魔女のお茶会・中編
お菓子をつまんでボッチャジュースを飲み、教えてもらった魔女の歌を歌う。
満月の夜は魔女のもの
こわがりさんは寝床においき
魔女の口づけほしければ
月にむかって窓あけろ
満月の夜は魔女のもの
こわがりさんは寝床においき
魔女の口づけ受けとれば
月がみるから窓しめろ
手をつないで踊って、手を叩いてみんなで笑いころげて……のどが渇けばまたボッチャジュースを飲む。わたしはとても気分がよくなって、ふわふわしてきた。
盛りあがったところでアイリが温かいミッラティーを淹れてくれた。それを合図にニーナが立ちあがると、ミーナがカラのバスケットをふたつ持ってくる。
「さてと、そろそろはじめましょうか。きょうのお茶会はヌーメリアさんと……ついでにネリィのためよね」
「よろしくお願いします!」
それから倉庫にあるもので、みんなで衣装を選んだ。黄緑の髪をお団子にしたミーナがウィンクする。
「ふだんは絶対しないような恰好をするのよ、どんなハチャメチャでもいいの」
ニーナは次々に箱から衣装をだしてはならべていく。
「〝四本足のお茶会〟の衣装だってあるわ。ヌーメリアさんはどれにする?」
「え、わ……わたしは……」
とまどうヌーメリアにニーナがずいっとつめよった。
「ほらビスチェ、鎖骨はきれいにださなくっちゃ。もし恥ずかしいんだったら、顔をベールで隠すとかどう?」
「そ、それなら……」
ニーナがどんどんヌーメリアに衣装をあわせていく。きれいな深いブルーのビスチェで豊かなふくらみをおさえ、むきだしになった背中にはフウゲツコウモリの羽をつける。
スカートはただ布を巻いただけで腰をしばり、シャラシャラと音が鳴る鎖をとりつけた。身動きすれば涼やかな金属音とともに、布のあわせから白い脚がのぞく。なんか色っぽい!
「じゃあ魔女の定番……〝とんがり帽子〟ね」
ミーナが帽子をかぶせてベールをとりつけると、占いでもはじめそうな立派な魔女のできあがりだ。
「おおお、ヌーメリア……めっちゃ魔女っぽい!」
「わりといまは魔女っぽさを隠してふつうにくらすのが主流だから、たまにはこういうのもいいわね」
ニーナが満足している横で、メロディがメイク道具をとりだしていった。
「唇に赤をのせたほうがいいわ。それにベールをつけるなら目元は印象的にしなくっちゃ」
ヌーメリアの顔に刷毛をすべらせながら、メロディが楽しそうに魔女の歌を口ずさむ。
満月の夜は魔女のもの
こわがりさんは寝床においき
魔女の口づけほしければ
月にむかって窓あけろ
満月の夜は魔女のもの
こわがりさんは寝床においき
魔女の口づけ受けとれば
月がみるから窓しめろ
「で、ネリィはどうする?」
「そうねぇ……肌みせは逆効果かもしれないわ。それに彼、魔女なんて見飽きてるわよね」
ニーナとミーナがひそひそと相談して、くるっと振りかえったニーナが、わたしを頭のてっぺんから足の先までみつめた。
「ふ~むむ」
「ニーナさん?」
「ちょっと待って、いま考える」
ニーナは顔をしかめてしばらく考えこんでから。ポンと手を打って顔をあげた。
「そうだ、ボッチャの妖精にしましょう!」
「ボッチャの妖精?」
何だか知らないけど、わたしはパフスリーブのブラウスに黒いビスチェをつけて、オレンジ色のフワフワスカートを着せられた。
髪飾りはボッチャのヘタに、蜘蛛の巣モチーフのレースと蜘蛛をあしらってもらう。
「おおっ、かわいい!独創的ですね!」
「まぁ、ネリィはもともと妖精っぽいものね」
メロディがくすくすと笑って、わたしの顔に涙型のしずくを描いてくれた。
「〝魔女のお茶会〟は三人以上の魔女が必要なの。アイリは見習いだけど私とミーナ、それにメロディがいるしね。さあ、〝毒の魔女〟ヌーメリア……あなたが今宵私たちに借りたい力はなあに?」
