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【11/1コミカライズ連載開始】魔術師の杖 短編集 ネリアとレオポルドのじれじれな日常  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
2023お花見SS

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20/62

4.百花繚乱

お花見SSこれで完結です。

本編でもこんな未来が来たらいいなぁ……。

「ネリアは魔道具ギルドで収穫はあったのか?」


「バッチリだよ。まだ途中なんだけどいい感じにできそう!」


 剪定した枝をかたづけたライアスに聞かれ、わたしは収納鞄から魔道具をとりだした。


 見た目はグレンが作ったレイメリアの姿を映す魔道具に似ているけれど、魔道具ギルドで教わった術式を組みこんである。


「まだ立体に映像を展開するのはできないけど平面ならできるかな……ここに魔素を流してっと」


 わたしが中庭に置いた魔道具に魔素を流すと、中庭の石畳が桜のじゅうたんになった。ときおり桜から花びらが舞いあがるのは、地面に展開したから映像が逆さまになっているせいだ。


「ほぉ、これは美しい」


 ライアスが感心する横でレオポルドが地面にしゃがんでよく花を見ようとしたけれど、ただの映像だから花にふれた手はすり抜けた。


「これを山に持っていって裸木に映像を展開するつもりなんだ。そうしたら満開に咲く桜の下でお花見ができるでしょ」


「オハナミとはなんだ」


「花を愛でながらご飯を食べたりお酒を飲んだりするの」


 ライアスに説明するとソラが無表情につけくわえる。


「ソラの下でいつもやっていることです」


 桜への対抗心はまだ消えていないらしい。


「まぁわたしも故郷ではあんまりやったことないんだけどね、わざわざ桜の下でお花見なんて。大人になったしせっかくだから、やってみようかなって。お花見にいい場所ってどこかにあるかな?」


 そう聞くとライアスが少し考えてから返事をした。


「ヴェルヤンシャほどではないが郊外にいい感じの山がある。初夏になればネリモラが咲く丘の近くだ」


「ホントに?やった!それじゃソラ、食べものや飲みものを用意してくれる?」


「かしこまりました」


「じゃあわたし、何日か魔道具ギルドに通ってこれを完成させるよ」


「…………」


 ずっとしゃがんだまま無言で桜の花をながめていたレオポルドが立ちあがる。黄昏色の瞳で桜のじゅうたんを見渡して、魔道具を拾いあげた。映像が消えて地面はもとの石畳にもどる。


