彼女は方向音痴らしい
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「此処は……?」
「目が覚めたのですね。此処はボクの家ですよっ」
「ボクの家? ああそうか……」
朦朧とする意識の中、彼女が助けてくれたのを思い出す。
「あの時は本当にありがとう」
「いえ、いいのです。ボクもたまたま用事があって来てたので」
「用事──もしかして」
自分のせいでこなせなかった。なんて話はまさかと思うが、ないだろうか。そんな不安を乗せた視線を送ると、少女は暖かい笑みを浮かべた。
「いえいえ、しっかりとこなした後なので大丈夫ですよ。なにも心配はいりません」
「それならいいのだけど」
「はい! 所で、名前はなんて言うのですか?ボクはアイル=ルルイエと申しますです」
「アイル=ルルイエ、か」
何処かで聞いた事のあるような、名前だ。何なのだろうか、この既視感は。
「どうかしましたか?」
「あ、いや。なんでもないさ。俺はカルナ。カルナ=シュバリエ」
「カルナさん!? カルナさんなのですね!?」
彼女──アイルの反応には驚いた。目の輝きには希望が溢れ、踊った声には期待が篭っていたからだ。しかも初対面のはずであろうカルナに対し、慣れ親しんだような口振り。反応に困ったのは、ベッドで腰かけるカルナだった。
「えっと……俺を知ってるの?」
「知ってるも何も、シュバリエの名を持つもの。そしてカルナと聞いて、分からない人などこの世界に居ませんよ!!」
「そう、なのか?」
自分は一体何者なのだろうか。目覚めた時から変わらない疑問が、カルナの背を押す。
「俺は一体、何をしたんだ?」
「何をした──のではなく、貴方は世界に平和を齎す勇者様じゃないですか」
「勇者? 俺、が? ──ッ!」
再び襲う痛みに眉を顰め、頭を押さえる。
「大丈夫ですか? いま精神安定魔法を」
「いや、大丈夫だよ。大丈夫」
魔法とは確か、自分の気力と生命力を微量であるが使う物とされている。故に人で使う者は限りなく少なく、逆に長い寿命を持つ者が良く使うとされているのだ。
こんな小さい少女の生命力を何度も使わせる訳にはいかない。
「そう、ですか? それなら薬剤師の元で薬を」
「そんな事までしなくたって」
「させてください!」
食い入るように見詰められては、断るのも難しい。カルナは鼻頭をポリポリとかきながら頷いた。自分もついて行くと言う事を条件に。
「聞いたか? 北の峡谷が崩落だってよ」
「ああ、なんでも悪魔の仕業らしいな」
「しかし、精霊の眠る祠を狙うとわ……いよいよ、此処も危ないんじゃないか」
「それに、峡谷が崩落したんじゃ都へゆくのもかなりの遠回りをしなきゃならねぇ」
薬剤師の元へ行く間、そんな話で街の中は持ち切りだった。北の峡谷がどんな場所か気になり、アイルに訊ねようにも、必死に街の案内地図を見る彼女を邪魔する事は流石に出来ない。
──と言うか、此処は自分の街ではないのか。なんて疑問を押し殺し、地図を指先で触れた。
「俺達は今此処だ。んで、教会がここにあるから、地図の向きはこうだな。──で、薬剤師の店は何処なんだ?」
「えとえと、教会がここで──あ!! こっちです!!」
「そかそか。んじゃあ行こうか」
歩いてて分かったのは、この世界は争いの只中に居るということ。そして、カルナと同姓同名がおり、そっちは勇者と呼ばれる存在らしい。
「勇者……ねえ」
窓に映った自分の容姿を見て、思わず口にすると隣を歩くアイルは小首を傾げた。
「どうしました?」
「いや、なんでもないさ」
──ただ、自分は間違いなく、そんな勇ましい人物出ないと言うこと。
勇者らしい装備もしていない。どちらかと言えば、服は所々破けており、何かから逃げてきたような感じだ。剣や槍といった武装もしていないし。
「ああ! 分かりました! なら帰りにお洋服屋に行きましょう!!」
「え?」
「確かに、いつまでもその格好じゃ恥ずかしいですよね!」
いや、そうだけど──
「そうじゃないよ!」
「遠慮なさらないでください! ボクなら大丈夫ですから」
何が大丈夫だというのだろうか。でも、彼女の笑顔を前にこれ以上の拒みは出来そうにない。運もよく、腰巾着にお金はある。
「それじゃあお願いするよ」
「はい!!」
こうして、カルナとアイルが距離を縮めている頃──崩壊した峡谷の先、都へ続く街道では四人の人物が野営地を設営していた。
「おいおい、これじゃあ」
「そうですわね。この先なんでしょ? 召喚士の居る祠って」
「啓示ではな。だが、どうする?」
「どうするもなにも、シュバリエ……貴方が決めなさいよ。一応はこのパーティのリーダーなんだから」