死刑になったリア充
ミツルは目を見るだけで、その人間の心の色合いを見て取ることが出来た。
何を考えているか、自分の敵なのか味方なのか、ぼんやりとだが理解できた。
加えて、ミツルは顔も良かったし人当たりも良かった。
勉強もスポーツも出来た。
そんなミツルがリア充になるのは必然だった。
ミツルは友達が多く、いつもスクールカーストの上位にいた。彼女も途絶えた事は殆ど無かった。セフレも何人かいた。
ミツルはいい大学に入って、単位を落とさない程度に勉強して、それ以外は仲間と遊んで過ごしていた。
ミツルは自分が好きだったし、仲間が好きだったし、毎日が楽しかった。
ミツルの人生は順風満帆だった。
そしてこれからも順風満帆であるという確信があった。
一方でミツルは……負け犬になった癖に過去の栄光に縋ってダラダラと生きながらえている「この国」の事は反吐が出る程嫌いだった。かといって政治には興味が無かった。どうでも良かった。
というのも、ミツルは既にこの国に見切りをつけていた。仲間たちも多かれ少なかれそうだった。
英語や中国語を勉強して、いざとなった時の準備をしていた。
そうやってこの国に見切りをつけると、未来は明るく清々しくどこまでも広がっていて、何も問題は無い気がした。
大切なのは自分と仲間だけで、他の事はどうでも良かった。
しかし、ふとした瞬間、ミツルは何かが満たされていないような気もしていた。
何が足りないのかは分からなかったが、とにかく何かが足りない気がした。
そんな気持ちに何とか蓋をして、ミツルは日々を楽しんでいた。
◇
日曜日の昼下がりだった。
ミツルは仲間と連れ立って橋を歩いていた。
ふと、向かってくる影に気付く。
影は薄汚れた浮浪者の老婆だった。自転車にペットボトルを詰め込んだ大きな袋を載せて、ゆっくりとフラ付きながらこちらに向かってくる。
ミツルは内心舌打ちした。
ツバを吐きかけてやりたい気分だった。
仲間たちも口には出さなかったが、鋭い敵意に目を光らせていた。
ミツルも仲間たちも、堪らなく上の世代の連中が嫌いだった。
上の世代に行けば行くほど嫌いだった。
老人は特に最悪で、視界に入れるのも嫌だった。
いつも事あるごとに「老害」と呼んで馬鹿にしていた。
自分もいつか老人になるのは分かっていたが、考えないようにした。
そんなどうでも良い事より、ミツルはとにかく上の世代の連中が嫌いだった。
上の世代の連中は、この国を衰退させ、ミツルと仲間たちを煩わせた加害者の筈だ。それなのに連中は自分の無能と怠惰を忘れ、年功序列で得た地位にふんぞり返って偉そうにして、くだらない苦労話をして悦に浸ってばかりいる。
むろん上の世代でも、中には縮こまってオドオドしているような落伍者連中もいる。
しかしそういった落伍者連中すらも、何故か腹の底では堂々としている気がしてならなかった。ただ年を重ねただけで何もしてこなかった癖に、「自分は社会の役に立って来た」みたいな得体の知れない芯があり、ミツルにはそこが我慢できなかった。
同世代の落伍者には、全くそんな芯は無かった。
ただただ申し訳なさそうにして、ミツルに嫉妬したり、劣等感を抱いたりしているだけだった。そいつらはどうでも良かった。
「…………」
老婆が向かってくる間、ミツルは口にツバを溜めていた。
ツバを吐きかけてやる価値もないと思っていたが、とにかく溜めていた。
そして、目が合った。
目が合った筈だった。
……しかし、老婆の目は黒く淀んでいるだけで何の色も無かった。
確かに目が合ったのに、少しもミツルを見ていなかった。ミツルなど存在しないかのように通り過ぎて行った。
ミツルは憤慨した。
生まれてきてこんなに苛立ったのは初めてだった。
