赤に魅了された青は微笑みながら騎士になる
【注意】
・この作品はりすこさま原作『婚約者を殺された赤毛の姫は、白髪の魔女になり復讐する』の二次創作になります。
・原作をお読みにならないと判らないことがあります。
・湖の国が存在する完全IF作品です。
・平和な世界であるため、キャラクターたちがある程度崩壊しております。
・黒髪の神様以外は登場しています。
・ライザードとシルフェリアは結婚します。
・妄想、捏造多数です。
以上を踏まえ、それでも許せる方のみご覧ください。
あるところに赤の国と呼ばれる国があった。
国としては幾分閉鎖的な位置にあるのだが、温和で礼儀正しい国民と、はるか昔にサラマンダーという巨大なヒトカゲを倒したという赤毛の英雄の末裔が統べる豊かな国である。
国王は代々赤毛で、一人息子もまた国王そっくりの見事な赤毛と琥珀の目と王妃と同じ魅力的な褐色の肌を持つ青年だった。そして王家にはもう一人、災害で亡くなった王妹の娘がともに暮らしている。赤毛琥珀目のライザード王子と赤毛赤目のシルフェリア姫はたいそう仲が良く、二人そろった姿は王家の象徴として広く国民に受け入れられていた。
ところが最近は二人とともにもう一人、見目麗しい青年が混じるようになった。赤の国に留学してきた隣(といってもいくつか山を越えた先にある)の湖の国の王子ハンスである。
赤の国に対して青の国と呼ばれる大国の王子は目の覚めるような濃紺の髪を一つにまとめ、切れ長の目は髪と異なる涼やかなサファイヤ。身長は赤の王子と同じくらいであるものの体の厚みは彼のほうがあるように見えるが、これに関してはシルフェリア姫が「お兄様は脱いだら凄いのです!!」と発言して問題になったことがある。
そしてかの王子を一言で表すのなら……
「おはよう、ライザード。君のその炎のように美しい髪に思わず触れてしまう私を許してほしい」
王宮内を歩いていると言葉とともに頭に大きな手が乗せられ、指が手触りを楽しむように髪に差し込まれたライザードは犯人に怒鳴りつけた。
「ふざけるな」
振り返って睨めば、憎たらしいほどに爽やかな笑みを浮かべた青の国のハンスの姿が。
「仕方がないじゃないか。シルフェリア姫に触れるわけにもいかないだろう?」
「当たり前だ。貴様は『まだ』シルフェリアの婚約者『候補』でしかないんだからな」
「あははは! 相変わらず君はシルフェリア姫が好きだな。私はそんな君の赤い髪も彼女に劣らず魅力的だと思うよ」
隣国の王子は重度の赤毛フェチだった。
王族の中でもこれほど見事な赤毛は国王とライザード、シルフェリアしかおらず、亡くなった王妹ですら赤茶色である。ハンスは一度目にした国王の赤毛に惹かれて留学しに来たという変わり者であり、ライザードとシルフェリアに出会って運命だと付きまとっているのだ。
「俺の髪よりシルフェリアのほうがずっと美しいだろう」
赤毛赤目の初代王の正妃の再来。錬金術の天才。亡き美貌の王妹の遺児。シルフェリアの二つ名だ。
武勲を立てて作った国らしく血族男子だけが後継として認められるのでなければ、次期女王として名が挙がっていたかもしれないくらい、彼女は何においても優秀だった。
「そんなことはないよ。ライザードの赤い髪も私は好きだよ」
柔らかく微笑みながらの賛辞に、お世辞だと知りつつ羞恥を覚えてしまうのはどうしてだろう。かすかに頬を染めて視線を逸らす青年をトロリと溶けるように甘く見つめるハンス。大きな手が持ち上がり、ライザードの頬と薄い唇に触れる直前。
「ちょっと!! ハンス様! お兄様を誑かさないで!!」
割り込んできたシルフェリアに青の王子は恭しく礼をとった。
「ごきげんよう、シルフェリア姫。ライザードが誑かされているように見えましたか? そうだとしたら私の努力も無駄ではなかったということですね」
にこにこと機嫌よく笑う男は姫の手を取りその甲に口づける。青い美青年が赤の少女にあいさつする姿に、周囲にいた人々から羨むようなため息が漏れた。
「そして貴女はますます美しさに磨きがかかっているね。まぶしいくらいだよ。姫を捕まえようとする私を含めた男たちは目がくらんで大変だ」
握ったシルフェリアの手を放しもせず口説くハンスは、並んだ兄妹を見てうっとりとつぶやく。
