彼女を喜ばせたい 前編
ホワイトデーにかこつけて、何やらかまどの前でごにょごにょしているレオポルドとライアスです。
いちおういっときますが作者はBLにはまったく興味がないです。
よろづ先生の描かれるイケメンが美麗すぎてたまに誤解されるんです(汗
冬の中庭は木立から落ちた葉もソラの手できれいに掃き清められ、裸になった枝先にはふくらみつつある若芽の塊もみえる。
葉が落ちたおかげで奥にある居住区が透けてみえたが、古びたなかにも居心地のよさを感じさせた。
そこで銀の魔術師は友人をでむかえた。
「わざわざきてもらってすまないな、ライアス」
「べつに礼をいう必要はない、俺がネリアのためにやったことだ。それより俺は魔法陣の専門家じゃないから、お前に見られるのは緊張するんだけどな」
ふん、と眉間にシワを寄せてライアスが相手の顔を見ても、無表情な顔はぴくりとも動かなかった。涼やかな美貌がそこにあるだけだ。
「そうか」
は、とライアスは息を吐く。こういうときのレオポルドにはいつも毒気を抜かれる。
相手の気持ちなどおかまいなしに自分の目的へと突き進む。
それに腹を立てたりこちらの気持ちをこじらせるほうがバカらしい。
その目的に手を貸そうが邪魔をしようが、結局レオポルドは自分の思いどおりにしてしまうのだから。
(だったら手を貸してやったほうがいい)
ライアスはかまどの魔法陣をひとつひとつレオポルドに見せた。
「俺が組みたてたものだから凝った細工じゃない。炎の精霊を迎える魔法陣、屋外だから風をやわらげる魔法陣、それと保温の術式ぐらいか。あとは魔石タイルで掃除いらずにしたところは工夫したかな」
「よくできている」
静かにうなずいてほめられれば悪い気はしない。相手はこの国最高……いや世界一の魔術師なのだから。
「ただちょっと気になるのはサイズを俺にあわせてしまってな。錬金術師団は人数が多いから大きめにしたが、彼女やソラがあつかうには不便かもしれん」
「それは調整しよう」
「たのむ」
(べつに俺がたのむことじゃないが)
ネリアにたのまれてレオポルドがかまどの調整をするかと思うと、まだちょっとおもしろくない。それぐらいなら自分がたのむ。それも変な理屈だが。
「もしも使いかたがわからなければソラに……」
聞け。ライアスがそういって話を切りあげようとしたところで、かまどに埋めこまれた魔石タイルを指でなぞり、レオポルドがぽつりとつぶやいた。
「お前には造形の才があるな」
「何?」
聞きかえしたライアスに答えるレオポルドは、なぜかいつもより口数が多い。
「師団長室に置かれたミストレイの花瓶もみごとだが、このかまどにしても魔石タイルの配色が美しい。正直お前がここまで器用だとは思わなかった」
「ただ並べただけだ」
かまどに使う魔石タイルなぞ種類や色まで決まっている。浄化を司る緑に保温の赤、水を吸う青……ただ敷くだけではおもしろくないから、色遊びをするような感覚でタイルを置いていった。
だがレオポルドはかまどを真剣に見つめてゆるやかに首をふる。
「できぬ者には真似しようとしてもできぬ。そういうことを自然にできてしまうお前がうらやましい」
言葉を続ける男の瞳をよく見れば黄昏色が揺れていて、ライアスはおやと思った。
「このかまどにしろ……私には作れない。私はこういうところに気が回らなかった」
「レオポルドもしかしてお前、俺がかまどを作ったから妬いているのか?」
そう問われた銀の魔術師はまばたきをした。瞳の色はとくに変わらないが、彼がとほうに暮れたような顔をしたのをライアスは見逃さなかった。
(この男にこんな弱点があるとは……)
魔法陣もきれいに写しとれるレオポルドは不器用ではない。ローブにできた術式のほころびだって、自分で針と糸を使いつくろってしまう。
