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1.彼女の理想のタイプ

お花見SS、4話完結です。

季節は春ですが本編ではずーっと先のことなのでif話だと思ってください。

ストーリーの進行上、本編ではこういうイベントは発生しない可能性があります。

 ここは魔導国家エクグラシアの王都シャングリラ、王城の裏手にある錬金術師団の研究棟で、わたしは師団長室に備えつけの居住区を与えられて暮らしている。


 居住区のリビングでぼんやりしていたら、窓から射しこみ床を照らす光が思ったよりもまぶしいことに気づく。


 ソラが磨いたフローリングが発光するみたいに春の日差しを反射して光の道ができている。その筋に誘われるように。中庭へと続く扉へとむかったわたしにオートマタのソラが声をかけた。


「ネリア様、おでかけですか?」


「ううん、ちょっと中庭のようすを見るだけ」


 そのまま上着を羽織らず中庭にでれば、一瞬だけ身をすくませた風は冷たさを失い、それよりも太陽の温かさがじんわりとほほを温める。


「あったかい……そうか、春がきてるんだ!」


 ずっとデーダスで過ごしていたからエクグラシアのちゃんとした春は初めての体験だ。


 心が浮きたつような春の情景……わたしに思いだせるのは水仙が咲いて菜の花が咲いて、モンシロチョウがひらひらと飛んで桃の花も咲いて……それから……桜!


 わたしはヴェリガンの研究室にいって植物図鑑を借りてきた。


「んー……ないなぁ」


 居住区にもどってリビングのテーブルに座りページをめくっていると、ソラがやってきてわたしが見ている図鑑をのぞきこむ。


「ネリア様、何かお探しものですか?」


「あ、うん……お花見できないかなって思って」


「オハナミ?」


「冬が終わって春になると花が咲きだすじゃない?その花を見にいくの。木に咲く花の下でご飯食べたりお酒飲んだりもするよ。『花より団子』ってそっちがメインのこともあるけど」


 ソラはこてりと首をかしげた。


「ハナヨリダンゴ……木の下で食事をするのでしたら、いつも中庭でされていますが?」


「まぁ、ちょっとでかけたいっていうか……」


 ソラが無表情にたずねてきた。


「ソラの下で食事をするのが嫌になられたのですか」


「ちがうちがう!」


 わたしはあわてて両手を振った。


「そんなんじゃないの……わたしの故郷には春になると咲く花があってね。なんていったらいいのかな、それを見ると『春だな~』と感じられるの。あわただしいとじっくり見るヒマもないうちに、花が散ってしまったりするけど」


 わたしは手元にある植物図鑑に目を落とした。


「花を愛でてみんなで春の訪れを祝うの。そんな時間が作れたらなって。似た感じの花があればと思ったけど、見つからなくて」


「つまりその図鑑にはネリア様の理想のタイプがいなかったということですね」


「理想のタイプ?うん、そうだね……」


 バラ科の植物だしバラがあるなら桜だってあってもいいはず。どこかにないだろうか、真っ白でもいいけれどやっぱり薄いピンクがはいってるほうがいい。それに葉が芽吹く前に花が満開にならないと、お花見気分はでない。