「ここまで手間をかけて花をながめるものなのか?」


「偽物の花まで用意したりはしないけど、お花見は時間をかけて準備するよ。みんなで楽しむためのものだもん」


 きっとレオポルドやライアスには、わたしがお花見をしたくて魔道具まで作りだす気持ちは理解できない。


 わたしだって自分でもよくわからないもの。郷愁というたったひとことで片づけられない想いがあふれそう。


 ぐっと唇をかみしめたわたしに、魔道具を手にしたレオポルドが聞いてくる。


「ところで……この花は歌うのか?」


「歌いません!」


「そうか。歌えばにぎやかだろうと思ったのだが」


 きみたち……どんな花畑で育ったの。おかげででそうになった涙は引っこんだけど。





 それから数日たったある日、ライアスにミストレイやアガテリスもだしてもらい、完成した魔道具を持ってわたしたちはネリモラの丘近くの山までドラゴンたちと飛んできた。


「きゃっふー!ネリス師団長、もぅ最っ高です!」


 わたしの操縦するライガのうしろにはメレッタが乗って歓声をあげ、ユーリが操る赤いライガにはカディアンが乗ってヒイヒイ言っている。


「あ、兄上……もうちょっとスピード落として。俺、もう魔力がっ!」


「うるさいな、失速したら落ちるんだよ。足りないぶんは魔石も使え!」


 どうやらヨタヨタしているユーリのライガは、カディアンの魔力もしぼりとって飛んでいるらしい。


 ライアスの前後にはヌーメリアとアレク、ヴェリガンがそれぞれミストレイの背に固定され、レオポルドが駆るアガテリスにはカーター副団長とオドゥが乗る。


「どうして僕がレオポルドの背に抱きつかなきゃなんないの?」


「イヤならお前を抱きかかえてやって乗せてもいいが」


「もっとイヤだろ、それ」


「ふん、メレッタはどの男とも乗らせはせん!」


 そんなやりとりのあとカーター副団長がレオポルドの前に、オドゥがうしろに固定された。


「ここまで連れてきてありがとう、ミストレイ」


 ネリモラの丘で降りてミストレイの鼻先をなでると、なぜかライアスがくしゃみをした。


「ライアス花粉症……なわけないか」


「だいじょうぶだネリア、気にするな」


 ライアスはわたしにむかってキラッとさわやかに、まぶしい笑顔を見せた。





 それから二十分ほど山を登ってひらけた場所に着き、わたしたちは敷物をひろげ収納鞄から食事や飲みものをだしてならべた。


「時季外れのピクニックって感じですね」


 ユーリがいえばオドゥもぶるりと身を震わせて腕をさする。


「だよなぁ、こういうのはもう少し暖かくなってからするもんだろ」


「うん、なんかごめん。みんなもつきあわせちゃって」


 眉をさげればメレッタが元気よくいった。


「私はライガに乗れるんだったら何でもいいです!」


 まだ空気はひんやりとしているから、温かいものが食べられるよう中央にはグリドルも置く。


「じゃあ、ちょっとやってみるね」


 ギルドでしあげた魔道具を葉が落ちた寒々しい木にセットして魔素を流せば、木の枝を中心に魔法陣が展開して桜の花がつぎつぎに咲く。


「うわぁ、花さかじいさんみたい!」


「ハナサカ……?」


 その光景は圧巻だった。名も知らない樹々を覆うように桜の花がひろがっていく。どこまでもどこまでも……うすいピンクの花が揺れ風に白い花びらが舞う。


「すごい……本物よりきれいかも……」


 思わずつぶやいたところで、ふっと花が消えた。目の前にはもとの裸木が立ちならび、冷たい風が吹く寂しい光景がひろがるだけだ。


「消えちゃった……」


 アレクが言うとユーリが立ちあがる。


「どうしたんだろう、魔導回路の調子が悪いのかな……ちょっとみてきますね」


「うん」


 ユーリとオドゥが回路の調子をみているあいだ、わたしは何もせずぼんやり立っていた。


 もともと花なんてなかった……自分の心に咲く花を投影しただけ。


 ただ寒々しいだけでお花見の楽しさも春のうららかさもみんなに伝わらない……もういちどあの景色をこの目で見れたら、そう思った自分の浅はかさが身に染みる。この世界に本物なんてないのに。





 ふいに背後から強い力で抱きしめられ、わたしはあわててふりかえる。いきなりこんなことをするのはひとりしかいない。


「レオポルド⁉」


 ふりかえれば黄昏色の瞳がすぐ近くにあり、両腕を伸ばして小柄なわたしを包みこむように抱きしめた彼は、低い声でわたしにささやきかける。


「どこにも行くな」


「え……わたし、動いてないよ」


 もぞりと身動きしようとしても、彼の腕はちっとも緩まなくて。


「……消えてしまいそうだった」


「わたしが?」


「寂しがっていただろう」


「それは……」


 そんなことない……そういいかえせなくて肩に回された腕をぎゅっと握りしめると、とつぜん赤や黄色、青に紫……オレンジやピンクの花まで色とりどりの花たちが、わたしのまわりに降ってくる。


