霞む世界
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高く広い空。手を伸ばしても届く事のないそれを見てカルナが分かったのは、自分が草に包まれ横たわっている事実だけだった。
「俺の名前は……確か……そう、カルナ。カルナ=シュバリエ」
深紅の髪を風に撫でらせながら、自問自答をただひたすらに繰り返した。
全く分からない。自分が何故ここに居るのかも。この地がどこなのかも。大切な何かを託されたような──あるいは大事な覚悟があったような、妙で変な違和感が胸をざわめかせる。
空へと腕を伸ばし手を握り、黙考していると──
「……ッ!?」
頭上から足音が聞こえたカルナは、咄嗟に起き上がるなり振り返る。そこには美女と言うにはまだ早い少女が淡い紫色のワンピースを風に揺らしながら立っていた。肩に掛かる程度の栗色の髪をフワリと踊らせた少女は、優しい笑みをカルナに向ける。
「良かった。意識が戻ったのですね? ビックリしたんですよ~? 光の柱が見えたので近寄って見たら貴方が倒れて居たのですから」
少女の言葉を頼りに記憶を辿る──
「光の……柱?」
が、カルナを襲ったのは頭全体を激しく打付けるような痛みだった。
「はあ……はあ……ッ!!」
「大丈夫ですか!? 今ボクがなんとかしますから」
呼吸は浅く荒くなり、視界は霞み意識は朦朧とする。頭を押え、口の端を噛み締めているとカルナへ翳した少女の小さき手は、翡翠色の光を輝かせた。
「スタビリス」
その発言と同時に、まるで羽毛で全身を覆うかの如く優しく暖かく、翡翠色の光はカルナを包み込んだ。
「今、精神安定魔法を付与しました。なので、もう時期らくになるはずです。ゆっくりゆっくり息を吐いて吸って下さい。大丈夫です、貴方は一人じゃないです。ボクが居ますから」
なんて優しい声音なのだろう。
「あり……が……とう」
「いいですよ。此処はボクが見張っときますから、ゆっくりとお眠りください」
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聖暦四五六年──
英雄カルナを大罪人とし、法国・ファルシアが国を挙げて指名手配を始めてから三年と言う月日が流れていた。だが、彼の所在を知るものは誰一人と見当たらない。白馬に跨り、白銀の鎧を纏った男性は埒の明かない状況をどうにかしようと、大陸で一、二を争う大聖堂・ルクスへと来ていた。
「着いたか。お前達はここで待っていろ」
馬から降りるなり、後方で手網を引く仲間達にめいを下すと大聖堂へ向けて歩き出した。
「進展はあったのか?」
扉を開き、真正面を男性は見据えるとそこには人影が一つ。神・ファフニールの像へ祈祷を捧げている、白い法衣を着た男性へ単調に問うた。
「これはこれはザハル殿、このような場所まで騎士団長直々に御足労いただき、ありがたいですねぇ。進展はまだありません。残念ながら……」
「そなたの見落としではないのか?大司祭・オベロよ」
「御安心を。天使に授けられたこの眼は真実を射止め、嘘を見破る。つまり」
「つまり、今まで見て来たものは過去のカルナを知っていても現在のカルナを見ていないと?」
「そういう事で御座いますなぁ」
「まったく、便利な物を持っているな?大司祭・オベロよ」
「これこそ神の奇跡であり、威光なのですよ。我々が逆らってわならない絶対的な力。崇め讃えるべき存在の力なのです」
ここまで崇拝していると、流石に不気味だ。人は人の子であり神の子ではない。だが、まあ──これだけ狂った思考を持っていれば法王・グラシスを裏切る事はまずないだろう。
「そう、か。まあいい。今日はオベロにみてもらいたい人物を連れてきた。時間はあるか?」
「ありますとも。で、どなたですかな?」
訝しい笑みを浮かべるオベロを前に、ザハルは毅然たる態度で答えた。
「マーリンだ」
「マーリン……ですか? 彼は」
「生きていた。だが、中々に強情でな?二回ほど殺したが口を割らん。そこで」
「わたくしの出番──って事ですな?」
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