けれどそれは完成形があるからだ。術式は正確に刻めても何もないところに自由に絵を描けといわれると困るのと同じだ。
どちらかに優劣があれば迷わないし、レオポルドは決断も早い。
だが魔石タイルは自由に並べてよく、好きなように置ける。そのぶん作り手のセンスが問われる。
(きっとこいつは魔石タイルを並べさせたら、どれを置くかで迷う)
遊び感覚でやってみろ、といわれても逆に困るのだろう。
努力でもどうにもできないこともある。人一倍努力する男だからこそ、とほうに暮れている。
ネリアは大喜びでかまどを使っているし、彼女の助けになれたのはライアスも単純にうれしかった。
そのことが親友の心にさざ波を立てていたことに、彼はようやく気がついた。
「レオポルド、お前も彼女を喜ばせたいんだな?」
「……」
銀色の長い髪をかきあげてふいっと顔をそらした親友の横顔をみて、ライアスはあっけにとられた。
(こいつがこんな可愛い顔をするとは)
傲岸不遜で知られた氷のような男が迷ったり困ったりしている。
ライアスは彼の内側に潜む炎が激しく、それを怒りに変えて努力してきたことも知っている。
いま見えている炎はそれよりもっと優しく繊細で、温かい熱量を感じさせた。
それに昔っからレオポルドは困っていても、人に助けを求めるのが苦手だ。口にださないし顔色ひとつ変えない。
それでも眉間にシワをよせて何かに耐える表情でグッとこらえてがんばるから、ライアスもつい手を差しのべてしまうのだ。
(彼女の笑顔をみるのはもちろんうれしい。それに……幸せになってほしいと俺が思う相手はひとりだけじゃない)
ライアスはかまどの前で立ちつくす男に語りかけた。
「そんなに難しく考えるな、彼女は素直な女性だ。自分がされてうれしかったこととかあるだろう」
(俺が何でこんなアドバイスをしてるんだ?)
彼のほうがよほど彼女の素をひきだせていたというのに。そう思いながらもライアスは親友をほっとけなかった。
自分は女性が喜びそうなところにネリアを連れていった。けれど恥ずかしがり屋の彼女のことはもっとリラックスできる場所に連れていくべきだった……と気づいたのはだいぶ後のことだ。
おたがいに背伸びして緊張していて、仕事のときはふつうに話せるのにプライベートで会うとぎこちなかった。
「うれしかったこと……」
レオポルドは眉間にシワを寄せて考えこむ。
「そうだ、子どものときでもいい、何か思いださないか?」
「ロビンス先生に新しい魔法陣を教えてもらったことはうれしかった。だから覚えやすい術式を書きだして彼女にも練習させているが」
「……もしかしてロビンス先生の『小テスト』か?」
ライアスは眉をひそめた。ロビンス先生の魔法陣といえば、彼にとっては悪夢でしかない思い出だ。
『魔法陣をおろそかにすることは、魔術をバカにするのと同じです』
おだやかに見えてロビンス先生は、魔法陣の扱いにはとても厳しかった。
「ああ」
こくりとうなずく親友にライアスは真剣に忠告した。こいつはいったい何をやっているんだ。
「レオポルド、あれを喜ぶのはお前ぐらいのものだぞ。ほかにはないか?」
「ほかに……オドゥに体術を教えてもらったのもうれしかった。自分より体の大きい相手を投げ飛ばせたし」
これもライアスは両手をあげてとめた。これは本格的にまずい。レオポルドなら本気で彼女に体術を教えかねない。彼は必死に言葉を探した。
「待て。お前は彼女を鍛えたいのか?それにええと……彼女に体術を教えたら投げ飛ばされるのは自分ってことにならないか?」
「……それも困るな」
仕事ではテキパキと采配をふるうレオポルドに、ライアスはだいぶ世話になっている。それにやっぱり困っている親友はほっとけなかった。
「そうだな、もっと小さい子どものころはどうだ?」
「子どものころか……そういえば」
ふとレオポルドは思いだしたように顔をあげた。