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【11/1コミカライズ連載開始】魔術師の杖 短編集 ネリアとレオポルドのじれじれな日常  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
4巻発売1周年記念SS カイ、王都へいく

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6.天空舞台

 王都組三人のようすを見て、ベテラン竜騎士のレインは肩をすくめた。


「団長、気にすることはないっすよ。カイのヤツぁ別に何にも考えてねぇから。とにかく楽しくいきましょうよ。お、揚げ串がきた!」


 レインはちらりと後ろをふり向いて声を張りあげた。


「へいよ、揚げ串お待ちぃ!タレはこっち、んで食べた串はこっちな!」


「これこれ、これを待ってたんだ!」


 串刺しにした旬の食材にサクサクの衣をつけて、油でカラリと揚げた揚げ串は居酒屋の人気メニューだ。グラスを持ったまま、もう片手で串を持って食べられる手軽さがウケている。


 秘伝だというタレはスパイスのほかにくだものも使っているらしく、こっくりとした飴色にとろみがついている。


 串をもってタレにひたして食べるのが一般的で、軽く塩をふりピュラルのしぼり汁をかけてもうまい。


「コレ、何を揚げてんだ?」


 カイが興味津々といった目つきで揚げ串をひとつ取りあげた。


 こんがりといい色に揚がった衣は食欲をそそるが、何の食材かは凹凸から推測するしかない。


「いろいろだ。肉もあれば野菜もあるし卵もうまい。食べてみてのお楽しみだな」


「ふぅん」


 カイは最初、何もつけずガブリといった。


「あふっ!」


 顔をしかめて口を押えたカイに、レオポルドがすっと酒のグラスを渡し、レインが苦笑いをした。


「いきなり揚げたてをいけば、そうなるだろうよ」


 カイがレオポルドから受けとった酒をぐびぐびと飲みほすと、カラになったグラスはすぐに新しい酒と交換される。


「ん〜よくわかんなかったな」


 こんどは慎重に歯を立てて、衣の端からかじっていく。そのさまをレインがからかった。


「慎重すぎてチリネズミみたいだぞ」


「俺ぁもともと用心深いんだよ。うおっ、これ野菜だ!」


 ようやく具材に到達したカイが驚きの声をあげる。根菜のディウフを輪切りにして刺したようで、もう熱くなかったのか串の半分ほどをバクリとくわえ、奥歯でしっかりとかみはじめた。


「へぇ衣に包んで揚げるだけで……ねっとりと甘くなるのか」


 カイはペロリと唇をなめ、次の串に手を伸ばす。


「おっ、こんどは魚だ。食べ慣れたもんでも、バリバリした衣の食感が新鮮だぜ」


 左手に酒、右手に串でどちらも勢いはとまらない。みなはつぎつぎに揚げ串に手を伸ばし、グラスもどんどんカラになる。テーブルには忙しく追加が運ばれた。


 ひとしきり飲み食いしたあとは、そろって海猫亭に移動しター麺をすする。


 酒びたりになった体には、ここの海鮮ダシがしみるのだ。


「くぅ~、いい味だな。王都ってヤツはうまいもんがたくさんあるってことはよくわかった」


 五人並んでカウンターにすわり、ター麺を味わうカイにレインが機嫌よく返事をする。


「だろ?さっきは鍋と揚げ串がメインだが、炙りの店もあるし、焼き鳥が名物のところもある。カイがしばらく王都に滞在するなら、いろんなところを案内してやれるぜ」


「それいいな!」


「ネリアもここのター麺は気にいって、うれしそうに食べていた」


 ライアスが何気なくネリアの話をしたとたん、カイがピタリと食べるのをやめた。


「ネリアか……」


「どうした?」


 レオポルドが眉をあげると、カイは海猫亭で注文した酒に手を伸ばした。グラスに揺れる透明な液体はエルッパに似た蒸留酒だ。かなり濃い酒をぐびりとひと口すすると、カイはだいぶ酒臭くなった息を吐く。


「ネリアは何度か俺をライガにのせてくれたんだ。マウナカイアの夕暮れは朱に染まった太陽がそれはきれいなんだぜ」


「……」


「なのにあいつはひたすら王都のことばっかり。たくさんの建物が建っていて、大きな通り沿いにはきれいな街並みがひろがっている……ってな。だから俺は王都ってやつがどんなもんか見にきた」


「……それが王都にやってきた理由か」


 王都で買える服の布地は厚みがあって、温かいが肩がこる。酒の種類はたくさんあって、鍋からたちのぼる湯気ににぎやかな笑い声がひびく居酒屋も、ター麺をだす海猫亭も活気がある。


 王都はカイの想像以上に大きくて、そしてごちゃごちゃしていた。


「ずっと引っかかってたんだ。色鮮やかな魚たちが集う珊瑚礁に見渡すかぎり空と海しかない砂浜、泡の宮殿だって……あいつには俺が知る最高の景色を見せた。それを超えるものが王都にあるってんなら、この目で見てぇだろ?」


