魔女のお茶会・前編
25日発売『魔術師の杖⑧ネリアと魔導列車の旅』
サイン入り最新刊を20名様に!( 11月末〆切)
応募方法は後書きに!
ハロウィンにちなんで思いつきました。3話完結・前編です。
時系列的には342話あたり、秋の対抗戦が終わった直後です。
【登場人物】
ネリィ=ネリア・ネリス これでも錬金術師団長
ヴェリガン・ネグスコ オドオドとしたひょろりとやせ型の錬金術師、ヌーメリアの婚約者。
ヌーメリア・リコリス 〝毒の魔女〟の異名を持つおとなしい錬金術師。
ミンサちゃん 六番街、青果店の娘さん。今回初めて名前つきで登場。
メロディ・オブライエン 三番街に店をもつ魔道具師。
ニーナ・ベロア 服飾専門魔道具師。
ミーナ・ベロア 装飾専門魔道具師。
アイリ・ヒルシュタッフ 見習い魔道具師。
六番街の市場にあるヴェリガンのコールドプレスジュースの屋台は大繁盛していた。
最初は得体の知れない錬金術師の店ということで、怖いものみたさというか目新しいモノが好きな客が利用するだけの店だったのが、錬金術師団が秋の対抗戦に勝利したとたん風向きが変わった。
『最高殊勲者ヴェリガン・ネグスコのコールドプレスジュース!あなたもこの一杯で恋も名声も思いのまま!』
屋台にはドドンと恥ずかしすぎる垂れ幕がかかっている。
ヌーメリアは垂れ幕をみたとたん卒倒し、それから市場には来ていない。
「それでぇ、もうすぐ〝魔女のお茶会〟だし、ボッチャを使ったジュースもいいかなって。ぜったい売れますよ!」
売り子のミンサちゃんは緑の髪をポニーテールにした元気いっぱいな女の子だ。店先を貸してくれる青果店の娘さんで、売り子さんたちのまとめ役でもある。
ミンサちゃんの提案に、ヴェリガンはオドオドと聞きかえした。
「ボ……ボッチャ……?」
「ボッチャってなあに?」
「これですっ!」
元気よくミンサちゃんがとりだしたのは、オレンジ色の大きな……わたしでも見覚えのある野菜だ。
「カボチャ……」
「ボッチャですってば!」
ミンサちゃんが切れ味のいい包丁でボッチャをスパーン!と縦に切ると、わたに包まれた種がでてきて……やっぱりどう見てもカボチャだった。
でもあの硬いカボ……ボッチャをスパッと一刀両断にできるミンサちゃんは只者ではないと思った。
「ヴェリガンさんが対抗戦でプロポーズを決めたの、みんな知ってるもの!『ヴェリガンのボッチャジュース!愛のお守り!』って垂れ幕も作ってもらわなきゃ」
「ねー!あたしたちにはいつも『あー』とか『うー』しか言わないし、どうやってプロポーズ成功させたんだろう……ってみんなその話でもちきり!」
「あああ愛の……おまっ、おまも……ヒック!」
ミンサちゃんとほかの売り子さんたちがワイワイと盛りあがる横で、ヴェリガンはしゃっくりをはじめた。
「ヒィック!」
みんな想像をふくらませているけど、ヴェリガンはヌーメリアにも「あー」とか「うー」だからね。
「とにかくヴェリガンさんお願い!つぎの満月までにボッチャジュースのレシピ考えてください!」
そういってミンサちゃんはゴロゴロと大量のボッチャを持たせてくれたのだけど。
「……ところで〝魔女のお茶会〟って何?」
ヴェリガンに聞くと彼はぶんぶんとかぶりをふる。
「知ら……ない」
「ヌーメリアに聞けばわかるかな?」
〝魔女のお茶会〟っていうぐらいだし。
研究棟にもどってヌーメリアに聞くと、彼女は灰色の目をまたたいた。
「〝魔女のお茶会〟……そういえばそんな季節でしたね。秋祭りを終えたばかりの満月の晩、魔女たちが集まるのです。お菓子を作って持ち寄って温かいミッラティーを飲んだり、ボッチャジュースも定番ですね」
「へえぇ……それで『屋台でもボッチャジュースをだしたい』ってミンサちゃんがいったんだ」
ヌーメリアはヴェリガンをチラチラみてから、もじもじと自分の指をこねてうつむいた。ヴェリガンは持ちかえったボッチャをソラといっしょに、ひとつひとつ重さを量っている。
「私……実は参加したことがなくて。誘ってくれるお友だちもいなかったし、いままで参加する口実もなくて……」
参加したことはなくても、彼女もきっと興味があるんだろう。
