3.心に咲く花
まだお花見の準備中です。
わたしが〝魔道具ブック〟を読み終えたところで、レオポルドがライアスといっしょに帰ってきた。
この三人がそろえばそれだけでミニ師団長会議ができてしまいそうだけど、ビシッとローブと騎士服を着こなした彼らとちがい、いまのわたしはストンとした部屋着だ。
何ならメイクもしてないし!
「ええと……どうしたのふたりとも深刻そうな顔をして」
いちおう緊急事態かと身がまえる。だってわたしも師団長だしね、メイクがどうのなんて言ってられませんとも!
ミストレイが体調でも崩したのか、それとも訓練場の防壁がまたえらいことになったのか、魔術師団で集団魔力障害でも発生したのか……いろいろと考えているとライアスに聞かれた。
「ちょっと確認したいがネリア、きみが理想のタイプを探しているとレオポルドから聞かされてな」
「理想のタイプ……あぁ、そのことならあきらめたよ。探すんじゃなくて作ることにしたの!」
「作ることに……した?」
キョトンとした顔で聞きかえしたライアスは、そばに控えるオートマタのソラをじっとみた。
「うん、そのことで明日は魔道具ギルドにいって相談にのってもらおうと」
「ネリア様は本気のようです」
ライアスにむかってソラもこくりとうなずく。
「ちょっと待ってくれネリア、レオポルドに不満があるかもしれないがそれはいくら何でも」
無表情に立ちつくしているレオポルドをふりかえり、青ざめたライアスが何かいおうとするのをソラがさえぎった。
「これはソラにとってもゆゆしき事態です。明日は剪定して枝ぶりを整えますので、おふたりとも手伝ってください」
「剪定して枝ぶりを整える?」
意表を突かれたように眉を寄せたライアスに、ソラは自分で描いたコランテトラの絵を見せた。切り落としたい部分に赤線がはいっている。
「そうですネリア様の〝理想のタイプ〟は立ち姿が堂々として、遠くからでもすぐわかるとか。このソラもネリア様にとって理想の木になるべく、努力する所存でございます」
「そんなんじゃないって、中庭のコランテトラだって大好きだよ。わたしの故郷だとこの季節に花を咲かせる木があってね、それが懐かしくなっただけなの」
ライアスはソラの描いたスケッチを見て、中庭のコランテトラを見て……それからレオポルドをふりかえった。
「探したけどこのへんでは見つからなくて。それで植物を作るわけにもいかないから、花が咲いた光景だけでも作れないかと魔道具ギルドで相談するつもりなんだ」
「木、だそうだ」
「……」
もういちとライアスがレオポルドに向かって念を押すようにいう。
「木だそうだぞ、レオポルド」
「どうかしたの?」
「いや、こいつがな……ムグ!」
「ムグ?」
何かいいかけてライアスは、とつぜん口を閉じてだまってしまう。
「ライアス?」
「……いや、何でもない」
ひと呼吸おいて返事をしたライアスが、じろりとレオポルドをにらんだ。
「お前な、魔法で口を閉じることはないだろう!」
「緊急事態だった」
「何が緊急だ」
文句をいおうとするライアスにレオポルドはあっさりという。
「もう用は済んだから帰っていいぞ、ライアス」
「あぁ、そうする!」
けれど帰ろうとするライアスに、こんどはソラが無表情に告げた。
「ライアス様、明日は剪定の手伝いをよろしくお願いします」
「俺の手が必要なのか?」
眉をひそめたライアスに、ソラはもういちど自分の描いたコランテトラの絵を見せて淡々といった。
「ライアス様は造形のセンスがよろしいので。レオだけに任せるのは不安です。枝ぶりを整えてソラはネリア様に『わぁ、すてき』とか『ソラ、カッコいい!』とか言われたいのです」
ライアスはソラの描いたスケッチを見て、中庭のコランテトラを見て……それからレオポルドをふりかえった。
「お前たち……親子みたいにそっくりだな」
「心外だ」
「心外です」
ひとりと一体のオートマタが同時に返事をして、ライアスは深くため息をつくとうなずいて、わたしの手をとった。
