3.妖精の贈りもの
ライアスたちが仕留めたリンガランジャを血抜きすると、魔術師が保全の術式をかけて肉の熟成をうながし、それをドラゴンが王城まで運ぶ。
研究棟前の広場ではレオポルドが炎の魔法陣を敷き、そのうえにでーんと置かれたリンガランジャがグリルで炙られる。
メラメラと燃える炎は王城の窓からもよくみえた。
太陽をたたえる冬至の祝祭にふさわしく、レオポルドは頭に金冠をかぶり赤いローブを着て、厳かに魔法陣をあやつっている。
「レオポルド様に鳥の丸焼きを作らせるなんて……あの錬金術師っ!」
塔の魔術師たちがギリギリとにらみつけるけれど、わたしもこんなことになるとは思わなかったよ。
魔石の護符や刺繍がほどこされた赤いローブに、飾り帯を身につけたレオポルドは衣装がとてもよく似合っている。
けれどそれはサンタさんというよりは炎の精霊王みたいで。
(イメージとちがうんだよなぁ……)
わたしはレオポルドに話しかけた。
「レオポルド……焼きながら肉汁を回しかけると、パリッとしあがって美味しくなるよ」
「わかった、肉汁だな」
魔術師団長があやつる繊細な魔法陣が、炎のなかできらめく。
こんがり焼いて美味しくなあれ。
巨鳥の肉は研究棟だけでなく、王城全体にふるまわれるらしい。
切りわけたパリパリのリンガランジャは、串に刺して皿に盛り運ばれていく。
ライアスも式典用に特別な赤い騎士服を着ていて、アーネスト陛下がこれまた豪華な衣装で口上を述べた。
「ドラゴンがいるだけで何もない大地に根をおろしたコランテトラの木は、われわれにとって希望の象徴だった。コランテトラの木精へ、初めての贈りものだ。どうかおさめられよ」
「研究棟を代表してありがたくちょうだいいたします」
なんだろう……わたしの説明を聞いて一生懸命再現してくれたけれど、『コレジャナイ感』がすごい。
それでもリンガランジャの丸焼きは皮がパリパリして、やわらかい肉は臭みもなく濃厚な味わいでおいしかった。
わたしたちは魔法陣を刻んだドラゴンの鱗を、ひとつひとつコランテトラの木につるした。
わりと飾るものは何でもいいといったら、みんな思い思いに飾りをつくった。
ヴェリガンとヌーメリアは研究室の植物でリースを作ったし、ユーリのは魔導列車やライガの模型だ。
カーター副団長とオドゥはなぜか実験器具や錬金釜をつるしている。
「こうやっておくとすごい発明ができるかもしれん」
「それはいいですねぇ、素材もつるしましょうか」
ほっておくとコウモリの羽やトカゲの干物まで飾りそうで、それはさすがにとめた。
てっぺんに飾る大きな星は、レオポルドに考えてもらった魔法陣をヌーメリアとヴェリガン、それにアレクに刻んでもらう。
「できたよネリア」
「じゃあ飾ろう。アレク、ライガに乗って」
ライガを空中で静止させ、アレクが手を伸ばしてコランテトラのてっぺんに大きな星を飾る。
魔導ランプの明かりを落とせば、暗闇にキラキラと光るコランテトラの木が浮かびあがる。
みんなが歓声をあげるなか、ソラがコランテトラの木をみあげる。
「ソラはピカピカになりました」
「うん」
レオポルドに頼んでいろんな色の魔法陣を用意してもらった。
キラキラと光るドラゴンの鱗は、だれが魔法陣を刻んだかによって光りかたがちがう。
ちゃんと星がまたたいているようにみえて、わたしは出来映えに満足した。
枝を大きくひろげたコランテトラはモミの木とはちがい、みあげれば星空のドームにすっぽりと覆われたみたいだ。
「ピカピカです」
ソラはもういちど言ってから、歌いだした。
地上に落ちた 空の星 大地は命で満たされる。
すくすく伸びたコランテトラ 風が揺らすこずえの葉
地上を照らす 太陽に 命はみんなで歌いだす
大地に根を張るコランテトラ 風が運ぶよ歌声を
ふたつの月が 空にいて 地上の星を見守るよ
ささやくような精霊の歌声に、オドゥがギターみたいな楽器をとりあげた。
「レオポルド、お前も歌え」
そういって弦をかき鳴らすオドゥにうながされ、レオポルドが低くよく通る声で歌いだすと、ソラの澄んだ高い声と重なり風に乗って王城をめぐっていく。
さっきまでわたしをにらんでいた魔女たちが、こんどは目を潤ませ師団長の歌声に聴きいる。
こうして『くりますす』と呼ばれることになる、精霊に捧げる冬至の祝祭が、王城でしめやかにおこなわれた。
「なんか不思議だったけど、みんなで準備したの面白かったよ!」
楽しそうなアレクは翌朝、ヌーメリアとヴェリガンが準備したプレゼントにびっくりするだろう。
「ライアスもレオポルドもありがとう!」
「こちらこそ。ネリアのおかげで竜騎士たちはみな、リンガランジャの肉を土産にできる」
ライアスがくしゃっと笑えば、レオポルドはわたしをじっとみてたずねてくる。
「楽しめたか?」
「うん、もちろん。ソラの歌声もはじめて聴いたけど、レオポルドの歌も素敵だったよ!」
「……そうか。では来年もやろう」
「うれしいけど、でもたぶん……アレクがいるのは来年までじゃないかな」
「お前はいるだろう、それにソラも喜んでいる」
「……うん」
異世界の『くりますす』は、やっぱりあっちの世界のクリスマスとはちょっとちがっていたけれど、それでも人が集まって願いをこめて祈りを捧げるのはおなじで。
居住区のリビングからピカピカと光るコランテトラをみあげて、わたしはもういちどうれしくなった。
コートを脱ごうとして、わたしはポケットに何かはいっているのに気づく。
ポケットからでてきたのは、ツリーに飾った星よりも小さな光る星で、手に持つとキラキラと光が散る。
「地上に光る星……妖精の贈りもの……?」
だれがくれたのかもわからない贈りもの……それは幸運を運んでくれるという。
(だれだろう、アレクかな……でもとってもきれい……)
星のなかに見事な術式が刻んであるから、作ったのはきっと大人だ。
無くしたはずのボタンだったり、コインだったり……花や木の実でも。
妖精の贈りものは何でもいいらしい。
きっと妖精ではなくて身近な人間が、本人に気づかれないようにそっと忍ばせるのだろう。
わたしも来年はだれかに贈ろう、そう思いながら眠りについた。