君の為に尽くす一分一秒は、俺の人生の十年百年
abaudo;アバウド
どうして俺ってこうなんだろうな…
青々としている空を寝転びながら眺めて、俺は孤独を堪能している。
空を泳ぐ雲が、どれも俺を嘲笑っているかのように見えた。
何だあの雲…うんこみたいな形しやがって…
まぁ、いずれにしても俺は現実を捨てているからいいだけどな。
俺は空を見ながらあくびをした。
「小鳥遊くん」
その時、俺の寝転んでいる頭の上で、誰かの声がした。
「ん?」
誰だと上を見ると、クラスの人気者の神前燐華が正座をして俺を見降ろしていた。
「えっ!?」
俺はその場から跳ねて起きた。
彼女は学年一綺麗だと謳われる人気者。
勿論性格は凄く優しくて、周りに気配りも出来て、その可憐に揺れる長い黒髪も、整った綺麗な顔も、スラッとした足も、全部が全部最高の人なのである。
俺なんかとは無縁で、正反対の彼女が、なんで俺なんかに話しかけるんだ?
「その、小鳥遊くんいま大丈夫だよね?」
「え…う、うん」
変な所で声が裏返ってしまった。
「今度の文化祭なんだけどさ…」
あ、そ…そうか…
神前さんが俺なんかに何もないのに話しかけるわけないよな…
彼女は文化祭の予定表を見せて、劇をするのだと話す。
「まぁ、こんな感じなんだけど、何かいい策はないかな?」
「いい策?」
「ほら、小鳥遊君ってアニメとか好きでしょ?」
「アニメは、まぁ…」
「やっぱり、小鳥遊君だったら劇とか詳しいかなと思って」
彼女はさりげなく俺の隣に座った。
きっと彼女は俺の案を待っているのだろう。
「そ、そんなに見つめられても…すぐには…」
「うーん、そうだよねぇ…」
彼女は少し寂しそうに喉を鳴らした。
「ごめんね…ゆっくりしてところ」
「いや……全然、大丈夫」
そう言いながら彼女は立ち上がり、俺に手を振って校舎の方に歩いて行った。
正直、緊張のせいで彼女の言葉が全く聞き取れてなかった。
すると神前さんは歩いている途中に立ち止まる。
「そうだ、今度一緒に考えようね!」
「あ、はーい」
俺は焦って返事をしたが、よくよく考えると…
「一緒に⁉」
「うん‼」
元気に俺に声を返すと、彼女は校舎の走って行ってしまった。
行ってしまった…
「はあ…」
やっぱり俺って、どうしてこうなんだろうな…
もう一度俺は、そう思った…
放課後~
さて、帰って何しようかなぁ…
ふとぼーっとしていると、さっきの神前さんとの会話が脳内で流される。
直ぐに恥ずかしくなって、別の事を考えようとするが、なんだか余計に彼女の事が意識される。
「ふぅ」
とりあえず落ち着くために深呼吸をした。
どうせ俺なんかがあの美少女と仲良くなることは不可能で、なれたとしても釣り合わないだろう。
それに俺は現実を捨てたんだ。
今更現実の女なんて…
「小鳥遊くーん!」
「ん⁉」
この声は…
「神前さん⁉」
どうしてここに? 神前さんは文化祭の打ち合わせとかでいそがしいんじゃ?