ヌーメリアは手にもったグラスに目を落とし、何杯目かのボッチャジュースを一気にあおると立ちあがった。
「私……私は勇気がほしいです。毎朝鏡をみると不安になる。こんな私が幸せになれるのかって……そうしたら何もいえなくなってしまう。いつも胸にあるお守りでさえも、こんなときは助けにならなくて」
そういってヌーメリアは胸にさげたペンダントを、ギュッとにぎりしめてうつむいた。
「そういうときはひとりで悩まないで……ヌーメリアさんには頼りになる彼だっているんだし。では私たちからの贈りものを」
そういうとニーナは空中に魔法陣を紡ぎはじめた。いつもデザイン画を描いている彼女が紡ぐ術式は、線がとてもきれいだ。
ニーナはバスケットに保温の術式をかけると、テーブルにあったお菓子や料理をつめていく。
「服飾の魔女ニーナが魔女ヌーメリアへ贈りものを。私からは〝勇気〟を……温かいうちに運んでね」
ミーナがバスケットにリボンをかけて、キュッと結ぶとそこに魔法陣を刻む。
「装飾の魔女ミーナが魔女ヌーメリアへ贈りものを。私からは〝縁〟を……心が結びつきますように」
メロディが魔法陣をかけた布をふわりとバスケットにかけた。
「彩の魔女メロディが魔女ヌーメリアへ贈りものを。私からは〝笑顔〟を……この布をとったときふたりが笑顔になれますように」
ニーナが最後にバスケットを持ちあげてウィンクした。
「このバスケットはおみやげね、夜もひとりぼっちで寂しそうな、独身男に持ってってあげるのよ」
「ありがとうございます……おかげで勇気がでました!」
ヌーメリアがうれしそうな顔で受けとって、あ……ヴェリガンに持っていくんだな、と思った。
「みんな、ありがとう!」
「ネリィのぶんもあるわよ、ほら」
なぜかわたしのぶんまで持たされて、バスケットとともに〝魔女のお茶会〟から送りだされた。
工房で〝魔女のお茶会〟を終えた魔女たちは、ミッラティーを飲みながらのんびりとくつろいだ。
「私、錬金術師のネグスコって人のこと知らないけど、大人よねぇ……魔女にボッチャジュースを贈るなんて」
ミーナがほほに手をあててつぶやけば、メロディもくすくすと笑って応じる。
「ね。それを飲んで僕のところにきてほしいとか……そんなとこかしら」
恋愛ごとに縁のなかったヴェリガンは何も知らないけれど、みんなはそんなことどうでもよかった。メロディがちょっと心配そうな顔をする。
「でもネリィから〝魔女のお茶会〟をやりたいって聞かされたときはびっくりしたけど……あの子、わかってると思う?」
「ちょっと不安になるわね。ボッチャジュースも知らなかったし」
ミーナが首をかしげれば、ニーナも難しい顔をした。
「どこいくつもりか知らないけど、玉砕しなきゃいいわよね……」
研究棟の前でわたしはヌーメリアと別れた。彼女はそわそわしたようすで、自分のバスケットを抱えた。
「あの、私はこれで……おやすみなさい、ネリア」
「うん、おやすみ!」
ヴェリガンの研究室へとむかう彼女を見送って、わたしは手に持ったバスケットに目をむけた。
『夜もひとりぼっちで寂しそうな、独身男に持ってってあげるのよ』
「ひとりぼっちで寂しそうな独身男……」
せっかくたくさん作ったのだ。メロディやニーナたちも「おいしい」ってほめてくれた。
ふだんだったら絶対そんなことしないのに、ボッチャジュースのおかげでふわふわとしたいい気分だったわたしは、バスケットの中身をおすそわけしたくなった。
夜空に赤く光る満月をみあげ、わたしは左腕につけたライガを展開する。
「やっほーい、レオポルド」
「窓から出入りするなといったはずだが……」
仕事はとっくに終わったのだろう、ローブを脱いで本を読んでいたレオポルドは、窓からあらわれたわたしをにらみつけた。
えっと……終わらなくて(汗