 緑の葉がまだない枯れ木のような枝から花が一斉に咲くからこそ、霞のような幽玄さが生まれるのだ。





 わたしが桜探しをあきらめて図鑑を閉じたところで、レオポルドが塔から帰ってきた。


 銀色の長い髪をさらりと背に流し、術式の刺繍をした黒いローブを着た彼は王城にある魔術師団の〝塔〟で師団長をしている。


 かくいうわたしも錬金術師団長なのだけれど。


「おかえり、レオポルド」


 最近の彼はまるで時報みたいにきっかり定時で帰ってくる。


 それで仕事はだいじょうぶなのか心配になるけれど、マリス女史に聞いたらぶんぶんとかぶりをふった。


「とんでもない、定時で帰ってくれないとあれ以上仕事されたら、それにつきあわされる私たちが死にます!」


 いつも工房で錬金をしているわたしが、居住区のリビングで彼を迎えたのがめずらしかったのか、レオポルドはローブを脱ぐまえに首をかしげた。


「何かしていたのか?」


 わたしのかわりにソラが答える。


「ネリア様は理想のタイプをお探しになられている最中です」


 それを聞いた彼の眉間にぐっとシワが刻まれ、目つきが鋭くなった。


 やっぱりそのシワを伸ばしたくて指がうずうずしてしまうなーなどと考えていると、彼は急ぎ足でやってきてわたしのまえに立つと真顔で迫ってくる。


「理想のタイプ……そんなものがあるとは初耳なのだが」


「話したことないもん」


 きょうはたまたま居住区でぼんやりする時間があって、春のことを考えていたら〝桜〟を思いだした。


 桜の形ぐらいよく覚えているはずなのに、「あれ、どうだったかな」と不安になるほど記憶がおぼろげになっている。


 きっと図鑑を探せば似たような花はみつかるだろうと思ったのに、いくらページをめくってもわたしの中にある〝桜〟を再現してくれそうな植物はなかった。


「ではどういうのがタイプなのだ」


 真剣な表情で彼がたずねてくるものだから、わたしは宙を見つめて〝桜〟のイメージをたぐりよせる。


「んーそうねぇ、ふだんは意識しないんだけど、気づいたらドキッとしちゃうっていうか、やっぱり存在感があるといいわね。遠くからでもちゃんとわかるの」


 理想は近所の公園にいく途中の遊歩道に生えていたソメイヨシノの大木だろうか。満開になった花の下を歩けば、黄色い帽子の幼稚園生とすれちがったり……。


「ふだんは意識しなくて存在感がある?」


 レオポルドが眉を寄せて首をかしげた。


「そう、お散歩してたら途中でパッタリ会うのがいいかな。いままで気にもとめないのにハッとしちゃうの。立ち姿は堂々としてはかない風情が、何ともいえない色気を感じさせるのよね~」


 枝先にこんもりと咲いたいくつもの花がそよ風に揺れる。突風が吹けばましろな雪のような花びらがはらはらと散って……その姿は清楚で可憐ながら妖艶な色気すら感じさせる。


 五弁の花びらは真っ白ではなく中心はわずかに色が濃くて……ネリモラも似てるけれどあれは草花だし。


「散歩でパッタリ……ハッとして立ち姿が堂々……そしてはかないだと?」


 難しい顔をしてレオポルドが言葉を聞きかえすので、考えごとを中断されたわたしはちょっとむくれた。


「いいからほっといてくれない?わたしいま真剣にどうするか考えてるんだから」


 花がないとしたら造花みたいに作るしかない。でもお花見をするためにはそれこそ大量の花が必要になる。


 レオポルドはそんなわたしのようすをみて、ため息をつくとどこかにでかけていった。





 春の夕暮れ時に王城の中庭では、仕事を終えて帰宅する女官たちが思わず足をとめた。


 中庭に面した竜舎の出入り口で、魔術師団長が真剣な表情で竜騎士団長とむきあっていた。


「ごらんになって、レオポルド様とライアス様がお話されてるわ。あいかわらず麗しいお姿ですこと」


「おふたりのいつになく真剣な表情……きっと重大なお話なのね」


 薄暮の淡い空を写しとったような瞳のレオポルドが、少し首をかしげるだけで滝のような銀の髪は光をはなつ。


 話をしているのはレオポルドのようで、真面目な顔で聞いていたライアスが眉を寄せた。


「ネリアが理想のタイプを探してる?」


「ふだんは意識しないのに存在感があって、立ち姿が堂々としており色気のあるはかない男に散歩でパッタリ会いたいらしい」


 なんだか話がよくわからないが、レオポルドもだいぶ混乱しているようだ。


「で、それをどうして俺に相談するんだ。べつにオドゥでもいいだろう」


「オドゥには相談したくない」


 深くため息をついたライアスは首のうしろに手をあて、首を回しながら遠い目をして軽くそこを軽くもんだ。


「……」


 話の内容がどうにもくだらない。だがレオポルドは真剣だし、彼がこういう悩みを相談できる相手といえばライアスかオドゥぐらいだろう。


 オドゥに相談したくない……という気持ちもわからないでもない。消去法でライアスのところにくるしかないのも理解できる。


(それぐらいはわかるが、なんで俺なんだ)


 そう思うものの生真面目なライアスは少し距離をとって、レオポルドの全身を眺めた。


「……とりあえずお前は存在感もあるし色気もたぶんあるから、だいじょうぶじゃないか?」


「だが散歩でパッタリ会うことはない」


 それはたしかに居住区でいっしょに暮らしていると難しい。ライアスはちょっと考えてから思いついた。


「早起きして中庭で彼女がでてくるのを待ったらどうだ。それか休憩時間に彼女はリコリス女史と王城をよく歩いてるらしいぞ」

ちょっとおかしな方向に。続きます。

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