「もう、どうして先行っちゃうのよ!」
神前さんは軽く笑顔を浮かべたまま、少し勢いよくいう。
怒った姿も、何というか…やっぱり神前さんだからだろう、綺麗だと思った。
「神前さんこそ、どうしてここに?」
「ムッ、一緒に考えようって言ったじゃん…」
「きょ、今日なんですか⁉」
神前さんは俺に向ける視線を強くしたが、直ぐに柔らかで可愛い笑顔に戻った。
「そう…だから来て!」
俺は神前さんの手に引かれて、校舎まで連れ戻された。
神前さんの手、暖かくてなんだか柔らかい。
神前さんに手を引かれている間、他の帰っている生徒達に変な目で見られた。
それはきっと、俺とこの神前さんではあまりにも釣り合わないからだろう。
教室まで戻るころには、神前さんも俺も息を荒くしていた。
「はぁはぁ、走るって気持ちいよね!」
「そ、そうです…か…はぁ、はぁ」
ふぅと息を吹くと、彼女は優しい笑顔のまま教室に入った。
「それじゃ、一緒に考えようね!」
彼女は何故俺にそんな笑みを向けるのだろうか。
考えればわかる事、俺は陰で神前さんは陽だ。
「何年何十年経っても、俺とあなたが天秤にかけられることはないですよ…」
「ん? なんかいった?」
神前さんは教室にある机を勝手に集めて、勝手に退けて…俺と対面するように机を並べた。
「もう一人の文化祭役員はどうしたんですか?」
「もう一人?」
何故か彼女は首を傾げる。
あれ、確か文化祭役員は一クラスに二人、男女で組まれるはずだけど…
「君…だよ?」
神前さんは迷いなく俺を指さして言った。
「俺⁉」
「アハハ、誰も男子でやりたがる人がいなかったから、勝手に小鳥遊君にしちゃった!」
彼女のその悪気のない笑みが、勝手にされて怒りを覚えるはずの俺の心情を変えた。
それよりも、どうして俺なんだという疑問の方が大きくなってしまったからだ。
「小鳥遊君、お願いしても…いいかな//」
神前さんは視線を右下に落として、後ろで手を組んだ。
もしかしたらこの神前さんは悪女なのかもしれない。
可愛いで俺の反感を全くとして消していくからだ。
「い、いいですけど…」
「やった!」
「ど、どうして…俺なんですか?」
「だって小鳥遊君だったら…」
彼女はそれから先、言葉を詰まらせる。
やっぱり適当に俺を選んだだけか…
「えへ」
彼女は詰まらせた矢先に、笑顔でごまかした。
「まず今回する劇の大まかな説明なんだけど…カミヒトエの恋は知ってるよね?」
「はい」
カミヒトエの恋とは最近流行りの恋愛小説であり、江戸時代で繰り広げられる外国人のカミヒトエと早瀬茂蔵が鎖国の中で、決して結ばれない恋を街の人々の協力で紡いで行くという恋愛ストーリーだ。
「それで…」
彼女は劇の説明を楽しそうに続ける。
なんで俺はここにいるんだろうな…
不意にぼーっとしてしまって、所々彼女の話を聞いていない。
俺なんかが神前さんと一緒の空間にいるなんて場違いも甚だしい。
もしかして…とか考える事も出来ないほど、俺は彼女とは正反対だからな。
クラスのみんなが今のこの状況を見たらどう思うのだろうか。
きっと神前さんに迷惑をかけてしまうだろう。
このまま何も言わずに帰った方が、彼女の為になるんじゃないのか?
