第2話「もしかして異世界?」
俺は目覚めるとベッドの中にいた。
「…………ここは?」
体がだるい。
周りを見渡すと、そこは見覚えがない部屋だった。
気品のある洋風な部屋だ。
服も着替えさせられていた。
部屋の扉が開き中に誰かが入ってくる。
メイドさんだ。
え?
コスプレ?
めっちゃしっかり作りこまれてるじゃん。
「εΣ§Й♯φηνζджЧ」
メイドは、訳のわからない言葉を言いながらまた外に出て行った。
「え?なに?メイドで外国人?」
今の状況が理解できない。
というより、森の中で目が覚めてからというもの、全てが理解できない。
メイドが部屋を出て行ってから、少し経つと何人かの足音が部屋に近づいてきた。
そして、中に入ってきたのはさっきのメイドと、中年の男と女だった。
「φηνж§Й♯Чηνζд§Й♯」
中年の男は、俺に話しかけてくるがまたしても言葉が理解できない。
ぱっと聞いた感じ英語ではなさそうだ。
何を言っているかさっぱりわからん。
言葉が理解できず、困惑してる俺を見て、目の前の三人は心配そうな顔を浮かべていた。
…………ドクン。
まただ。
何かが俺の中で脈を打つ感覚。
「…………ぐぁ……」
激しい頭痛に襲われる。
今回は全身に痛みを伴うことはなかったが、視界はまた黒く歪んだ。
「φηνжじょうぶか?」
あれ?
今一瞬男が話している言葉が理解できたような……。
また気を失うのかと思ったが、頭痛と視界の歪みはすぐに消えていった。
「おい……平気か?……」
意味が分かる。
男が話しているのは、日本語ではない。
だが、何故か急に理解できるようになった。
「……はい、大丈夫です」
なんと、自分自身も喋ることができた。
一体どうしてだ。
昔から話してきた言葉のように、完全に言葉を理解している。
こんなことあり得るのだろうか?
さっき体に起きた異変が関係しているのか?
「そうか。言葉がもしかしたら分かっていないのかと思ったよ。もしかしたら、魔族なのかと」
…………魔族?
何を言ってんだこの人は。
「どちらにしろ、私たちは君に助けられた。君がいなかったら私たちは死んでいただろう」
「…………俺が何かしたんですか?それよりもここは?」
「ん。覚えていないのか。ここはセレンディア領だ。俺はハロルド・ルミアス・セレンディア。ここの領主だ。こちらは私の妻、エマだ」
そういうと、隣の気品のある女性は、優雅なお辞儀をした。
「エマと申します。貴方様のおかげで、私たちは命を助けられました。感謝いたしますわ」
「ちょ、ちょっと待ってください。俺には何が何だか。セレンディア領ってどこの国ですか?」
「アイゼン王国の南東だ。地理がわからないということは、エストニアかユリアの方か?」
え?
ごめん、全部知らない。
確実に外国じゃんここ。
「服も珍しい見慣れない服を着ていた。大きな怪我はなかったようだが、血に染まっていたから、着替えさせてもらったよ」
「えっと、すみません。俺日本人なんですが」
日本という単語を出すと、目の前の三人は不思議そうに顔を見合わせた。
「そのニホン……というのは、どこの国の領だ?初めて聞いたが」
なんかだんだん嫌な予感がしてきた。
目を覚ました森の見慣れない植物、最後に見た大きな獣、知らないはずの言葉・地名。
異世界?
いや、ありえん。
そんなファンタジー小説みたいなこと、絶対にありえん。
頭が痛くなってきた。
まぁ痛いのは起きてからずっとだが、さらにだ。
俺はおでこに手を当てて、少し考える。
「まだ体調は良くないのか?」
「ええ、まぁ少し」
植物も大きな獣も、俺が知らないものの可能性だってある。
言葉と地名にしてもだ。
言葉がいきなり理解できたのだけは、説明がつかないが。
でも…………後ろのメイドなんか耳長くね?
考えてる俺に、エマが近寄ってくる。
「ここに連れてきたとき、一度治癒魔法はかけましたが、念のためもう一度かけておきましょう」
ん?
