1.塔へいこう
『魔術師の杖』短編集制作決定しました。
発売時期はまだ未定ですが、楽しいものにしたいと思っています。
本編410話『宿題と紫陽石』でレオポルドが王都を留守にしているときのSSです。
わたしは年が明けて師団長会議が終わってから、ようやく魔術師団の塔に顔をだすことにした。
マリス女史からレオポルドとの婚約を祝うエンツとともに、「ぜひ塔にも遊びにいらしてください」とのメッセージをもらったからだ。
うわぁ、魔術師団の塔……あこがれるけど遊びにいくところでもないような。
けれど最近はよくカーター副団長が塔を訪ねているというし、わたしもメイナード・バルマ副団長やマリス女史にはあいさつをしたほうがいいだろう。
「ソラ、ちょっと塔にいってくるね」
居住区に戻って声をかければ、空色の髪を持つ守護精霊は、わたしの言葉に澄んだ瞳をまたたかせた。
「レオは今日、塔にいないのでは?」
「そうなの。だから行くんだよ!」
「だから行く……」
こてりと首をかしげたソラに説明するのももどかしく、わたしはカウンターに置いてあった紙をとりあげる。
レオポルドはでかけるときに、魔法陣の小テストを置いていった。
彼が描く魔法陣はどれもとてもきれいだから、それを眺めるだけでも楽しいのだけれど……その解答を埋めていくのは大変だ。
魔術師団の塔にもよく行くようになった、カーター副団長に手伝ってもらおうとしたら、問題用紙をギロリとにらんだ彼は、苦々しい顔をして渋みのある声でうなった。
「……これほどのみごとな陣形が、師団長がくわえた術式のせいでグチャグチャですな」
「ううう……副団長のいうとおりだよぉ」
泣きたい。書きこんだ術式を消して再挑戦したものの、陣形を構築するところでまた失敗した。これではうまく魔素が循環しない。
「ふええぇ……なんで?」
「魔導回路の設計センスがないのは知っておりましたが……」
絶句する副団長の前でわたしは頭を抱えた。魔法陣の完成形はどれもシンプルで美しい。
よく使われるものほどその傾向があり、術式をちょっとまちがえただけでそよ風が突風になったりしない。
そう、そよ風が突風になったりはしない……はず!
「こんなのどうしろっていうのよぉ」
涙目になって魔法陣の問題用紙を抱えたわたしに、副団長は重々しくアドバイスをくれた。
「そうですな、魔術学園レベルの魔法陣ではありませんし、魔術師団の塔ならば参考書があるかもしれません」
「魔術師団の塔なんか行ったら、レオポルドにバレちゃうぅ~」
「それはしかたありますまい」
すげなく言って副団長が仕事に戻ったところで、マリス女史からエンツをもらい、ついでにレオポルドは今日塔を留守にしていると教えられた。
レオポルド、いったいどこいったんだろ……。
だがしかし、これはチャンスなのでは!
塔にでかける準備をして、わたしがいそいそと筆記具や問題用紙を収納鞄に詰めていると、それを見ていたソラが淡々と言った。
「ネリア様はレオに内緒で、こっそり答えを教えてもらうつもりですね」
「こっそりじゃないもん、ちゃんと塔には一階の入り口からはいるもん」
水色の目をパチパチとまたたいて、ソラは重ねて言い直す。
「つまり錬金術師団長のネリア様はレオに内緒で、堂々と答えを教えてもらいに……」
「こういうときは助けあいがだいじなの!」
せっかくだしマリス女史にグチのひとつも聞いてもらいたい。
聞いてくださいよ、お宅の師団長にも困ったものです、でがけに小テスト置いていくんですよ!