「これ……」


「母の得意な魔術だった」


 銀髪の魔術師が空中に魔法陣を描きながら答える。花はあとからあとから降ってきて、あたりは花畑みたいになった。


「花を降らせるのが?」


「植物の形には規則性があるから、造形魔術はそれほど難しいものではない。だが知らない花は作れない」


 彼はかがむと地面に積もった花のひとつを拾いあげた。


「きみが見たいという花はこのなかにはない。少しでも気にいるものがあればよかったのだが」


「そんなことない、すごくきれい……とってもうれしいよ!」


 彼が差しだした薄紫の花を手にとれば、やわらかな花弁からは甘い香りがした。


「ちゃんと香りもするんだ……」


「そのものの性質も写しとるからな。これできみに花飾りを作っても?」


 彼に問われたわたしは目を丸くする。


「えっ、レオポルドが花飾りを作ってくれるの?」


 レオポルドは眉間にシワを寄せてため息をついた。


「……残念ながら得意だ。子どものころ公爵家のお茶会でさんざん作らされた。私の前に令嬢たちが列を作る。バーデリヤの花飾りなど何個編んだかわからん」


 青いバーデリヤの花飾りは〝初恋〟という意味だという。レオポルドみたいにきれいな貴公子から、バーデリヤの花飾りを贈られた子はとてもうれしかったろう。


 無表情にもくもくと花を編むレオポルド少年が目に浮かんで、わたしは思わずふきだした。


「それ……みんなはレオポルドに作ってもらって、きっとすごくうれしかったと思うよ!」


「だといいがな、いくつ作る?」


「え、ひとつでいいよ」


 問いかけに答えればレオポルドは眉をあげた。


「ひとつ?」


「うん。ひとつで『きみが好き』って意味でしょ、それでじゅうぶんだよ」


 彼は秀麗な眉を不本意そうにきゅっと寄せた。


「……それでじゅうぶん、か。もっとねだればいいものを」


 わたしの答えが気にいらないのか、レオポルドはため息をついてまた花を編む。彼の指先からどんどん花が生みだされ、花飾りに編みこまれていった。


 ライアスがそれに気づいて声をあげる。


「レオポルドお前……『自分は造形の才がない』といいながら、そんなものを作るのか!」


「ただ順番に編むだけだ。編みかたなら教えてやる、造形魔術はオドゥに教われ」


 いいかえしてレオポルドは、長く編んだ花飾りの端と端をつなげてそれを輪にした。


「では〝百花飾り〟をきみに……花冠の精霊から美しさと愛情の祝福をもらえるとされている」


「ネリア、魔導回路の調整がうまくいきましたよ!」


 赤や青、紫に黄……いくつもの花で編んだ華やかな冠がわたしの頭にのせられたとき、ユーリの声がしてあたりにまた桜の絶景がひろがった。


 地面にひろがったカラフルな花畑、それを覆うように桜のカーテンがひろがっていく。


 甘い〝百花飾り〟の香りに包まれたわたしのまわりで、花びらが風に舞う。


「うわぁ、春らしいですねぇ!」


 メレッタが歓声をあげれば、カディアンが両手いっぱいの花を手に持っておずおずと、それでも必死な顔でレオポルドに頼みこんだ。


「あ、あのっ!魔術師団長、俺にも〝百花飾り〟の編みかたを教えてくださいっ!」


 レオポルドの眉間にぐっとシワが寄り、彼が口をひらきかけたところでライアスがさけぶ。


「俺も習う!ユーティリスも習っとけ!」


「僕もですか?まぁ、いいですけど」


 ユーリがあきれたように苦笑して肩をすくめれば、レオポルドはこめかみを押さえてため息をついた。


「花飾りならわたしも編む。それでレオポルドにもつけてあげる!」


 そういうと全員がぎょっとして、それから笑いころげた。オドゥなどはお腹を押さえて笑っている。


「レオポルドが花飾り……レオポルドがっ……似合いすぎだろうよ、それ!」


 どうやら花飾りは男性から女性に贈るものだったらしい。けれどみんなでワイワイと編んだ花飾りを、渋い顔をしながらもレオポルドはちゃんとつけてくれた。


 満開の桜の下、アレクまでもが真剣に花飾りを編み、なんだかんだで面倒見のいいレオポルドが長い指でコツを教えてあげていた。


「ほら、こうやって飾ればもう灰色一色じゃないでしょ」


 できあがった花飾りをアレクがうれしそうにヌーメリアの髪に飾れば、涙ぐむ彼女をあわててヴェリガンがなぐさめた。


「ユーリはだれにあげるの?」


「僕は持ち帰って母に……ですかねぇ。いざというとき味方になってもらわないと困りますから」


 そっけなく言うわりにユーリは保全の術式をかけて、だいじそうにそれを自分の鞄へしまった。


「メレッタ、きみの瞳とおなじ紫の花を多めにあしらってみた」


「花はどうでもいいけど、ネリス師団長とおそろいだからつけてあげる」


 カディアンは百花飾りをそっとメレッタの頭にかぶせて、感極まったようにさけんだ。


「……俺の婚約者はなんて可愛いんだ!ああっ、フォトを持ってくればよかった!」


「だからそういうのやめてよ!」


 真っ赤になって抗議するメレッタの横で、カーター副団長はめずらしく何もいわずグリドルで焼き鳥の串をならべ調理をはじめている。


 満開の桜の下には色とりどりの花があふれ、まさしく百花繚乱だ。


 そこをふれれば消える白い花びらが舞う。


 わたしたちはクマル酒のソーダ割で乾杯し、心ゆくまでエクグラシア初の花見を楽しんだ。





 ……おまけ。


「これはみやげだ」


 アナは帰宅したクオードが差しだした花飾りに目を丸くした。


「あなたが、私に花飾りを?」


「レース編みはムリでも花を編むぐらいなら私にもできる。それにアルバーン師団長の造形魔術を間近で観察できたからな」


 手のひらにのせられるほどの小さな花飾りには、春の花がいくつもあしらってある。


 にこりともせずそれをずいっと差しだすクオードの顔を、アナはぽかんとみて、もういちど花飾りをみて、それからまた信じられないようすで彼の顔をみた。


「本当にあなたが、私に花飾りを?」


「ア、アルバーン師団長の好意を無にするわけにもいかんのでな!」


 かみつくように言いかえした夫はやっぱりアナが知るいつもの彼で、それなのに手には魔道具ではなく甘い香りをはなつロマンチックな花飾りを持っている。


 それがおかしくてアナは笑った。


「うれしいわ、あなたがつけてくださる?」


「あ、ああ」


 クオードは緊張した顔でアナの髪に手を伸ばした。

優しい話が書きたくて。お読みいただきありがとうございました!

挿絵(By みてみん)

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