3.幻影都市
タイトルが予定と変わってしまいましたが、七夕SS完結です。
レオポルドは幻影をよびだす魔法陣を描き、術式を刻む順番を教えてくれる。
「えっと、何を作ればいいかな」
「イメージしやすいものなら何でもいい。思い浮かばねばそもそも形作れない」
「そうだね」
困っているとレオポルドが手をひらめかせ、両手に氷を作りだした。
「まずは手のひらに乗る程度の大きさで試してみよう。こちらの手にあるのが氷、そして反対側の手にあるのが幻影だ。そっくりそのまま性質を再現する」
指でふれればどちらも冷たい。氷と幻影を真剣な表情でさわっていると、彼は口の端を持ちあげた。
「慣れれば実物を作るより簡単だ。やってみるといい」
氷を作りだすのではなく、その性質を写しとる。
よしっ。
わたしは魔法陣を展開し、教わった順番どおりに術式を慎重に刻んだ。
あとはイメージを投影するだけ……氷、氷、氷……わたしの脳裏に製氷皿にはいった氷が浮かぶ。ちがーう、もっと透明なカキ氷作るための氷みたいなヤツ!
わたしの中で氷のイメージが固まった瞬間、腕全体が透明な真四角の氷塊に包まれた。
「ひいいいぃ!レオポルド、とってとってとってぇ!」
半泣きでレオポルドに助けを求めたら、彼もあぜんとする。
「何だこれは…… 氷のイメージがざっくり過ぎだろう!」
「いやむしろコレしか思い浮かばなくて」
「腕をそっくり氷漬けにする必要がどこにある」
「う、腕を覆う氷なんて想像してないもん、ホントだもん!」
そして冷たい。めちゃ冷たい。自分で作った幻影に苦しめられている。ホントこれ、どうにかしたい。
「ともかく術式を解除しろ。魔法陣を描いて……」
「手が氷漬けだよぉ!」
「だから幻影だと言ってるだろう、自分でひっかかってどうする!」
彼の怒鳴り声とともに、氷塊はシュッと消えた。
「あれ、何ともない……」
ぱちくりとまばたきをして元に戻った腕を眺めていると、レオポルドは頭を抱えた。
「まったく……お前は想像力のカケラもないのか⁉️」
「想像力がありすぎて困ってるんだよ!」
彼はこめかみを指で押さえたまま、ブツブツと続ける。
「このようすでは炎を呼ぶのもやめたほうがいいな。動物……は難しいか、卵はどうだ?」
「おおっ、それならできるかも!」
よしっ。
わたしは魔法陣を展開し、教わった順番どおりに術式を慎重に刻んだ。
あとはイメージを投影するだけ……卵、卵、卵……わたしの脳裏に白い卵が浮かぶ。これならイケる!
卵といえばニワトリのヒナが孵る動画を生物の授業でやったっけ……。そんなことを考えながら薄目を開けると、わたしの手には白い卵がひとつある。
「やった、卵できたよ!」
叫んだとたん、卵にピシッと亀裂がはいった。
「ん?」
ピシピシと亀裂は深くなっていき、やがてコツコツと懸命に殻を破る小さなクチバシが見えて……見守っていたレオポルドがぼそりと言った。
「……鳥の孵化まで再現する必要はないのだが」
「や、でもホラ、すごくない?」
「すごいことはすごいが……」
眉間にシワを寄せたレオポルドとは逆に、わたしはがぜんやる気がでてきた。
昔見た映像をそのまま再現できるのなら、幻術便利かも!
よしっ、あれをやってみよう!
わたしは魔法陣を展開し、教わった順番どおりに術式を慎重に刻んだ。
あとはイメージを投影するだけ……長いものやストーリーを再現するのは大変だから、昔よく見たアニメーションのオープニングテーマにする。
女の子たちがキラキラしながら画面に登場して音楽とともにさまざまなポーズをとり、切なげな横顔がアップになると、印象的なフレーズとともにサビが流れる。
「おおお!」
感動していると、横からレオポルドが口をだした。
「今のは何だ。人形劇でもやりたいのか?」
「あっ、人形劇……そうだよね、そう見えるよね」
「落書きみたいな絵だったな」
レオポルドにはアニメのデフォルメキャラは、馴染みがなかったようだ。
「うん。でも頭の中にあるものを、目に見える形で投影するのって面白いね。レオポルド、教えてくれてありがとう!」
「使いかた次第だが」
頭の中にあるものを、目に見える形で……そのときふっと脳裏にある景色が浮かび、わたしはマール川に向かって大きな魔法陣を展開した。
覚えたばかりの術式を順番どおりに勢いよく刻んでいく。レオポルドがあせったように叫んだ。
「何をするつもりだ!」
「使いかた次第……って言ったよね!」
術式が組みあがったなら、あとはイメージを投影するだけ……忘れたくない……そう思って目に焼きつけた景色。
わたしたちの前に巨大な幻影が出現し、レオポルドがハッと息をのむ。
何の変哲もない故郷の街、いつも自転車で登るのが大変だった心臓破りの坂。タバコ屋の角にある自販機がこんなに懐かしいなんて。