そういうのを真顔で言っていいのは、子供だけですよ、マダム。
エマは、俺の頭に手をかざす。
そしてエマは目を閉じた。
その手のひらに、吸い込まれるような、力が集まるような感じがする。
「告げる。世界の理よ、我を導き給え。求めるは守護。彼の者の傷と痛みを癒し給え。癒しの光!」
エマが呪文のようなものを唱えてる最中から、手のひらに光が集まりはじめていた。
#癒しの光__ヒーリング__#と言い放つと、俺の体は緑色の光に包まれていた。
その光は心地よくて、温かい。
光が収まると、さっきまであった体のだるさ、頭痛がなくなっていた。
「えっ…………え?」
考えがもう言葉にならない。
「どうでしょうか?少しは楽になりましたか?」
「ええ。それはいいんですが。い、今のって?」
「ん?癒しの光ですよ?もしかして、かけてもらうのは初めてでしたか?」
もうこの人、当たり前かのように言うし。
ほぼ確定だが、最終確認だ。
腹を括ろう。
「あの……この世界って、魔術とか使えたりするんですか?」
それを聞くと、ハロルドは大きく笑った。
「面白いことをいうなぁ!そりゃそうだろ。魔術が使えない地域とかあるのか?」
はい、確定です。
早く孫の顔を見せてと言っていた、お父さん、お母さん。
異世界に行きたいと思ってる、アニメ好きの皆さん。
そして優理。
ごめんなさい。
俺は異世界に来てしまいました。
「君だって、俺たちを助けてくれたじゃないか」
だからそんなの知らないんだってば!!!!
「命の恩人に、君というのも失礼だな。名前は何と言うんだ?」
まずい。
こっちの世界の人たちにとって、俺の名前って絶対変だよな。
最悪怪しまれることだってあるかもしれん。
でも、名前なんて思いつかないよ!
自分の名前を答えられない俺に、沈黙とハロルドたちの視線が突き刺さる。
「…………すみません…………何も思い出せなくて」
とっさに出た言葉がそれだった。
「なんと…………もしかして、倒れた時頭でも打ってしまったのか?」
ああそうだ。
そういうことにしておいてくれ。
「レッドウルフに襲われていた時の事は覚えているか?」
レッドウルフ?
あの、大きなオオカミの様な獣の事か?
まぁもうめんどくさい。
いっそ全部覚えていないことにしよう、そうしよう。
「いえ、全く」
「君はレッドウルフに囲まれていた私たちを助けた。一応護衛の魔術師を一人雇っていたのだが、レッドウルフは強く凶暴だ。あんなところに出るなんて……。攻撃魔法も効かなかった。しかし、君はなんらかの魔術を使って、やつらは消し飛んだ。あんな魔法見たこともない。結果、私とエマ、ここにはいないが二人いる娘の一人と護衛は命を助けられた。改めて礼を言う。感謝する」
そういうと、再び目の前の三人は俺に頭を下げた。
「そんな、頭を上げてください。助けられたのはこちらも一緒です」
今度はエマが質問してきた。
「先程、魔術が使えるのかとおっしゃっていましたが、魔術も覚えていないのでしょうか?いったいどの辺りまで覚えていますか?」
「…………分かるのは、本当に言葉くらいで。その他はなにも」
全部わからない事にした方が、都合がいい。
本当にこの世界について何も知らないわけだから、その方がなんでも聞けるし、教えてもらえる。
「事情は分かりました。あなた?記憶が戻るまで、この方をセレンディア家で保護して差し上げましょう?」
「うん、そうだな。助けられた礼はしっかりと返さねばなるまい」
かなり有難い話だ。
正直、俺一人でやっていける自信などない。
それにここを拠点として、情報を集められる。
もしかしたら、元の世界に戻る方法とか、優理の情報も掴めるかもしれない。
ここで、出来るだけ情報を集めよう。
「名前だが、アレンでどうだ?思い出すまでで構わないさ。名前がないと不便だろ?」
「アレン。はい、それでお願いします」
「養子というのもあるが、貴族の世界はなかなか面倒でな。記憶が戻るまで、使用人という名目で、娘たちの世話係でもお願いしていいかな?同世代と接する機会はあまりない。君がいると娘たちも喜ぶだろう」
こうして俺の、異世界でも生活がはじまった。
一見すると、順調な滑り出し。
だが、この場所が過酷な運命のはじまりだと知るのは、まだ先の事である。