くって……みてください、術式のこの部分なんて慎重すぎるぐらい慎重ですよ!」
そういわれて術式を眺めても、何がどうちがうのかなんてさっぱりわからないけど……バルマ副団長はウンウンとうなずいている。
「ね、師団長でも緊張するんだなぁ。しかも欠けた魔法陣を埋めてほしいとかさぁ……ふたりでやる愛の共同作業って感じでいいよねぇ」
「ええええ⁉」
愛の共同作業と聞いて思い浮かぶのは、あっちの世界の結婚式でやるケーキ入刀ぐらいだよ!
どうしよう、ふたりでやるクロスワードパズルみたいなもの?
「こ、これを解いたら何かあるんでしょうか?」
そんなだいそれたものだとは思わなかった。わたしが震えながら恐る恐る質問すれば、マリス女史はあっさりと答えてくれた。
「ああ、たぶん喜ばれますよ。けれどとくに表情にも態度にも出されないでしょうね」
「表情にも態度にも……」
「ね!鉄壁の無表情で『そうか』とかいうだけだよ、きっと。うわぁ、想像できちゃうなぁ」
身悶えするバルマ副団長を、マリス女子はウキウキと注意した。
「副団長ったらそのへんにしませんと。ネリス師団長の楽しみがなくなっちゃいますよ!」
そしてふたりは盛りあがりながら、レオポルドからだされた宿題を手伝ってくれて、めっちゃ親切に参考書までいくつか貸してくれた。
「ありがとうございます、助かりました。バルマ副団長もパイをごちそうさまでした!」
パイもたくさんごちそうになり、参考書の詰まった収納鞄を抱えてお礼をいえば、マリス女史はにっこり笑って首をふる。
「いえいえ、どういたしまして。わからないことがあれば、エンツを送ってください。きっとその小テスト……一回で終わりませんから」
……なんですと⁉
そしてマリス女史の予想は正しくて、わたしは参考書を片手に悪戦苦闘することになった。
「愛の交換日記みたいですよねぇ」
カーター副団長でも手に負えないときはマリス女史にエンツで質問すると、答えながらうっとりとそう言われるんだけど……これはぜったいちがうと思う!
何か彼とのコミュニケーション方法を考えたほうがいいのかも……わたしにもわかりやすいヤツでお願いしたい。
それでもきれいな陣形が描けたときは、彼が魔術訓練場に連れていってくれる。
訓練場の床に魔法陣を敷き魔素を流すと、術式が光を帯びて明滅し魔法陣が動きだす。
「生きているようだろう?」
「うん……きれい」
「魔術師にとって魔法陣は己を映しだす鏡だ。中身が荒れていればまともな術式は書けぬ」
レオポルドは揺らがないから、魔法陣も安定しているのだろう。
「レオポルドの魔術はぐらつくことなんてないんだろうなぁ」
わたしがうらやましくなってそういうと彼は、黄昏色の目をまたたかせた。
「私が安定したのはきみと婚約したせいもある。それにきみに渡す魔法陣は、より慎重に出来がいいものを選んでいる」
「そ、そっか」
わたしの脳裏に「情熱的な恋文のような魔法陣」と言ったマリス女史の言葉がよみがえる。
魔術師との恋は難しいよ!
けれど……。
朝起きてすぐにしたくをしてでかけたであろう彼が、短いあいだに用意した魔法陣にこめられた想いが、本当はどんなものかなんて……今もさっぱりわからないけれど。
『好きな女性の目にふれるものは美しいものを……と思うじゃないですか。この魔法陣を見るだけでもぅ、ごちそうさまって感じですよ!』
師団長室のふたりはレオポルドのために大喜びしていたわけで。
もの静かな彼の横顔を見ながら、わたしは「えへっ」とひとりで照れてしまった。
【後日、盛りあがるふたり】
マリス「ちょっとバルマ副団長!この魔法陣見てくださいよ!」
バルマ「うわ、最初ぎこちなかったのが、だんだん大胆になってきたねぇ。ヤバいよ、これ」
マ「ネリアさん、わからない時だけ質問してこられるんですけど……私、できたら全部の魔法陣を拝見したいです!」
バ「わかる、わかるよその気持ち!」
マ「最近、夜におふたりで魔術訓練場を使われることも多いじゃないですか」
バ「だねぇ。イチャついてるのかと思ったら、真面目に魔法陣描いて復習しててさぁ。でも一生懸命やってる彼女、すごくかわいいんだよ」
マ「まぁ!言わないでください、そのときのお顔を当ててみせますから。まさしく幸せいっぱい……といわんばかりの、鉄壁の無表情でしょう!」
バ「それがさぁ、あの人眉間にググッとシワが寄るんだよ。何に耐えてるんだろうね?」
マ「やだもぅ、魔法陣も師団長の表情も見たいぃ」









