魔女のお茶会・後編
「まあ固いことはいいっこなしで。差しいれもってきたよ!」
ぐいっと差しだしたバスケットを、レオポルドはジロリとみるだけでなかなか受けとろうとしない。
「酔ってるな……?」
「酔ってません!ボッチャジュースを飲んだだけだもん!」
ボッチャジュースと聞いて、レオポルドは顔をしかめた。
「〝魔女のお茶会〟か……たしかにきょうは満月だな」
「うん、そう……なんかふわふわする……レオポルド……」
ぐらりと姿勢をくずしたわたしを受けとめて、レオポルドはようやくわたしの手からバスケットを取りあげた。
そのとたん、ミーナがバスケットに結んだリボンがほどけて、彼のバスケットを持つ左手の小指にしゅるりと結びつく。彼は自分の小指をじっとみつめて聞いてきた。
「〝魔女のお茶会〟などになぜ参加した……?」
「んとね……ヴェリガンが屋台にボッチャジュースをだすように頼まれて、もうすぐ魔女のお茶会の季節だからって。満月の晩に間に合うように……だけどわたしもヌーメリアも〝魔女のお茶会〟に参加したことなくて。それならふたりでやってみようって。収納鞄の工房を経営している魔女たちに相談したの」
「魔女ヌーメリアのためか……魔法をかけたのは気のいい魔女たちのようだな。邪念も感じられない」
彼は納得したようにうなずくとバスケットを机に置いて、かけられた魔法陣を調べていう。
「そうだよ。そしてこれがメロディの魔法、布をとるときふたりが〝笑顔〟になるようにって」
さっと布をとるとレオポルドは一瞬目をみはって、それからくすりと笑う。
「これは……」
「いまわたし、ボッチャの妖精なの。さぁ、ボッチャクッキーを召しあがれ」
なかに詰められていたいろんな表情のボッチャクッキーを、ひとつつまんで彼の口もとに運ぶと、黄昏色の瞳が探るようにわたしの顔をみながらクッキーをかじる。
「お前……〝魔女のお茶会〟は初めてか?」
「うん、初めて。ボッチャジュースを飲むのも初めて。おいしかったー」
みんなでやった工房での大騒ぎを思いだしてクスクス笑っていると、レオポルドはあきれたようにため息をついた。
「まったく……飲みなれぬくせに飲むからだ。魔女はボッチャジュースで酔う」
「ねぇ、それってわたしが魔女になってるってこと?」
「ああ」
「えへへー魔女かぁ、そういえばマウナカイアでリリエラっていう海の魔女に会ったよ、すごい美女なの!」
「そうか」
レオポルドに持ってきた料理の説明を、ひとつひとつして渡せば無言で食べてくれる。
いっしょにバスケットに詰めたお菓子をたべながらとりとめもない話をして、わたしは覚えたばかりの魔女の歌をゴキゲンに口ずさむ。
満月の夜は魔女のもの
こわがりさんは寝床においき
魔女の口づけほしければ
月にむかって窓あけろ
満月の夜は魔女のもの
こわがりさんは寝床においき
魔女の口づけ受けとれば
月がみるから窓しめろ
ふと気がつくとレオポルドの顔がすぐ近くにあって、彼の指がわたしのほほに描かれた涙型のしずくにふれた。すかさずわたしは両手で彼の顔を押さえる。
「……何をする」
「や、だって。なんか近すぎるし」
一瞬だけ、キスされるかと思った……わたしの頭がぼんやりしているせいだろうけど。
「……そんなことだろうと思った。手をどけろ」
深くため息をついて立ちあがったレオポルドは、戸棚から赤い実がはいったビン詰めと、保冷庫からクリームチーズをとりだす。
彼は皿から一枚のボッチャクッキーをつまむと、プディングを銀のさじでひとすくいのせ、そこにクリームチーズと赤い実を盛りつけて、もう一枚のクッキーでクッキーサンドを作った。
「あ、何そのアレンジ……わたしもやってみたい!」
クッキーサンドをひと口かじってうなずいた彼は、身をのりだしたわたしの口にクッキーサンドを押しこんだ。
「むぐっ……⁉」
ボッチャの優しい甘みにクリームチーズのコクが合わさり、酸っぱい赤い実がプディングとも絶妙なとりあわせで。
「おいしい……!」
落っこちそうなほっぺを押さえて幸せな気持ちでもぐもぐしていると、レオポルドはまたクッキーサンドを作る。
どこか機嫌が悪そうで、スプーンを扱う手つきはなんだか荒っぽい。
「今回はそれで我慢してやるからそのまま帰れ。それと〝魔女のお茶会〟のあとは、ぜったい他の男のところへは行くな」
「え、うん……」
うなずけばまた彼はひと口かじってから、クッキーサンドをわたしの口に押しこむ。なんで?
「むぐ……ちょっとレオポルド、この赤い実……何?」
もぐもぐしながらたずねると、レオポルドは黄昏色の目をまたたいた。
「コランテトラの実だ。初夏になるからお前は知らないのか……」
「コランテトラ……これが!」
グレンも好きだといっていた故郷の味……中庭で実がなったらタルトやパイ、ジャムにしてもよさそう!
「それをやるから、とっとと帰れ」
ぽいっ。そんな感じでコランテトラのビン詰めといっしょに、わたしはカラのバスケットごと塔を追いだされた。
「ちょっと、『ごちそうさま』ぐらい言いなさいよ!」
「……食べてない」
「は?」
エンツで文句をいえば、不満そうな声でたったひとこと返されてそれっきりだった。完食したくせに何いってんの?
レオポルドの不可解な態度の意味を知ったのは、ずいぶん後になってからなのだけど……それはまた別のお話。
だって翌日ヌーメリアに聞いても、真っ赤になってぜんぜん教えてくれなかった。
話を聞いたニーナたちは逆にびっくりして、顔を見合わせてだまりこんじゃうし。
「あの魔術師団長にお菓子を……た、食べてもらえたの?」
「しかもそのてんまつ……うあああ、すごいチャンスだったのに!」
しばらくたってからようやくミーナがぼうぜんと聞きかえし、ニーナは頭を抱えてうめきだす。
「チャンスって何のチャンスですか?」
首をかしげて聞き返すと、ニーナはまとめ髪にしていた黄緑の髪を、グシャグシャにしてわなわなと震えた。
「いや……ネリィらしいわ。ネリィらしいけど……どうしよう私、満月にむかって叫びたい気分よ!」
「わかるわニーナ、そのやるせなさを次のドレスにぶつけなさい!」
こめかみを押さえたミーナが、ぽんぽんとニーナの肩をたたいた。
〝魔女のお茶会〟とは。
「キスをくれなきゃイタズラしちゃうぞ☆」のノリで、恋に勇気がだせない魔女を励まして送りだす魔女たちの壮行会。ボッチャジュースで気合をいれたら、バスケットにお菓子を詰めて突撃。
その結果についてはあえて聞かないのが魔女たちのマナー。
ネリィはすごいチャンスをふいにしたらしい。
※レオポルドは師団長になりたての頃、さんざん魔女たちの突撃を受けた。