彼女を喜ばせたい 後編
ホワイトデーSS 後編です。
「かまどを使うからみていてくれ」
そうレオポルドにたのまれて、ライアスは彼を手伝いはじめた。
銀髪を束ねて手に浄化の魔法をかけると、レオポルドはソラに用意させた材料を量りはじめる。
バターに小麦粉、ナッツを挽いた粉と砂糖にスパイスと塩を少々。
フルーツは山盛りのミッラにテルベリーをひとすくい、マウナカイアから送られたヴィオをひとつ。
ソラに命じてボウルなどの調理道具を持ってこさせたものの、彼の手つきはなんとなくあやうい。
調理道具はそれぞれに用途があり使い慣れれば便利だが、レオポルドはたくさん種類がある道具のどれがどれで、何に使うものなのかわかってない感じだ。
どうするのだろうとライアスが見ていると、レオポルドは魔法陣を敷いてそのうえにバターの塊を置くと呪を唱える。
ふわりと浮いたバターは細かく一シム角に刻まれて、バラバラとボウルに落ちた。
続いてレオポルドがミッラをひとつ魔法陣に置いたのを見て、ライアスは口をはさんだ。
「ミッラは芯や種があるだろう。それも魔術で刻むのか?」
「ならば術式の調整を……」
こいつは貴重な才能を何に使っているんだ……そう思ったライアスはたまらずナイフをつかんだ。
「手でやったほうが早いだろう。ミッラを刻めばいいのか?」
ミッラを切るライアスの手元を、レオポルドが感心したように眺めた。
「ライアスは手際がいいな」
「子どものころから母に台所仕事を手伝わされていたからな」
ライアスの母マグダはよく手間のかかる料理を作っては、それを彼に手伝わせた。
それも力とコツがいる硬いミルパ栗の殻むきや、わざわざ六番街の市場で買い求めた魔獣の肉の下処理などめんどうなものばかり。
もっと調理が簡単でおいしい料理はたくさんある。子ども心にも「なぜこんなに手間をかけるのか」と不思議だった。
「今思えば俺が竜騎士になることを見越して、母はナイフの扱いを覚えさせたのだろう。新人の危なっかしい手元を見るたびにそう思う」
「私の母は料理をしなかった」
レオポルドは小麦粉や砂糖をバターのボウルにいれると、慎重な手つきでスパイスと塩をふりかけた。
「仕事から帰ってくるといつもエヴィに持ってこさせた果物を、ソファーで寝そべってつまんでいた。食事もエヴィが用意した」
レオポルドに命じられたソラがすぐにミッラやテルベリーなどを用意したのは、そのころからの名残りかもしれない。
「研究に没頭していたのだろう、父の記憶はやはりほとんどない。ずっと聖獣を模したオートマタとすごしていた。それでも不自由しないよう母がエヴィにきちんと指示を与えていた」
エヴェリグレテリエという名だった師団長室の守護精霊を、レオポルドは〝エヴィ〟と呼ぶ。
人を使う立場になればわかる。だまっていても察してくれる人間などほとんどいない。
指示は的確に与えねば混乱させるだけだし、場合によってはそうする目的や理由をきちんと説明しなくてはいけない。
母のレイメリアはサーデやデーサ、浄化の魔法などもレオポルドに教えた。今考えればエヴィの手伝いをさせるためだろう。
居住区の窓に浄化の魔法をかけて遊んでいたら、ベンチに置かれたままだった父のだいじな研究ノートも真っ白に浄化してしまった。
父がカンカンに怒り、母がころころと笑ってとりなしてくれた。
『レオったら……あなたの研究ノートをエヴィよりも真っ白にしちゃったのね。母様にもレオの魔法を見せてくれる?』
新しい魔法陣を描いては消し、ようやく気にいる形になって魔素を流す。
『ふおっ⁉』
『すごいわレオ、よくできたわね!』
父が着ている白衣のシミが真っ白になり、レオポルドのまわりには母が咲かせた花が舞った。
ぽかんとすることも多かったが、母が紡ぐ魔法はいつも鮮やかで美しく、幼い彼のまわりにはいつも魔法があった。