「承知した。庭仕事なら父を手伝ったこともあるからな。ネリア、きみだけで手に負えないような困ったことがあればいつでも言ってくれ」
「う、うん」
いいながら彼はレオポルドにちらりと視線を走らせる。
「こんなやつだが俺の親友だ、よろしくたのむ」
それからポンポンとわたしの肩をたたいて、優しく笑うと帰っていった。
「ライアス様がお優しいかたでよかったですね、レオ」
「剪定をたのんだのはお前だ」
ふいっとそっぽをむいたレオポルドの表情は、なぜか少しだけやわらかかった。
翌日、わたしは魔道具ギルドでオレンジの髪が爆発したサージ・バニスと、上腕二頭筋がまぶしいビルのおぃちゃんに相談に乗ってもらった。
魔道具ギルド内部の景色はビルのおぃちゃんが案をだして、サージがこまごまとした魔道具を作っているらしい。
「樹々にピンクの花が咲いて風が吹くと花びらがはらはらと舞うかぁ。サージ、紅葉の景色を投影したときの魔導回路を応用すればいけるか?」
「そうだねぇ……景色そのものを作るより、いっそ芽吹く前の樹々に花だけ投影したらどうだい?」
サージ・バニスの案はこうだ。魔道具ギルドでも景色そのものを作りだすのではなく、もともとある机や椅子に季節に合わせた演出を貼りつけるのだという。
「そっか……この時期ならまだ山にいけば、落葉したままの裸木がありますよね」
「そうそう、景色全体を作るんじゃなくて花飾りぐらいの花の塊を作って、それを無限に展開していくんだ。それなら術式はかんたんだし魔素もそんなに消費しない」
「なるほど」
たしかに桜の花は枝先に塊になって咲いている。それっぽい木に花の景色を展開していけばお花見だって楽しめそうだ。
「どんな花を再現したいんだい?」
「ええっと、ネリモラの花に似てるけれどもっと小さくて、薄紅がはいった白い花弁にがくは赤っぽい感じです」
わたしは魔道具ギルドでサージといっしょに桜の花を再現する作業をした。思いだしながら描いたスケッチを元にして、まずは花の造形だ。
「そうだなぁ……まったくおなじ花をずっと使うより、つぼみやひらきかけの花を混ぜたほうが自然かな」
「あ、いいですね。風で花びらが散るのも再現できます?」
「できるけどあくまで映像だから、実際の風向きとは関係ない感じになっちゃうかな」
「うーん、そこは妥協するしかないですね」
形ができたところで、サージがたずねる。
「ところでこの花は歌ったりしないの?」
「歌わ……ないですね」
「なんだぁ、それなら本当に見るだけの花なんだね」
「そうですね……」
心に咲く花、見るだけの花……それがこんなに印象に残るのは人生の門出や節目の季節に咲くせいだろうか。
魔道具の完成まであと数日ギルドに通うことにして、研究棟に戻れば中庭にライアスたちがいた。剪定ってこの時期にやるものでもないから、軽めに枝を整えたらしい。
「おかえりなさいませ、ネリア様」
「ただいまソラ!」
すっと近寄ってきたソラが、水色の目でじっとわたしを見あげる。
「ドキッとしましたか?」
「う、うん」
うなずけば今度はこてりと首をかしげてたずねてくる。
「色気もありますか?」
そういえばそんな話もしたような……。
「もちろん、立ち姿が堂々としてて遠くからでもすぐにわかるし、ドキッとしてハッとするような色気もあるよ。ソラ、すてき。かっこいいよ!」
パチパチと手をたたけばソラが無表情に「わあい」と決めポーズをした。
ライアスはそんなソラを見て中庭のコランテトラを見あげ……それからレオポルドをふりかえった。
「お前たち……ホント親子みたいにそっくりだな」
「心外だ」
「心外です」
ひとりと一体のオートマタが彼にむかって同時に返事をした。
レオポルドとソラは「似ている」と言われるのはお互いイヤなようです。
三人組はオドゥが「長男」、ライアスが「次男」、レオポルドが「末っ子」という扱いです。
次回『百花繚乱』でお花見SSは完結です。