そう考えて気が楽になったわたしは鞄をかつぎ、トコトコと魔術師団の塔へとでかけていった。
塔の一階に立てば、魔術師団の尖塔は見あげるほど高い。
「さて、いきますか」
わたしは深呼吸をひとつして、鞄の肩ひもをギュッとにぎりしめてから、塔へとに足をふみいれた。
一階の入り口からは師団長室へは転移陣があるからすぐに跳べる。
コンコン、と重厚なヌーク材の扉をノックすれば、開いた扉から紫の髪と瞳を持つメイナード・バルマ副団長が顔をだした。
「やぁネリス師団長、いらっしゃい。ご婚約おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
あいかわらず不愛想な上司を補ってあまりあるほど愛想がいい。座っていたマリス女史も、パッと顔を輝かせて席を立つ。
「まぁネリアさん!お知らせいただければ一階までお迎えにあがりましたのに」
いいなぁ、この反応。しっかり者でキリッとしたマリス女史は、細やかな気づかいから魔術師たちの信頼もあつい。
ウチのギラッギラなカーター副団長を思いだすと、レオポルドはスタッフにホント恵まれていると思う。正直、うらやましい。
けれど塔にはコランテトラが生える中庭や居心地がいい居住区はなく、殺風景な仮眠室が師団長室についているだけだ。
居住区や師団長室の窓から見える中庭の景色もお気にいりだし、寝る前の準備をいろいろとしたいわたしとしては、手伝ってくれるソラの存在や、グレンが造ってくれたじゃくじぃもありがたい。
仕事に追われても居住区に戻れば温かいご飯が食べられて、何も考えずによく手入れされた部屋でゴローンとベッドに寝ころべる。住環境は大切なのだ。
(まぁ、だからわたしも師団長をがんばったんだけど)
憎々しげにわたしをにらみつける副団長や、カタツムリ好きのおじさんやら、植物に埋もれているひょろりとした男に、赤い髪の王子様に毒を抱え泣いていた魔女、黒縁眼鏡の向こうから観察してくる不気味な男……いろいろでてきたけど何とかなった。
ひたすらお仕事をがんばっていたら、やたら美麗な魔術師団長の婚約者がついてきた。
そこだけはまだちょっと納得がいかない。
「ネリス師団長も仮面をはずしておくつろぎになってください。アルバーン師団長ほどではありませんけど、今お茶を淹れますから」
そういうとマリス女史はにっこり笑って部屋をでていく。
「あ、おかまいなく」
わたしはあわててワタワタと手を振ったけれど、バルマ副団長もにっこりして机を片づけはじめた。
「いいですねぇ、せっかくだから休憩にしましょう。今日は師団長も一日帰ってこないみたいだし。故郷から持って帰ったおいしいお菓子があるんですよ」
べつにお菓子に釣られたわけじゃないけれど、何となく断りにくい雰囲気に、わたしはおとなしく椅子にすわる。
いつもレオポルドと向かいあわせで、オヤツどころじゃない雰囲気だった魔術師団長室。
そこでいい香りのお茶とともに、皿に盛られたひと口大のパイを目の前にするなんて……自分の立場がガラッと変わったことに、まずびっくりした。
「タクラから輸入されたスパイスをふんだんに使って、数種類のくだものを細かく刻んでバターでソテーしたあと、パイ生地で包むんです。年が明けたら毎日ひとつずつ食べると、健康になると言われているお菓子ですよ。ささ、ネリス師団長の健康を祈って」
「……ありがとうございます」
縁起物はことわりにくい。ニコニコと勧めてくるバルマ副団長に覚悟して、わたしがつけていた仮面をそっとはずすと、彼はポカーンと口をあけた。
「あの……?」
わたしが彼の反応に戸惑っていると、そこへマリス女史がお茶の用意をして戻ってきた。
「お待たせしました……まぁ!」
トレイが揺れてカチャカチャと茶器が鳴ったものの、彼女はサッとそれを机に置いて、バルマ副団長をバッとふりむいた。
「バルマ副団長!ついに……ついに私たち、ネリス師団長のお顔を見られましたわね!」
バルマ副団長も勢いこんでそれにうなずく。
「うん、ホントそう。あの人何もいわないわけだよ、自分は妖精の顔知ってるくせに、僕たちにナイショなんてさぁ……ズルいよね!」
「まったくですわ!」
わたしはふたりに小さくなって謝った。
「ええとすみません、小娘で……師団長らしい迫力もなくって」
「迫力がない?」
マリス女史はキョトンとして意外そうに首をかしげた。
「ここでウチの師団長と怒鳴りあうときは、いつも迫力たっぷりでしたけど」
「そっ、そんなこともありましたね」
内心汗をかいていると、バルマ副団長も苦笑してパイを取り皿によそってくれた。
「それにあの人もネリス師団長の話になると、そっぽ向いてサラッととぼけるんですよ。今まで深く突っこみませんでしたけど。意識してるのバレバレですよねぇ」
「無関心だと気にもとめない方ですからねぇ」
「はぁ」
どうしよう、仮面をはずしたらふたりの距離感が近い。そしてレオポルドの留守にこんな話を聞かされるのって、わたしいったいどうしたらいいの⁉