「...しくん?」
そもそも彼女は良い人過ぎる。 そんな誰にでも好かれてクラスの中心的な…
「小鳥遊くん!」
すると神前さんが机を強く叩いた。
「はいっ!?」
「ふぅ、やっと気づいてくれたぁ…どうしたの?」
彼女は俺の顔を見るなり、目をパチパチさせる。
「い、いえ…少し考え事してて…」
「そうなんだ…ごめんね、いきなり大きな音出して…」
どうしてこう、彼女は一つ一つの動作・言動に優しさを入れて来るんだろうか。
「そちらこそ、どうしたんですか?」
「あ、えーっとね…ここの《茂蔵とカミヒトエは外国へ逃亡して...》の部分なんだけどさ、ここは原作通り《崖の上で、決して互いを離さないように抱きしめた...》の方がいいと思うんだよ…」
「あぁ、なるほど…」
「小鳥遊君だったらどっちがいいと思う?」
「俺だったら、原作通りの方がいいと思います。 だって、劇を観客の中には勿論原作を見ている人もいるし、作者がこうした意図がきっとあるので、ここは原作通りやった方が感動もすると思います」
神前さんは俺の意見を聞いて、手をぱちぱちと叩いた。
「やっぱりそうだよね…ここは満場一致で原作通りで決定!」
「満場一致って、二人だけですけどね…」
「もう、直ぐそう言う事言う…ふふっ」
神前さんは表情を硬くしたが、直ぐに笑顔に戻した。
きっとこういうノリの良さというか、こう言う所が人気の秘訣なんだろうな。
「あ、そうだ…小鳥遊君マインしてる?」
「はい、一応…」
「それじゃ交換しようよ!」
「俺と神前さんとですか⁉」
「交換出来たらいつでも変更とか出来るし、メリットしかないしさ?」
待て待て待て…俺は一応マインを入れてはいるけど、連絡先は母親しかないし、初めて交換するのが友達とか、ましてや男子とかではなく…神前さんだと⁉
ほ、本当に俺はいいのか?
俺でいいのか?
「ダメ…かな?」
神前さんはスマホで自分の顔を隠し、更に困り顔をして自分を小さく見せている。
この小動物的可愛さには、俺も負けてしまった。
「大丈夫です…」
「じゃ、早速交換しよっか…」
俺はポケットからスマホを取り出す。
その片手間に神前さんのスマホを覗いてしまった。
いけないとは分かっていても、なんとなく気になってしまって…
「多っ⁉」
神前さんのマインの通知は、千件を超えているのが丁度見えた。
声に出てしまった…
神前さんと目が合う。
その時、俺はとんでもなく失礼な事をしてしまったんじゃないかと、自分を責めたくなる。
しかしそんな俺の思いを察したのか、神前さんは笑いながら言う。
「あぁ…いけないんだぁ、人のスマホを覗き見るなんて」
「ご、ごめんなさい」
「別に謝る程の事でもないよ…」
「そ、そうなんですか…」
彼女はすんなり俺を許すと、連絡先を交換してくれた。
「ありがとうね…」
「いや、その…大丈夫です」
その後は、他愛もない会話と、有意義な劇の構想の話し合いなどを繰り返し、気付けば六時半を回っていた。
「あっ、もうこんな時間…」
「本当だ...」
不意に時間を気にすると、七時から今日放送の気になっていたアニメがあるのを思い出した。
「「あっ」」
俺と神前さんは共に大きな声を出す。
そして神前さんは急いで帰りの支度を始めた。
「神前さん?」
「ごめん小鳥遊君…引き留めちゃったのは私なのに、ちょっと先に帰られてもらうね…」
「あ、はい…」
「それじゃ、また後で話そうね」
「はーい」
彼女はそう言った後、走って帰って行った。
あっけなく行ってしまったな…
って、俺も早く帰らなきゃ…録画してなかったし…
俺も神前さん同様、帰り支度を早く済ませて走って帰って行った。
アニメ見えなかったなぁ…
あの後、俺は急いで家まで帰ったが、結局家に着いたのは七時半だった。
再放送を待つしかないか…
俺は風呂に浸かりながら、悔やんでいた。
でもこうやって後悔を無理やりにでも作っておかないと、神前さんとの会話を思い出してしまってなんだか恥ずかしい気持ちになる。
昨日まではなんともなかった人が、今日この一日だけで自分に凄く関係のある人のように思えてくる。
これこそが彼女の人気の秘訣なのだろうか。
いや、あのコミュ力あれが俺を惑わしているんだな。
とにかく俺はこのままでは、浮かれてしまう。
浮かれてしまえば、結局最後に後悔するんだ。
…昔の経験から…そう学んだんだ…
「プルルルル!」
「うわっ、びっくりした!」
いきなり脱衣所に置いてあったスマホが鳴ったせいで、心臓が止まる思いをした。
それは俺に友達がいないせい。
誰かから電話がかかってくることなんてそうそうない。
「誰からだ?」
まぁでも、多分母さんからの電話だろう。
それ以外は…
その時、一人の女子の顔を頭に強く浮かんだ。
そ、そんなわけな…
俺は少しだけ身体をタオルで拭いて、スマホを取った。
そしてその相手は、そのまさかだった。
「はいもしもし…」
(もしもし小鳥遊君? 今から文化祭の話出来る?)
