第6話「覚醒ー1ー」
町に入ると、そこは地獄だった。
あちこちの建物が破壊され、その残骸が飛び散っている。
この地獄を逃れようと、俺たちとは逆に走っていく人もいれば、血を流し倒れて動けない人もいる。
町から上がる炎の煙で、息がしずらい。
俺は近くに血を流して、倒れている人に駆け寄った。
「おい。大丈夫ですか?!」
顔を覗き込むと、その人の目は無機質に開かれていた。
すでに光はない。
脈もない。
息もしていない。
「…………死んでる…………」
死体だ。
俺は動揺を隠すことはできなかった。
手が震える。
「何があったんですか?!」
俺は逃げようと隣を走り抜けようとした人に叫んだ。
「魔族が攻めてきた!!並の強さじゃねぇ。領の護衛隊もやられちまった。殺されるぞ!!」
…………魔族。
本当にいたのか。
ここにきてから一年。
何事もなく、平和そのもので暮らしてきた。
戦争なんて、テレビの向こうの話の様なものだと。
もう一度周りを見渡すと、瓦礫の下敷きになった男と目が合った。
「た…………たす…………け……て……」
早く助けてあげないと死んでしまう。
俺は立ち上がり、その男に駆け寄ろうとしたが、それを一緒に付いてきた護衛が止めた。
「アレンさん!!ダメです!!あなたの最優先は、セレンディア様の所に行くことだ。目的を見失わないでください」
そうだ。
そんなことはわかっている。
だが、目の前の死にかけている人を見捨てていいのか?
ここで見捨てたら確実にあの人は死ぬ。
「私があの人を助けます。他にもできる限りの事はしましょう!!アレンさんは急いで!!」
俺は静かにうなずき、走り出す。
屋敷に向かって全力で走る最中、屋敷の方からは大きな音が聞こえていた。
その他にも、周りからは子供が親を呼びながら泣く声、助けを求める声が聞こえてくる。
その声に何度も足が止まりそうになる。
だが、今はそれに目を瞑らなければならない。
今俺がしなければいけないことは、何なのか。
ハロルドはこの町の人が、本当に好きだ。
その人たちを見捨てることが、本当に正しいことなのかはわからない。
だが、俺だってセレンディア家の人たちが大好きなんだ。
「…………ごめん!!」
止まるな。
進め。
もう少しで、町の大きな広場。
屋敷はその目の前だ。
俺は最後の曲がり角を曲がった。
そしてそこに、この地獄を引き起こしたであろう正体を見つけた。
魔族だ。
一目見ただけで分かった。
その姿はやはり、人間とはかけ離れていた。
肌の色が灰色のやつ。
背中に翼が生えているやつ。
三メートル近くはあるであろう巨体で、腕が四本あるやつ。
確認できたのは三人。
その三人が見ている先。
そこにいたのはハロルドだった。
周りを見ると、彼だけではなく、魔族と戦ったであろう者が何人も倒れていた。
ハロルドは両膝を地面についていた。
全身傷だらけなのが、少し遠くからでも分かった。
だが、それだけではない。
少し後ろに目をやると、誰かが倒れている。
見慣れた髪色。
見たことのある服。
恐らくエマだ。
倒れかけているハロルドに、魔族が近づいていく。
まずい。
ハロルドが殺される。
助けなければいけない。
だが、魔術も剣技も使えない俺が出て行って、出来ることなどあるのだろうか。
ただただ、俺も一緒に殺されるだけじゃないか?
俺がびびって動けないうちに、灰色の肌をした魔族は、ハロルドの目の前に立っていた。
その魔族は、ハロルドの首つかみ体を持ち上げた。
しかも片手で。
なんという腕力だ。
そして、ハロルドの体に向かって剣の矛先を向けた。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
殺されるかもしれない。
そう考える理性は、どこかに行ってしまった。
俺は物陰から、飛び出し、魔族に向かって叫んだ。
三人の魔族の注意がこちらに向く。
「なんだ貴様」
四本腕の魔族が近づいてくる。
怖い。
逃げたい。
「お、お前らの方がなんなんだ!!これをやったのはお前たちだろ?!」
俺が言葉を放つと、魔族側は驚いた顔を浮かべた。
四本腕のやつが、灰色のやつに話しかける。
「どうする?こいつ殺すか?」
「いや……待て。魔族の言葉が分かる人族か。珍しい」
指示を仰ぐということは、あの灰色のやつが隊長かなにかか?
「いいからその人を離せ!!」
そういうと、ハロルドがすでに瀕死なのを確認したのか、ハロルドを離した。
「に…………げ……ろ……アレ……ン」
ハロルドはもう虫の息だ。
今彼の命令に従うわけにはいかない。
「貴様…………なぜ魔族語が話せる?」
魔族語?
俺が今話しているのは、魔族語なのか?
まただ。
知らない言葉を話せている。
下手に嘘をついても、ばれるだけだ。
「知らない。気が付いたら話せているようになってた」
「そんな馬鹿な話があるか。…………まぁいい。この町の領主はこいつか?」
こいつらは領主が目的なのか?
だとしたら、違うと答えればハロルドは助かるかもしれない。
しかし、そうなるとこいつらは、別のやつを探すためにこの町でまた暴れることになる。
「…………ああ。そうだ。」
「そうか。我々相手に、この者たちはよくやった。褒めてやる」
「お前たち…………なんでここを襲った?!」
「大した理由はない。そう命令が下ったからだ。我々の土地と真逆だったから、お前たちは油断していたのだろう。ここは兵力が少なかった。重要視はしていなかったが、念のため再起不能につぶして置けとな」
……は?
なんだよ、大した理由はないって。
なんだよ、念のためって。
そんなことで、ここの大勢の人は死んだのか?
「貴様、魔族側ではないのだな?」
ああ、違う。
「お前らなんかと一緒にするな」
俺の返答を聞くと、灰色のやつは再びハロルドを持ち上げた。
「ならばこの者を殺した後に、お前も殺そう。いずれこの世界は、魔王ガルディウス様がお治めになる。これも平和のためだ」
「おい!!やめ…………」
俺がやめろと叫び終わる前に、そいつの刃がハロルドを貫いた。
心臓の位置。
確実な死。
ハロルドを貫通した刃に付く血。
なんだろう。
妙に頭に焼き付く光景だ。
…………ドクン。
…………ドクン。
…………ああ。
俺は知っている。
このどす黒い、煮えたぎるような感情がなんなのかを。