「うん、二人が並んだ姿も麗しいね。私が並ぶよりも絵になるな」
すでに青年といえる年齢の王子だ。欲を含んだ視線からシルフェリアを守るために、しっかりと握られた手を引っこ抜くとライザードは小柄な体を背後に引き入れた。
「お兄様」
信頼しきった小さな声が聞こえて安心させるように握った手にかすかに力を籠めると、シルフェリアに向けていた欲をそのままこちらに向けてくる隣国の王子に笑いかける。
「私たちはお似合いだろう? 父もシルフェリアの夫はどちらでもいいと言ってくださっている。いい加減に負けを認めて諦めたらどうだ」
たとえ同盟国であろうとも、学友であった気安さがあったとしても、一国の王子に向けていい言葉ではないのだが。
「それ、本当?」
ライザードの言葉を聞いてハンスは目を輝かせて迫ってくる。
「何が」
「国王陛下が私たちのどちらでもいいと言ってくださっているんだね? 他の婚約者候補は?」
「お前が全部追い払ったんだろうが!!」
シルフェリアの婚約者候補で対立する赤と青の王子の姿はハンスがこの国に来た時からのイベントのようになっていたから、ライザードが大声を上げようとも護衛たちも城勤めの人間も慣れた様子で見守っていた。
「あのしつこかった黒髪は?」
「帰ったよ。お前なぁ、相手も他国の王子だぞ」
「え? 山岳地帯の小国だよ? ライザードはそんな遠くにシルフェリア姫を嫁がせたいの?」
「わたくしはお兄様に嫁ぐのです!」
そう言ってライザードの腕をぎゅっと抱きしめるシルフェリア。顔を赤くしてうろたえるライザードは意識外から延ばされた大きな手であごをすくわれると、無駄に整った赤毛フェチの男の顔を見上げる。
「私の望みは君たちが幸せになることだ。それが私との婚姻にないのであれば、私は潔く身を引こう」
「は?」
呆けるライザードから今度はシルフェリアに視線を移し、ハンスは跪いて愛しい者を見つめるように綻んだ笑顔を向けた。
「シルフェリア姫。私は貴女を愛しております。建国記念祭の式典でバルコニーに立って手を振っていらっしゃった貴女はとても幸せそうで、その笑顔を私にも向けてほしいと思いました。けれど貴女がその笑顔を向けるのはライザードだけ。それならば私はその笑顔を守るために私のできることをしようと思います」
「ハンスさま?」
いつもよりおとなしいハンスに首をかしげるシルフェリア。
「どうか指先への口づけを許可していただけませんでしょうか」
すっと差し出された手は普段なら剣を持つ武骨さを隠すように白手袋に覆われているが、今は男らしい節くれだった手がシルフェリアの手を乞うように向けられていた。
戸惑うシルフェリア。その白い頬は薄く染まり、可憐な唇は言葉を紡ごうと小さく動いていて、真紅の目が助けを求めるようにライザードを見上げる。いつにない真剣な青の王子の様子に男の覚悟を感じ取ったライザードは、小さくうなずいてシルフェリアの華奢な体をそっと押した。
兄に促されて小さな手をそっと差し伸べると、触れた皮膚の熱さにピクリと体を震わせる。長いまつげを伏せて爪の先へと口づけたハンスは満足そうに笑うと立ち上がって優雅に礼をとった。
「しばらくお別れです。ライザード、シルフェリア姫。また会いましょう」
そういうと引き留める間もいなく踵を返していく。
声もなく見送っていた二人はしばらくして顔を見合わせると微笑みあった。
「お兄様をハンス様にとられるかと思いました」
「それは逆だろう。シルフェリアだってあれだけ熱烈に口説かれれば少しは気になったんじゃないか?」
「わたくしは口のうまい男性は好きではありません。たとえ言葉が少なくても常に暖かく見守ってくださり、時には手を引いて、寂しい時には抱きしめてくれるライザードが大好きです」
「お前がこの城に来た時からずっと愛しているよ。俺の姫」
三か月後。
「ハンス。どういうつもりだ」
ライザードは急遽来国した青の国の国王とシルフェリアを諦めて帰ったはずの男を見た。
国賓を迎える豪華な応接室には赤の国の国王と王妃、青の国の国王と側近二名、そしてライザードとハンスが座っていた。護衛騎士はそれぞれ壁際に立ち、侍女侍従たちはすでに部屋を退室している。