神前さん⁉
っていうか、今から文化祭の話って…
「あの、少しだけ待ってください」
俺は急いで服を着て、首にタオルをかけて自分の部屋に向かった。
その道中で母さんに鉢合わせてしまった。
「陵介、もう風呂出たのかい?」
「しーっ!」
俺は母さんに言葉を返さず、自分の部屋に入って行った。
ガタンと扉を閉めると、俺は椅子に座ってようやく神前さんと話し合える環境を作った。
「あの、すみません…」
「あっはは…小鳥遊君生活音聞こえすぎ…ふふっ…」
電話の向こうであの優しい笑みをしているのが分かった。
「お風呂に入ってたのに、電話しちゃってごめんね」
「いやいや、本当に大丈夫ですよ」
そこも全部聞かれてたのか…は、恥ずかしい…
「えーっと、文化祭の話ですよね…」
「うん、そう…今から出来る?」
「出来ますよ」
「よし、じゃあしよっか…」
「はい」
それから俺と神前さんは、感動する展開の演出の仕方や配役の推敲し合った。
「茂蔵役は小鳥遊君で、カミヒトエ役は私で決まってるから、後はシナリオをまとめるだけね…」
「え、ちょっと待ってください? 俺が茂蔵役ってどういうことですか?」
「そりゃあ私達が実行委員だから…」
実行委員って、俺は勝手に選ばれただけなんだけど…
ん、じゃあ…俺が主役になるって事か?
待て待て? つまりは俺が目立つ。
しかも相手のカミヒトエ役は神前さん?
完全な差が生まれているぞ?
駄作になるかも知れないよ…?
「あの、主役は…」
「ん? ごめん、もう先に小鳥遊君が主役でシナリオ作っちゃったから…」
「作ってる⁉」
「もうそろそろ完成するよ」
彼女は高らかに軽く言った。
「それじゃ、って…もう十二時⁉ 小鳥遊君と話してたら時間が経つの早いね…」
「そ、そうですか」
「じゃあシナリオとかはこっちで進めておくから、小鳥遊君は疲れてるんだったら寝ていいよ」
それじゃ、言葉に甘えて…
「はい、後はおまかせします」
最後にそう言って、俺は深い眠りについた。
翌日~
俺が教室に入る、神前さんは待ってたかのように俺の元へ駆け寄って来た。
手には電話している時に作っていたシナリオを持っていた。
「燐華…小鳥遊になんかあるのか?」
「あ、徹也。 私と小鳥遊君、劇の実行委員だからさ…」
今神前さんに話しかけたのは、友崎徹也。
イケメンで成績が良くて、皆からの印象も評判もいい。
これまた俺とは正反対の人間だ。
「小鳥遊が実行委員?」
友崎くんは俺を睨んだ。
「もう徹也君…小鳥遊君をそんな目で睨まないの」
こっちは光井陽菜。
まるくなった髪型が特徴で、なんだか小さな子供の様に見える。
背が低いって言うのも関係しているのだろうが、なんといっても幼い。
でも頭は俺より断然いい…
「なんだよ陽菜…別に俺はそんな目してねえし…」
「してたじゃん!」
「だから俺は…」
「はいはい、二人共…そこまでにして、小鳥遊君が困っちゃうでしょ?」
神前さんが二人の間に入って、起こりそうだったいざこざを先に止めた。
そう、この三人がこのクラスの中心的立ち位置だ。
言えば、三人無しではこのクラスは成り立たない。
何をするにしても三人のうち誰かが引っ張ってくれるし、皆頭が良いからよく学級委員長とかにもなったりする。
「で、なんで小鳥遊が実行委員なんかやってるんだよ?」
これまた凄い威圧感を俺に向けてきた。
「えーっと…」
何て答えればいいのかな?
