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【11/1コミカライズ連載開始】魔術師の杖 短編集 ネリアとレオポルドのじれじれな日常  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
4巻発売1周年記念SS カイ、王都へいく

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2.カイとレオポルド

 カイはポカンと相手の顔をみつめた。視覚から嗅覚から聴覚から……何だかいろいろな情報が彼を襲ってくる。


「ソラが長距離転移魔法陣が働いたと……海洋研究所からの客か?」


 もういちど男の薄い唇が動き、さっきよりも長めの言葉を発する。カイはまばたきをした。やっぱりこの声は聞き覚えがある!


「お前、もしかしてグレンの息子か?」


 逆に問いかければ相手は不審そうに眉をひそめた。


「……そうだが」


「やっはー、そうか!あいつの子ども、こんなでっかくなったのか。すげぇ!」


 すごい勢いで馴れ馴れしくつめ寄ってくるカイに、レオポルドのほうが思わず一歩ひいた。


「な……」


「背格好とか声とか、においまであいつそっくりだもんな。すぐわかったぜ!」


「にお……」


 銀髪の男は絶句して若干ショックを受けたような顔をした。もともと無表情だからその変化はわかりにくく、初対面のカイはまったく気づかない。


 カイはエメラルドグリーンの瞳を輝かせ、ニカッと白い歯をみせて笑うと黒いローブに包まれた男の肩を、旧友に再会した気分であいさつ代わりにバンバン叩く。


「ちょうどよかった、俺はカイ・ストローム・カナイニラウ。名前ぐらいは聞いてんだろ。さっそくだけどよ、お前の服貸してくんね?」


「……は?」


 目をむいたレオポルドの肩に、カイはさっさと腕をまわした。とりあえず風に吹かれて立っているよりは、たとえ男でもひっついたほうが暖かい。


「ふらりときちまったもんだから、寒くてよ。このままお前の部屋までいこうぜ?」


 マウナカイアのノリでカイは屈託のない笑顔を見せた。会えば友だち、みな兄弟……気が合わなかったらサヨナラで終わりだ。


 凍りついたように動かない男の顔を、カイはしげしげと眺める。


「グレンは骨ばってたのに、よっぽど美人を捕まえたんだなぁ……こんな美形と知っていたら、もっと早く会いにきたのに」


「レオ」


 音もなく近寄ってきた水色の髪と瞳をしたオートマタが、ふたりに声をかける。ちゃんとヒトの形はしているが、無生物の気配しか感じない物体に、カイも目をむけた。


「何だ、グレンのやつ……こんなものまで作ってたのか。あいつやっぱりおもしれぇな」


 ようやく衝撃から立ち直ったらしく、レオポルドがカイに肩を抱かれたままでソラに顔をむけた。


「ソラ、私の部屋から防寒着となるものを。それと王城へ連絡をいれてカナイニラウの海王子がきたと知らせろ」


「あーいいって、いいって。そういうのめんどくさいからよ、お忍びってことでいいだろ。なっ?」


 ウィンクをしてもグレンの息子はノリが悪い。


「そういうわけには……」


「ちょーっと〝王都〟ってやつに興味があったんだ。それにお前の顔を見たから、目的の大部分は達したし」


「私の顔?」


「お前だろ、ネリアのコレって」


 眉をひそめた相手に親指を立ててみせると、黄昏色の瞳がみひらかれた。


 放流したマイカウナギの稚魚が大きくなって、立派な成魚になったのにバッタリと出会う感覚に似ている。


 レオポルドの困惑などまったく気にせず、カイはだいぶ感動していた。


 あのろくすっぽ人とふれ合おうともしなかったグレンにこんな息子が……人の営みは長命種の人魚からみるとせわしない、だからこそ活気に満ちているようにもみえる。


(にしてもダチのグレンも相当だったが……コイツもだいぶ固ぇな)


 相手の都合などおかまいなしに、カイは王都にいる連中の名前をあげた。


「お前の服を借りたらさ、テルジオやオドゥも呼びだして、パーッと騒ごうぜ」


「ふたりは今王都にいない」


 レオポルドの返事にさして残念がるでもなく、カイはうなずいた。まぁ、ふらりとやってきたのは自分だからしかたない。


「じゃあサシ飲みかぁ、お前友だちいねぇの?」


 なぜ飲みにいくのが決定なのだ。そしてレオポルドの肩にはまだカイの腕がしっかりと回されたままだ。払いのけようとしたところへソラが戻ってきた。


「服をお持ちしました。海王子が滞在される部屋を王城に準備させましょうか」


「おっ、サンキュ!部屋はいらねぇよ、俺コイツとでかけるから。なるべくにぎやかな所がいい、湿っぽいのは性に合わねぇ」


 カイが調子よく返事をすると服を持ったソラは、肩を抱かれたままで黙っているレオポルドの顔をみた。


「……」


 彼の眉間にはくっきりと深くシワが刻まれている。服ぐらいやるからこいつにはとっとと帰ってほしいが、カナイニラウとの関係を考えるとそうもいかない。


 こめかみを押さえたレオポルドは深く長いため息をつき、自分のやるべきことを行動に移した。


 居住区にある自分の部屋にいれる気はさらさらない、肩に回された腕をふり払うと服を押しつけるように持たせ、ふたたび師団長室にカイを押しこみ、レオポルドはエンツを唱えた。


 呼びだせそうなダチ……この事態に対応可能で頼りになる人間といえばライアス・ゴールディホーン、それと何かあったときのために王城への橋渡しができる人物、オーランド・ゴールディホーンへとエンツを送る。


 状況を説明し助けを求めれば、すぐにふたりからそれぞれ短い返答があり、レオポルドはホッと息を吐く。


(彼女の留守を守るとはこういうことか……)


 港湾都市タクラに彼女が旅立ったあとでよかった。いつも突拍子もないことをやるわりに、何となく事態を解決していまう自分の婚約者は、トラブルメーカーではないのに色んなことに巻きこまれる。


(あれは体質か、体質なのか?)


 腕組みをしてレオポルドが考えこんでいると、師団長室から黒いコートを着たカイがひょいと顔をのぞかせる。


「おーし、バッチリだぜ。ちょいと足元がスースーするけど、王都へくりだすかぁ!」


 みるとレオポルドから借りた、都会的でザ・紳士な感じの黒いコートを着たカイは、足に草を編んで作ったビーサンを履いたままだ。いや、どうみてもそれはおかしい。


 レオポルドはゆるく頭をふって、もういちど深くため息をつくと転移陣を描いた。


「待て、ちゃんとした服を用意させる。まずは五番街のバーナード・スミスの店にいこう」


 そうして店にエンツを送り、ソラに見送られてレオポルドは、カイを研究棟から連れだした。

まずはお着替え。

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