「それなら、わたしたちでやってみない?」
ヌーメリアは目を丸くした。
「〝魔女のお茶会〟を……ですか、ネリアも参加するんですか?」
「うん、わたしもどんなのだか知らないし、興味あるもの」
そういうと、ヌーメリアはいきおいこんでコクコクとうなずいた。
「そ、そうですよね。だれにだって初めてはありますよね!よかった……ネリアもいっしょだなんてうれしいです!」
「う、うん……?」
よっぽどうれしかったのかほほを染めて、すこし恥ずかしそうにヌーメリアがせまってきて、わたしはたじたじとなった。
ためしにメロディにエンツを送ると、すぐに興奮したニーナからエンツが送られてくる。
「そういうことなら、うちの工房の二階を使ってくれていいわ。一階は散らかってるけど、二階ならキッチンもあるもの。〝魔女のお茶会〟だなんて興奮しちゃう!」
「ありがとうございます!」
そして秋祭りが終わってすぐあとの満月の晩、わたしたちは七番街にある工房の二階で〝魔女のお茶会〟をひらいた。
せっかくなのでヴェリガンがレシピ開発に使った余りのボッチャで、わたしはお菓子をたくさん作った。
テーブルにどんどん並べられる料理に、メロディが目を丸くする。
「うわ、ネリィ……たくさん作ったわね。ボッチャクッキーに、ボッチャのタルト、こっちの瓶は?」
「それはボッチャプディングです、スプーンで食べてください。ボッチャグラタンやボッチャコロッケも作りましたよ。それにライアスのかまどで煮こんだ、ボッチャのニョッキスープ!」
冬にそなえて保温機能つきに改良した収納鞄にメロディの目は釘づけだ。アイリとミーナはグラスについだボッチャジュースを運んできた。
「これがボッチャを絞って作るジュースよ。魔女たちはみんなこれが好きなの」
「へええ……」
アイリも興味があるみたいで、テーブルを見回している。
「私も〝魔女のお茶会〟に参加するのははじめてです。魔術学園の子たちと真似事はしたことがありますけど」
「そうよね、まずは成人しないとね。じゃあきょうは正式な作法でやりましょう」
「お願いします!」
グラスに注がれたオレンジ色の液体をながめていると、メロディが首をかしげた。
「ていうかネリィ、ボッチャジュースも飲んだことなかったの?ダメよ、人生損してるわ!ミュリスを知らない以上の損よ!」
「ええっ、ミュリス以上に知らないと損なんですか⁉」
「ほんと筋金いりの世間知らずよねぇ……ボッチャも採れない砂漠にでも住んでたの?」
「デーダスは荒野だから似たようなものかも……」
ミーナから渡されたグラスをすすめられるままに飲んでみると、カボチャによく似たボッチャのジュースは、思ったよりサラサラしていて酸味もある。
「わぁ、甘酸っぱいし飲みやすいですね」
ひと口、またひと口と飲んでいく。すぐにまた飲みたくなって止まりそうにない。グラスはまたたくまにカラになった。
「ヴェリガンが作ってくれたボッチャジュースもありますよ。屋台でも好評らしいです」
ヌーメリアがオレンジ色の液体がはいった瓶をとりだすと、ニーナも大喜びだ。
「あら、ヴェリガン・ネグスコの屋台といえば、いま評判の店じゃない。六番街まで行かなくても飲めるなんてね!」
さっそくグラスに注いだボッチャジュースで乾杯する。ヴェリガンのは売り物だけあって蜂蜜や数種のスパイスも足してあり、ただ絞っただけのジュースよりも数段風味が増していた。
「うわ、効くわこれ……なんだか体の芯がカッと熱くなるわね」
メロディまでぺろりと唇をなめて、グラスにおかわりのボッチャジュースを注ぐ。
「ん~、いいわぁ……さっ、ヌーメリアさんも飲んで!」
けれどヌーメリアは受けとったグラスを、ぎゅっとにぎりしめた。
「え、ええ……でも私なんかがこんなの飲んでいいのか……」
「何いってんのよ、対抗戦の〝勝利の女神〟が。ね、プロポーズになんていわれたの?」
「え……あ、ヴェリガンには……『ヌーメリア、きみのためなら僕はなんでもできる』って……」
それを聞いたメロディとニーナは大はしゃぎだ。アイリまでほほを染めて目元を潤ませている。
「キャー!」
「いわれてみたーい!」
魔女のお茶会……楽しすぎる!