勝手になった?
いや、これじゃやる気が無いと思われるかも…
「私が選んだ」
すると神前さんが俺より早く答えた。
「燐…それじゃ勝手に小鳥遊を実行委員にしたのか?」
「うん!」
「うん、じゃねーよ…普通にかわいそうだろ」
かわいそうって、まぁ今までの俺の立ち振る舞いが皆の俺への固定概念を生み出したんだけど…
その言い方も、俺に失礼じゃね?
「そんなことないよねっ?」
「ん⁉」
いきなり神前さんは俺に訊ねてきた。
俺は勢いで首を縦に振る。
「そうかよ…まぁお前らがいいならいいけどよ…」
そう言いながら荒々しく自分の席へと向かった。
「徹也…なに怒ってんだろうね?」
「さ、さぁ…」
神前さんは俺の手を持って、教室を出た。
教室を出る前に友崎くんから凄い視線を受けた気が…
「それじゃシナリオのコピーしに行くから手伝って…」
「はい」
昼休みになると、俺は友崎くんに呼び出された。
「小鳥遊…ちょっと来い」
「へ?」
「いいから来い」
友崎君は強引に俺を引っ張って行った。
友崎君は俺を引っ張って屋上まで上がって行った。
屋上に着くと友崎君は俺を壁に押し付けて、両手を俺の頭の横についた。
「なぁ小鳥遊…率直に聞けど、お前燐華とどういう関係だ?」
「ただの…実行…委員だよ」
「本当か?」
「ほ、本当に…」
友崎君はため息をつくと両手を下ろして、俺の真横にもたれる。
「はぁ…実は俺、燐華の事が好きなんだよな…あ、絶対に言うなよ?」
「そ、そうなんだ…」
まあ、何となく知ってたけど…
「別に燐華に近づくなとかは言いたくないけど…その」
友崎君は言葉を詰まらせる。
もしかして自分の好きな人を打ち明けたことがないのだろうか。
「まぁ、お前も…燐華の事が好きになったら言えよな?」
友崎君は焦っているのか、唐突に変な事を言った。
「お、俺何言ってんだろうな…ははっ。 ええと、これから俺とお前はら、ライバルだ…つまりはそう言う事だ! いいなっ!」
「わ、わかりました…友崎君」
「け、敬語はいらん…それに友崎って呼び捨てでもいい」
顔を赤くしながら、友崎君は屋上から降りて行った。
行ってしまったな…なんか友崎くんって、もしかして思ってたよりもいい人なのか?
そんな事を考えながら、俺も屋上から降りて行った。
それから俺は、神前さんと共に文化祭の実行委員を務めた。
「さすが小鳥遊君! やっぱり小鳥遊君にして良かった」
不意に出た神前さんの言葉に、少し動悸が高まる。
「ありがとうね…小鳥遊君…」
「いや、別にいいですよ…」
「あ、そう言えば小鳥遊君ずっと私に敬語使ってる…別に敬語なっていいよ同級生なんだから」
神前さんは俺にそう言った。
でもいいのだろうか?
「小鳥遊君、それじゃ…今から普通に敬語なしで喋ってみて?」
「え…でも」
「それじゃ、よーいドン!」
俺はドンの合図が聞こえた途端、口を小さくして喋れなくなった。
「あはは、何その口…普通に喋るだけなのに…あっはは」
「ムッ…ンーー⁉」
「あはははは…ふふ……それだめ、おもしろい……ふふふふ」
「ンーー?」
「どうして首を傾げるの? くくっ……あっははははは」
何を話そうかな?