自分の力で勝ち取って来た何もかもがあやふやになりそうな気がした。
自分の存在を否定された気がした。
それだけは許せなかった。
「ごめん。ちょっと急用思い出した」
仲間たちに言い残し、ミツルは老婆を追った。
◇
老婆は橋の下にテントを張って生活しているらしかった。
ミツルは一度百均に立ち寄り、ゴム手袋を買ってから老婆のテントへと向かった。ゴム手袋は二重に嵌めた。
汚い老婆に直接触れるなんて死んでも嫌だった。
ミツルはテントを引き裂いて、ペットボトルを踏み潰した。
驚いて半身を起こした老婆を突き倒し、首に手を掛けて思い切り締め付けた。
そうしている間、老婆は目を大きく見開いて、低く呻きながら確かにミツルを見ていた。確かな手ごたえがあった。
やがて老婆がこと切れて、ミツルは満足した。
奇妙な達成感があった。
ミツルは自分の存在を確かに感じていた。
ミツルは川に手袋を投げ捨て、死体を置いて逃げた。
罪悪感が少しだけ首をもたげてきたが、すぐにぼやけていった。
人を殺した筈なのに、大したことじゃないように思えた。
実際ミツルにとっては大したことでは無かった。
……そうだ。
俺はちょっとだけ報いを受けさせてやっただけだ。
こいつら老害は自分だけうまい汁を吸って来た癖に、自分の無能さを忘れて遊び惚けて来た癖に、一丁前に偉そうにしてやがるんだ。俺達に散々迷惑を掛け、今も迷惑を掛け続けているのに恥ずかしげも無く、醜く、汚らしく生きながらえてやがるんだ。
こいつらはいつだってそうだ。
どいつもこいつもクズばかりだ。
だから……こいつはたまたま……運が悪かったんだ。奴らの罪を償う形で、ちょっとだけ報いを受けただけだ。
それだけのどうでもいい話じゃないか。
◇
老婆を殺してから、ミツルは何の不満も無くなった。
胸に靄のようにかかっていた得体の知れない不安も晴れ渡っていた。
しかし、ゼミの飲み会の帰りだった。
「…………!」
ミツルは自転車を漕ぐ浮浪者の老爺とすれ違った。
突然だったので、うっかり目が合ってしまった。
そして最悪な事に……ミツルは気付いてしまった。
老爺はミツルが殺した老婆と同じく、ミツルを見ていなかった。
「どうした、ミツル?」
「何でもない……」
ミツルは狂いそうな程の不安に苛まれた。
自分の存在があやふやになっていくのを感じた。
気付けばミツルはすれ違った老爺を追い、首を絞めて殺していた。それでも収まらなかった。
自分から浮浪者を探し出しては、手あたり次第に殺して行った。
汚いうめき声を聞きたくなかったので、イヤホンで耳を塞ぎ、大音量で流行りの曲を聴きながら殺した。
その曲は……若者の不満をそのまま代弁したかのような、ミツルや仲間たちが大好きな曲だった。
曲のリズムに合わせるかのように老人は死んでいった。
老人は、死ぬときだけは確かにミツルを見ていた。
5人目を殺してからやっと我に返り、ミツルは流石にまずいと思った。
ミツルは極力老人と目を合わせない事にした。
意識にも入れないようにした。
浮浪者連続殺人事件がセンセーショナルに報道され、仲間たちは犯人を冗談交じりに称賛していた。ミツルはヒーローになっていた。
しかしミツルは全く嬉しくはなかった。
何かが違う気がしていた。
仲間内での老害叩きも、受け流すだけにした。
◇
一か月が経ち、浮浪者連続殺人事件の報道も落ち着いて来た頃……
ミツルは部屋で彼女のユミと酒を呑んでいた。
ユミはそれなりに可愛かったが、恐ろしくつまらない女だった。ミツルは別れようと思っていた。
「なあ、ユミ」
ミツルはユミを見つめた。じっと目の色を観察した。彼女がミツルの事をどれくらい愛しているか計り、大して愛していないなら別れを切り出すつもりだった。
そしてユミは顔を上げた。
