うどんの神
「ごぼう天うどんとかしわおにぎりをください」
つい先日まで夏日かと思うほどに暑かったのだが、急に冷え込んできた。秋という季節を無視して急に冬が到来したかのようである。
体が温かいものを欲している。衣替えが追いついてないから気温のわりに薄着で肌寒い。私は温もりを求めて福岡でチェーン展開しているうどん屋に駆け込んだのである。
そうして運ばれてきたごぼう天うどんとかしわおにぎりは見た目だけで私をほっこりとさせる。カウンターに置かれた入れ物からネギを摘んでうどんの上に乗せる。茶色で支配された視界に緑の色が映える。その光景に満足して手を合わせて「いただきます」と小声で呟いてレンゲを手に取り、私はまず出汁を啜った。
昆布から出る旨味と醤油の塩気が舌に優しく刺激を与える。私は安堵のため息をついた。
うどんの上のごぼう天は大きく斜めにスライスされた形状でうどんと共に箸で掴みやすい。ネギとごぼう天とうどんを箸で掴んで口に運ぶ。柔らかなうどんはふにゃりと歯で千切れ、ごぼう天の衣は出汁を吸って柔らかくなり、しかし中のごぼうはザクザクとした歯応えを残している。
そしてシャキシャキとネギの歯触りも加わり、なんとも言えぬ感嘆の呻き声をあげる。
視界の端にあるかしわおにぎりも忘れていない。鶏肉の炊き込みご飯を握ったかしわおにぎり。握り加減は硬めでギュッとした凝縮感がある。私は箸で一口大に割ると口に放り込む。口の中で米粒はほろほろと崩れて鼻から抜けるのは鶏肉とごぼうの野性味あふれる香りである。
かしわおにぎりの風味は口の中にしばらく残り、その間にまたうどんを啜る。うどんはまた違う味わいを見せる。
そうしてうどんを啜り、たまにかしわおにぎりを差し込み、さらに時折かしわおにぎりに付いている漬物を放り込む。
全てが均等に、分け隔てなく減っていく。その中でかしわおにぎりを先に食べ尽くした。うどんもごぼう天を食べ尽くしてうどんが僅かに残っているだけだ。
もはや出汁の中に沈んでいると言っても良いうどんを箸で掬おうとした。すると柔らかな千切れてしまった短いうどんが2本、沈んでいる。その沈んだうどんは偶然にも2本でひらがなの「う」の様な形で沈んでいた。
「おお」と思わず声を上げた。うどんを食べに来てうどんが「う」の形状をして沈んでいる。何やら運命を感じた。胃の中がホカホカと温まって幸福に満たされていく途中の中、私はそのひらがなを出汁と共に啜り込んだ。
体内に「う」が入った。「う」は当然うどんの「う」である。私は確かに何かに満たされた。まるで体内に神様を取り入れた様な気持ちになった。
きっとひらがなの「う」はうどんの神様だったに違いない。その証拠に店を出た今、私の胃はホカホカと温まっており、とても幸せな気分になっている。