「プハッ…ええーーと、我々は宇宙人だ」
「どうしえ宇宙人⁉ ふふ」
「君を襲うぞぉ」
「やだ……襲われるぅ! くくっ」
俺たちは委員の仕事を忘れて、少し楽しんだ。
それが良かったのか、俺は敬語使わなくても普通に話す事が出来るようになった。
「おおっとお二人さん? 二人だけで楽しむなんてずるいぞ?」
「友崎…」
「あ、徹也と陽菜ちゃん…どうしたの?」
友崎と光井が教室に二人で入って来る。
友崎は俺の事を、見つめると相変わらず睨んできた。
もしかしたらこれは睨んでるのではなく、挨拶なのではないかと思うほどに睨まれ続けている。
「俺らも手伝うよ」
「そうなんだ! ありがとう!」
それからは二人も俺たちを手伝ってくれるようになった。
三人といると、なんだか俺も楽しくなってきて、直ぐにうちとけることが出来た。
「そうだ、俺がカミヒトエするから友崎が一回茂蔵してよ」
「いいぜ…」
すると光井が監督をはじめ、神前さんは観客になった。
「茂蔵サン…ワタシ自国モドル」
俺が少しおどけて、神前さんが笑う。
「ふふ…どうしてそんなにカタコト⁉」
「カミヒトエ…ドウシテデスカ? ドウシテイッテシマウノデースカ?」
友崎も俺同様にふざけて、なんだかカオスになっていく。
「カミヒトエはカタコトでも納得できるけど、茂蔵はカタコトオカシイ⁉」
「神前さんもじゃん!」
「ほ、本当だ…あははは」
その空間は面白かった。
味わったことも無かった、この輪に俺も入る事が出来たのだろうか。
――それからは何もかもが順調に進んで、文化祭まで残り一週間になった。
「それじゃ…今日も張り切って……」
神前さんが急に倒れた。
「ここは?」
「病院だよ」
「ああ、やっぱりか……」
俺は神前さんの両親とともに、神前さんを見守っていた。
「どうして辛いって言ってくれなかったんだよ……」
「だって、言ったら皆心配するでしょ?」
彼女の声は辛そうで、かすれていた。
「そりゃ、心配するに決まって……」
彼女はベッドから身体を起こして、何故か座っている俺の頭を触った。
「⁉」
「一回やってみたかったんだ……ごめんね」
そんなにも辛そうなのに、どうして微笑みかけれるんだ?
自分はもっとつらいだろうに…
神前さんの両親は空気をよんで俺達を、二人きりに病室を出て行った。
「子宮頸がんでね、ステージ五なんだ…」
「癌⁉」
それにステージ五…
「もう転移してるのかもね? 最近は…ゴホッゴホッ」
とっさに俺は彼女の背中をさする。
「いつからだったの?」
「さぁ、いつからだろうね…」
俺が今楽しいのは、紛れもなく神前さんのおかげ…
まだ話したのも最近なのに…どうして俺は…
「おねえちゃんの話していい?」
「うん…いいよ」
神前さんは二年前起きた、集団神隠し事件の話をした。
その事件に巻き込まれた集団の中には、神前さんのお姉さんがいたらしい。
神前さんはそのお姉さんの事が大好きだったから、とても悲しんだ。
神前さん自身も、そのお姉さんのようになれるように頑張っているらしい。
話してる最中も、目に涙を浮かべている。
何故かわからないけど、俺も同様に泣きたくなった。
いや、何故かはもうわかっているのかもしれない。
「それじゃ、私は見られないかもしれないけど、後はよろしくね…」
俺は何も言いたくなくなった。
こんな彼女を見て、言いたい言葉も全て絶望でかき消されてしまったのだ。
「本当は君と……」
「もういいよ…」
こんな時に何も言えない自分に苛立ちを覚えて、その後は黙って病室を離れて行った。
本当は彼女を安心させてあげたいのに…
それからという物、俺の学校での生活は昔に戻った。
たまに三井や友崎が話しかけて来るが、俺は特に話したいことも無いで済ませてしまう。