「マウナカイア以上の景色だと……それは……」


 ライアスも眉をひそめた。王都の夜景はもちろん美しいが、〝夜の精霊の祝福〟は冬にはあまり見られない。カイが見て納得しなかったらそれまでだ。


「王都を見れば納得するのか?」


 レオポルドの問いにカイは首を横にふった。


「わかんねぇよ、そんなん。けどこの目で見ないことにはどうにもならねぇ、マウナカイアでいくら考えても答えはでなかった」


 それを聞いたレオポルドは立ちあがった。


「ならば見せよう。ライアス、つき合ってくれ」





 レオポルドが展開した転移魔法陣で一行が転移した先は、王城にある天空舞台だった。


 本城のひときわ高い場所に造られたこの場所は、ドラゴンが舞い降りられるように広くとってある。


 見晴らしがいいが風も強い。カイがぶるりと身を震わせると、ライアスがすかさずアルバを唱えた。


「すげぇ。王都が一望できるな」


 天空舞台から身を乗りだすカイの横に立ち、レオポルドも王都の夜景を見おろした。


「彼女が王都にきて初めて降りたった場所がここだ。景色を楽しむ余裕など……なかったろうがな」


「へぇ」


 王城前広場を中心にして放射状に広がる通りは、四番街や五番街は華やかだが、八番街や九番街はポツポツと灯った魔導ランプが道を照らすだけだ。


 シャングリラ中央駅がある一番街から三番街までは高い建物も多いが、倉庫や工房が多い六番街や七番街は、夜だと暗く沈んでみえる。


 王城をぐるりと囲んで無数に輝く魔導ランプの明かりは、家によって色合いが異なる光がにじむように周囲にひろがる。レインは妻と子どもたちが待つ自分の家を探した。


「天空舞台に立つとドラゴンと同じような気分になれるな」


 しばらく無言で眺めたあとで、カイはため息をついて首をふった。


「ん~すげぇとは思うけど、やっぱ俺にはわかんねぇ」


「彼女は何にでも目を輝かせる。それに好むのは何も特別な光景というわけでもない」


 そういうとレオポルドは、何も指していない串を何本か取りだした。最初の店をでるときにわけてもらったものだ。


 ソラにエンツを送ればすぐに、バスケットを持った師団長室の守護精霊があらわれた。


「レオ、居住区にあったのはこれぐらいです」


「じゅうぶんだ」


 バスケットの中身を確認して、レオポルドはうなずいた。


 中からミッラを取りだして串に刺し、王都の夜景を見おろす天空舞台で彼は加熱の魔法陣を展開する。


 オーランドが銀縁眼鏡のつるに手をかけた。


「レオポルド……天空舞台で調理をしていいのか?」


「前例がないだけだろう」


 あっさりと答えてそれ以上の議論を封じたレオポルドは、串にさしたミッラをじりじりと魔法陣で炙る。


 赤く光る魔法陣はそれ自体が美しく、カイは彼の手元を珍しそうにのぞきこむ。


「レオ、何やってんだ?」


「さっきメリムの実を食べたがっていたろう。冬の王都では手にはいらぬが……ミッラの実でもこうすれば甘くなる。ほら」


 銀の魔術師が焼きミッラの串を渡せば、カイはキョトンとした顔でそれを受けとった。


「え、レオお前……わざわざこれを俺のために?」


 レオポルドがだまってうなずくと、カイはさすがに学習したようで、焼きたてのアツアツをふうふうと吹き、冷ましてからゆっくりとほおばった。


「うめぇ!」


「それを食ったらさっさと帰れ」


 そっけなくいい放つ銀の魔術師に、カナイニラウの海王子は感激したようすで潤んだ瞳を向けた。


 人魚が自分の作ったものを食べさせるのは求愛行動だ。しかも目の前でわざわざ作る。


(……こいつ、ツンデレだったのか!)


 人魚らしくだいぶ斜め上に勘ちがいしたカイは、自分のほほを押さえて何かに耐えるような顔つきで、焼きミッラをかみしめた。


 ネリアをもとりこにした蜜がしたたりそうな罪深い味わい……カイのハートも焼きミッラにわしづかみにされた。


「やべぇ、これにネリアもやられたのか。納得した、俺にはとてもじゃねぇがかなわねえ」


「?」


 いぶかしげに眉をひそめたレオポルドに、カイはエメラルドグリーンの瞳をキラキラと輝かせて告げる。


「そうと決まれば俺も準備をしなくちゃな。あと二十年ぐらいなら俺、平気で待てるし。そのあいだにまた真珠を集めとくわ」


「……いったい何の話をしている」


 レオポルドの声が低くなり物騒な気配が漂いはじたところに、カイはあっけらかんと言い放った。


「レオとネリアの娘なら俺の理想だろ。探し求めた〝極上のひとしずく〟ってヤツだ。だからお前はさっさとネリアを落とせ。それで娘が生まれたら俺がもらう」


 その場にいたカイ以外の全員がそれを聞いて凍りつき、冬空の下とはいえ天空舞台にありえないほど冷気が満ちる。すかさずライアスが叫んだ。


「レイン、対魔法防壁展開!オーランドは王城の修復班へ連絡を!ソラはカイを師団長室へ誘導、さっさとマウナカイアへ逃がせ!」


「あいよ!」


「了解した」


「かしこまりました」


 全員の返事にかぶさるように、レオポルドがたったひとこと怒号を発した。


「断る!」


 静かだった天空舞台は殺気をみなぎらせた魔術師団長と、それを抑えようとする屈強な男たちで大変なさわぎになった。


「まて、落ちつけレオポルド!」


「放せライアス、今ここであいつを殺さねば後悔する!」


「うわ、師団長!ここ王城だってば!」


「海王子からの婚姻の申しいれ……これは記録しておいたほうがいいのか?」


「オーランド!記憶そのものから抹消しろ!」


 その日晴天にもかかわらず、王城の天空舞台には特大の雷が落ちたという……。

中庭と師団長室にも被害をだしたレオポルドは、後でソラから「レオはちゃんとお留守番もできないのですか」と冷たく怒られました。

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