耳の長い美女
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細い路地──所謂、裏路地を数分歩き辿り着いた場所は、けして綺麗とは言えない何とも古臭い店だった。所々朽ちている事から、築年数は相当なものだろう。まあ、だがしかし、これだけ長年やっているなら品物や店主も信用に足りうるに違いない。
「ささっ。カルナさん、お先どうぞ」
「お、おう。ありがとう」
カルナはアイルに促されるまま店の中へと一歩踏み込んだ。
「この方が薬剤師であり、白魔道士のワミルさんです」
「ちわ~す」
薄暗く埃臭い店内を少し歩き、カウンターに行きつけばアイルが笑顔で紹介してくれた訳だが──カルナは彼女を見て驚いた。
「なんすかなんすか?ウチの顔に何かついてんすか?」
目の前で頬杖をつき、ジト目で視線を送る彼女は老婆とはかけ離れた若々しさを持っていた。それに耳が長い。
「多分、これかと」と、アイルは自分の耳に触れると彼女は納得いったのか長く嫌味ったらしい溜息を吐いた。
「はあ~。これだから人間は嫌いなんすよ。まあウチも人間スけど、半分は」
「半分?」
何を言っているんだろうか。
「この方はハーフエルフって種族なんですよ」
「ハーフ、エルフ?なんだそれは」
聞いたことがない種族だ。
「ははは、マジすか?ハーフエルフを知らないんすか?いや、まあ……知らないなら知らないでいいんスけどね」
「ふむ……」
「けど兄さん、アンタはちょっと違う感じがするッスね」
「違う感じとはなんですか?」
「ウチは仕事柄色んな奴と出会ってきた。白魔道士として放浪してる時も、此処で働いてる時も」
「何が言いたい?」
「端的に言えば──抜け殻ッスかね。形を生していても中身がない。アンタは一体……何者なんすか?」
「何者か……」
答えが直ぐに出なかった。簡単な自己紹介ですら、曖昧なものが頭を目まぐるしく周り、痛みを運んでくる。見かねたのか、アイルがそっとカルナの背を摩りながら口を開いた。
「この方はカルナ=シュバリエ様です」
「ふうん?勇者と同じ名を持つ者ッスか」
「ただの同姓同名に過ぎない。俺には何も無い。いや……無いと分かったんだ」
「何を分かったんです?」
短く頷き、カルナは今自分が置かれた境遇を話した。
「ふむ。記憶喪失って奴ッスね」
「記憶喪失、ですか?」
「極稀にあるんスよ。精神的ダメージあるいは外傷からなるダメージにより。しかし、これは白魔道士の魔法を持ってしても治るもんじゃないっス」
白衣を捲り、腕を組むワミルは続けて言った。
「けど」
「けど?」
「ウチは医者でもなんでもないッスけど……記憶喪失が仮に精神的ダメージによるものなら──精神的な強い刺激が記憶を呼び覚ますトリガーになるかもしれないッスよ」
「なるほど。なら時々生じる激しい頭痛は、眠っている記憶が刺激されてるのか?」
「そんな感じっすかね」
「そうか。ありがとう」
記憶喪失と言う事が分かったとしても結果、解決策がある訳じゃない。
「あ!!」
「ん?どうしたんすか、アイルちゃん」
「いい事思いついたんですよ!!」
「面白い事、ッスか?」
「はい!」
「カルナさんの記憶を呼び戻す旅にでましょう!!」
その無垢で明るい声音は、カルナに強い衝撃を与えたのだった。