ボタンを押したらまったくちがう中身がでてきて、しょんぼりとお汁粉を飲んだ。
あの坂を登って角を曲がれば家がある。わたしはアスファルトの道路を駆けあがろうとして、がっしりとした腕に止められた。
「放して!」
「待て、あれは……!」
低くよく通る声がわたしを押しとどめようとする。
見たい、もっと見たい。わたしの気持ちに呼応するように、忘れたくない景色が浮かぶ。
記憶はとても便利なもので。
故郷の街といっしょにあのとき行ったテーマパークまで映しだしてくれる。
そして手を振る人影まで。
『ーー!』
あれはわたしを呼ぶ声。
『ホラ、帰りのバスに遅れちまうぞ!』
「待って……行かないで!」
走りだそうとして、背後からギュッと強い力で抱きしめられた。
「行くな……あれは幻影だ!」
怒鳴るような声とともに、目の前にあった景色が薄くなっていく。
「あ……ダメ、消えないで!」
わたしはありったけの魔素を魔法陣に注ごうとして、彼にその手をつかまれた。
「あれは幻術が作りだした幻影だ。あれを存在させ続けるために、星の魔力すべてを注ぐつもりか!」
涙に濡れた目にも、黄昏色の強い光をたたえた瞳はきちんと判別できた。
「あ、わたし……今何を……レオ……ポルド?」
「……ようやく戻ったか」
彼の名を呼べば、彼もホッとしたように息を吐く。
我に返ってみればわたしはマール川に腰まで浸かり、さらに進もうとしていたところだった。
彼までいっしょにビショ濡れになって、わたしをつかんで必死に押さえていたらしい。
「や、ごめ……」
「話はあとでいい!」
謝ろうとするわたしを止めて、そのまま川から引きずりだすようにひっぱりあげると、彼は浄化の魔法を使った。
マール川の川面はさっきまで見えていた景色がウソみたいに何もなく、ただ風が吹いてさざなみが立つ。
「あの……レオポルド」
さっき見えた幻影について何か聞かれるかと思ったのに、彼は首を横に振っただけだった。
「お前が使える魔術の規模を考慮にいれるべきだった。私にも反省点はある。食事にしよう……ソラが持たせたのだろう?」
ソラが持たせてくれたのはゴキゲンな感じのフルーツサンドだ。
「うん。だけど今日はわかるの、大失敗だって。わたし自分で呼びだした幻影に飛びこもうとした」
見てみたかっただけだった。脳裏にある景色を再現できるのならって。
「……」
甘いものが苦手なはずのレオポルドが、オレンジの断面も美しいピュラルのサンドに手を伸ばし、うつむくわたしにもひと切れよこす。
「魔術に失敗はつきものだ。そんなときはうまいものを食べ、一晩寝れば忘れる」
「忘れ、られるかな……」
「……幻術とはそういうものだ」
なぐさめるでもなくレオポルドは淡々とそう言い、わたしといっしょにもくもくとフルーツサンドを食べた。
涙がポロリとこぼれたフルーツサンドはしょっぱくて、でも甘くておいしくて。
食べ終わるころには涙はとまり、目を凝らしてもマール川にあの光景はもう存在しなかった。
ネリアを研究棟に送ったレオポルドは竜舎に顔をだした。ライアスがさわやかな笑顔で彼を出迎える。
「どうしたレオポルド、アガテリスの顔でも見にきたか」
レオポルドはゆるく首をふると、目をきつく閉じた。忘れたくとも忘れようがない、見たこともない景色……そこに彼女は駆けていこうとした。
聞いたこともない言語で彼女を呼ぶ声を、レオポルドもたしかに聞いた。
「ライアス、『幻影都市と大ボラ吹き』という話を知っているか?」
「ああ、昔話だろう」
昔々、あるところに大ボラ吹きがおりました。
自分はみんなが見たこともないような、立派な街からやってきた。眠らない不夜城、高速で動く鉄の塊……一瞬で世界中の人間たちとつながれる。
夢のような話をくり返す大ボラ吹きの言うことを、だれも信じませんでした。
大ボラ吹きだけは自分の話を真実だと信じて、住んでいたというその街を探し続けました。
呪術師に教えをこい、魔術書を読みあさり、いくつもの術式を書きつづり、ようやく彼は帰る方法を見つけたのです。
ある日大きな湖にやってきた大ボラ吹きは、そこに巨大な幻影都市を出現させます。
そこは彼がいった通りの立派な街でした。
大ボラ吹きは人々が止めるのも聞かず幻影都市に向かい、彼が足を踏み入れたとたん、その姿ごと街はかき消えてしまいました。
「それ以来、幻影都市も大ボラ吹きも、その姿を見た者はだれもいない……だったか。昔話など持ちだして何かあったのか?」
「いや……たいしたことではない」
レオポルドは考えこむようにして、ライアスに返事をした。
ネリアのやらかしを必死にフォローするレオポルド、頑張れ。
一瞬見えたもの、レオポルドはライアスに告げることができませんでした。