「ネリアとソラのやりとりをみて、少しだけそれを思いだした。そんな母でもよく作ってくれる菓子があった……」
レオポルドがボウルに手を突っこめば、切ったバターがじわりと手の温度で溶けていく。それを小麦粉や砂糖といっしょに混ぜてなじませた。
「それを作るつもりか?」
「ああ、母は『混ぜて焼くだけ』といっていた。それに手がこんだものでなくとも、いそがしい母が自分のために何かしてくれるのはうれしかった」
そういいながらレオポルドは冷却の魔法陣を展開し、混ぜあわせたボウルの中身をポロポロとした粉にした。
ところどころに魔法をいれるのが彼にとっては基本らしい。
切ったミッラは別のボウルで砂糖とスパイス、それにヴィオのしぼり汁やテルベリーもくわえ、溶かしたバターと混ぜあわせる。
厚みのある耐熱皿にそれをならべ、上からバターを混ぜた粉をかぶせた。
かまどの魔法陣を起動させると、そこに耐熱皿をならべる。
「あとは焼くだけか?」
「ああ……だが」
瞳の黄昏色が不安そうなかげりを帯びた。
「作るのは楽しかったが、結局自分が食べたいものになってしまった」
(こいつ……こんな可愛いやつだったか?)
いつも元気いっぱいで明るいネリアだが、デーダスから戻ってきて婚約してからは、ときおり物憂げな表情を見せるようになった。
ライアスでさえ気づくぐらいだ、親友はそれが気がかりなのだろう。
自分といて幸せなのか、本当に楽しいと思っているか?
言葉にあらわれない彼女の気持ちをつい探してしまう。
ライアスにも覚えのある感情だった。
「ネリアにも今の話をしてやるといい。彼女なら聞いてくれるさ」
「そうだな」
ため息をついた親友はかまどから目を離すと、ライアスに向きあった。
「ライアス……礼をいう。そしてすまない」
真正面から真摯な態度でいわれ、ライアスもポリポリと頭をかいた。しばらくたってからようやく口をひらく。
「俺、花飾りを探すのに苦労したんだ。だから」
「花?」
「だから俺に彼女ができたらこんどはお前が手伝え」
「ああ」
こくりとうなずいた親友のやわらかい表情をみれて、ライアスは「よかったな」と思う。それがすべてだ。
だれかがだれかの幸せに手を貸していく。
そうして人生が成り立っていく。
「何かいいにおいがしてるね!」
仕事を終えて中庭にあらわれた彼女は、開口一番そういった。
「ライアスにかまどの使いかたを習って、ためしに使ってみることにした」
レオポルドの返事に彼女は目を丸くした。
「レオポルドが作ったの?」
「材料を混ぜて焼いただけだ」
そういってふいっと彼女から視線をそらす親友の姿に、ライアスは苦笑いしたくなる。
素直に「きみを喜ばせたくて作った」といえばいいものを。
「おおー、ミッラのクランブルだね!」
かまどをのぞきこんだ彼女が黄緑の瞳を輝かせれば、レオポルドがホッとしたように肩の力を抜く。
「じゃあ師団長室にお茶を用意してもらって、みんなで食べようか」
ライアスは頭をふって立ちあがると、腕まくりしていた袖を元にもどした。
「いや、俺は遠慮しとく」
「えっ、ライアスは食べないの?」
(いくらなんでもそこまで野暮じゃない)
「きみは仕事をしてきたんだろう?居住区でレオポルドに茶を淹れてもらってゆっくり味わうといい。それにきょう俺はちょっと飲みたい気分なんだ。またな!」
「うん、ライアス。またね!」
手をふる彼女のうしろで、レオポルドが束ねていた髪をほどくのがみえた。
あいつ……さっきの話をちゃんと彼女にできるだろうか。まぁ、どっちでもかまわない。
にぎやかなところにいってうまい酒を飲もう。親友の幸せを祈れる自分に乾杯してやろう。
軽く友人たちに手をあげて、ライアスは王都へと転移した。