……その時、ミツルは気付いてしまった。
ただ目の焦点が合っているというだけで、ユミはミツルの事を見ていなかった。
ユミの目には、何の色合いも無かった。ただ黒く淀んでいた。
ミツルは愕然とした。恐怖に怯え竦んだ。
そしてミツルはユミの首に手を掛け、藁に縋るように締め付けていた。
◇
死体を部屋に残して、ミツルはただひたすらに走った。
すれ違う人々は驚いたようにミツルに顔を向けたが、その目はミツルを見ていなかった。
誰も、誰一人ミツルを見ていなかった。
そのことにミツルは気付いてしまった。
ミツルは耐えられなかった。このままだと自分が消えてしまう気がした。
レンタカーに乗って、ただひたすらに、どこまでも逃げ続けた。
しかし……一週間もせずにミツルは逮捕された。
ミツルはユミの殺しを認めた。浮浪者殺しも全て自白した。
動機や心象については黙秘した。
ミツルはもう、何もかもがどうでも良かった。
……そうだ。何もかもどうでもいい。俺が死ぬのだって、大したことじゃない。いや、俺はむしろ幸せだ。誰だって遅かれ早かれ死ぬんだから、無駄に老醜を晒すより若くて綺麗な内に死んだ方が幸せじゃないか。
ミツルは平然としていた。
それに、ミツルには小さな希望があった。
ミツルが人を殺した時、殺される人間はミツルを見つめていた。
いつだって本気で見つめていた。
ミツルの方も殺す人間を見つめていた。
お互いに、本気で見つめ合っていた。
そこには……微かだが確かな繋がりがあった気がした。
ミツルは老人達もユミも嫌いだったが、あの時の繋がりだけは本物だと思えた。
……そうだ。6人も殺したんだ。俺はきっと死刑になるだろう。
間違いなく俺は殺されるだろう。このクソみたいな社会が寄ってたかって、公共の福祉だのなんだの屁理屈付けてまで、俺を殺すだろう。……そうだ! 俺は俺以外の1億人に殺される! 1億人が俺を見てくれるんだ! ……だとしたら、悪くないかもしれない。もしかしたら、途轍もない繋がりを感じられるかも知れない。生きる実感を得られるかも知れない。
……しかし、弁護士から事件の報道内容を聞かされて、ミツルは愕然とした。メディアが報じた「凶悪連続殺人犯ミツル」の虚像は、てんで的外れだった。
勝手にありもしない動機を擦り付けられ、どうでもいい話を関連付けられ、何もかもが歪曲され、ミツルの本当の想いには掠りもしていなかった。
「……何だよ、これ」
ミツルが味わったのは突き落とされるような孤独だった。
1億人に無視され、自分の存在はただぼやけていき、世界にも溶け込めず、ただ孤独だけがあった。
ミツルは絶望の中で死刑判決の声を聞いた。
事件の重大性を鑑みて、死刑は異例のスピードで執行される事となった。
死刑台に立たされ、厳重に拘束されながら、ミツルは刑務官達の視線を少しだけ期待した。しかし、何もなかった。
誰一人ミツルを見ていなかった。見ようとしなかった。
ミツルはたった一人だった。
そして足元が崩れ去り、ミツルの頸椎は破壊された。
痙攣の後には、静かな一本の死体だけが残った。
◇
「こんな筈じゃなかった……」
ミツルの最後の言葉は、メディアに切り取られて大々的に報じられた。
「馬鹿かこいつ?」「イケメンなのに勿体ない」「リア充ざまぁwww」「死ぬ前に俺と顔交換してくれたら良かったのに」「死刑があって良かったな」
人々は嘲笑と怒りと侮蔑と、ほんの僅かな同情を「ミツル」へと向けた。
一部だが、老人の支配に立ち向かった英雄として「ミツル」を崇める者もいた。
しかしすぐに事件の報道も鳴りやみ、「ミツル」は日常の中に忘れ去られていった。
ミツルの最後の言葉……その本当の意味を知る者は、誰一人いなかった。