その間、俺は何も楽しくなかった。
ただ、昔の俺に戻っただけなのに…
――文化祭当日。
俺たちの劇がもう少しで始まる。
もうどうにでもなれと諦めていたその時、目の前に現れた友崎にぶん殴られた。
「何してんだよ⁉」
友崎は俺の襟をつかみ上げる。
「お前が元気じゃないから、皆あんまり練習できなかったじゃねーかよ……」
「知らねえよ」
「ふざけんな……俺言ったよな? もしお前も燐華の事が好きなったら俺に言えって……」
「別に好きじゃ……」
「強がってんじゃねぇ!」
友崎はもう一度本気で俺を殴る。
「手術……明日だってよ……」
「⁉」
「このままでいいのかよ?」
友崎こそ……そう言ってやりたい……
でも、友崎のその視線は、いつもの睨みじゃなかった。
俺に託しているようだった。
「もう……」
(小鳥遊君……)
「もう……」
(ごめんね…)
神前さん、どうして笑って……
いつも…いつも……
ごまかして……
(あっははは……もう作っちゃった)
自分勝手に進めて、俺を一度だけ幸せにして……
それからどん底に落とすなんて……どこまで君は……
……神前さんは……
(本当は君と観たかったな)
気付けば俺の足は動き出していた。
「あ、小鳥遊……」
神前さん……
神前さん……
無我夢中で、俺は神前さんのいる病院へ走る。
そして病院に着くと、衰弱した神前さんが窓の外を覗いていた。
「神前さん!」
「ん? あ、小鳥…遊君……どう…して……ここに?」
「君と作った劇を…君とみたいんだ…」
「私……と?」
「ああ」
神前さんは相変わらずあの笑みを見せた。
「そう…なんだ……それじゃ、、、ゴホッゴホッ」
神前さん……
心臓が強く締め付けられる。
「でも……どうやって……みる…の?」
「それなら」
俺はスマホを取りだし、電話をかける。
「プッ、ぁいもしもし?」
「俺は神前さんが好きだ!」
「⁉」
ベッドに寝ている神前さんは身体をびくつかせる。
「はぁ、おせぇーよ……で、用件はなんだ?」
「悪いけど主役二人を変えて欲しいんだ…」
「わかってるよ、先にやっておいた」
「それから、スマホで劇が見えるようにしてほしいんだ…」
「それもやっておいたよ、ったく...お前らのせいで劇がとんでもない事になりそうだよ...ふっ」
友崎…
「ありがとう!」
「良いって事よ……それじゃ、俺は戻るからな……」
友崎はスマホを設置した所から離れて行った。
もう直ぐ、俺たちの作った劇が始まるんだ。
「小鳥遊……劇…始まるの?」
「あぁ、今から始まるよ」
「次は二年五組の、カミヒトエの恋です」
「うぉぉぉ!」
もうこれだけで歓声が上がっている。
「神前さん、これが俺達で作り上げた劇だよ……」
「凄い…思ってたより……全……然」
神前さんは静かに目を閉じる。
「私も、小鳥遊君みたいに……アニメが好き…なんだ……最後に…君と話せて……楽しくて……よかった……」
「お、俺もだよ……」
勝手に涙が出て来る。
俺は神前さんの顔をよく見る。
「すぅ……すぅ……」
寝ちゃったのかな?
それとも……
「…………」
外の烏が飛び立つ。
俺は涙が止まらなくあふれ出した。
「ぅ……っく……うぅう…………」
そして、俺たちの元に…天狗が舞い降りたのだった。
この作品をお読みいただき誠にありがとうございます。
この作品は“あらゆるスキルの保持者、創造と破壊の魔術”スピンオフのスピンオフ作品です。
皆様が疑問に思ったであろう天狗とは...
それはこれからまた後程。
原作である“あらゆるスキルの保持者、創造と破壊の魔術”ももしよろしければお願いします!
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