緊張感の漂う室内で、赤の王と王妃と王子は困惑を、青の王と側近たちはあきらめを、そして元凶であるハンスはとても機嫌よく説明を始めた。
「シルフェリア姫の婚約者候補が私とライザード王子だけになった時点で諦めて国に帰ろうとしたんだよ。でもせっかく赤の国に来たのだから国宝で伝説のサラマンダーの鎧と対の剣を見たいと思ってね。鎧は宝物庫にしまわれていてめったに見られないと聞いていたから、岩に刺さって誰にも抜けないという剣だけでも見ておこうと訪れたら、抜けちゃった」
まるで畑から野菜を引っこ抜いてきたような軽さで腰に差していた剣をテーブルに置く青の王子。透き通った傷一つない深紅の刀身と長年の劣化によるくすみが浮かぶ鍔から握りに無造作にまかれた皮が本物だと人々に知らしめる。
「それで誰にも見られていないし戻しておけばいいかなと思って刺して帰国してたら、いつの間にか部屋にあってさ。他国の国宝だし、手放せないし、かといって青の国に置いておくわけにもいかないから、私が王籍を抜けて剣と一緒にこの国に雇ってもらおうと……」
「バカ息子が本当に申し訳ない!」
青の王が頭を下げた。享楽的で強引なところはあるが曲がったことが嫌いな人物だ。息子が他国の国宝を持ち帰ったと知ったときは王城の外にまで響く怒鳴り声をあげたらしい。
「我々も何度か対の剣を手放せないかと試してみたのだが、どんな原理なのか必ず息子のもとに帰ってきてしまう。我が妃は精霊王の娘だが、彼らの力を借りても炎の剣ゆえに封じ込めることはできなかった」
「いや、我々も消えた時点から対の剣を探してはいたのだが、なにぶん伝説の剣であること以外になにも判らぬのだ。サラマンダーを狩った初代王の王妃が鍛えたとも作ったとも言われていて、鎧を守るために対であるという言い伝えしか残っておらぬ。青の王子が引き抜いたのは偶然の可能性もある」
両国の国王が頭を抱えながら情報をすり合わせるが、一向に解決策は見つけられない。
「我が国としては岩に刺さっていた対の剣は選ばれし者以外に自由にできるものではないと思っている。剣が青の王子を選んだのなら、しばらくハンス王子に託したい。だから王籍を抜ける必要はないのではいか?」
「お言葉ですが」
今までおとなしくお茶の飲んでいたハンスが笑みを消して赤の王を見た。
「今、この剣が抜けたのには意味があるのではないでしょうか。剣は鎧を守り、鎧は王を守る。抜けてしまった以上、この剣は王のそばにあるべきです。そして私がライザード王子のこともシルフェリア姫のことも守りたいと思っているからこそ、この剣は私に抜けたのではないでしょうか」
妙に説得力のある言葉に二人の為政者は揃って黙り込む。混乱したままのライザードは真剣な表情のハンスを見つめた。
「私の兄弟は数が多く、特にすぐ下の弟は統べる者として優秀で、私のように大事なものにこだわらずにすべての民を等しく思うことのできる王に相応しい男です。私が王籍を抜けたからと言って国が良くなることはあっても悪くなることはないのですよ。ですからどうか――」
ここでハンスはライザードに強いまなざしを向ける。視線が奪われて鼓動が早くなり、握った手に汗をかいて呼吸もままならなくなったライザードの耳に、今までの穏やかさが鳴りを潜め一国の王子として生きてきた気高さと尊厳を表に出した男の力強い声が響いた。
「私をライザード王子殿下の守護騎士に。この剣が私の手にある限り、殿下をお守りいたします」
「お前、狙ってやったわけじゃないよな」
すったもんだの末、両国国王はハンスの言い分に許可をだした。
王子をいいのか?と心配する赤の王に、青の王がアレを王にしたら国中から赤毛の民を集めてハーレムを作りそうだったからいい、と言ったらしい。
「狙ってこの剣は抜けないでしょう」
疑うライザードに自分でもこれはないと思っているのか苦笑いをこぼす青の王子。
守護騎士という誰よりも王族の近くに侍り、常に行動を共にすることになった二人にシルフェリアは頬を膨らませて抗議する。
「ライザードはわたくしと結婚するのよ。ハンス様、手を出さないで下さいね」
「もちろんですよ。お二人が並び立つ姿を見るのが私の幸せですから」
「シルフェリアにも手を出すなよ。あと口説くな」
「人妻は魅力的だけど、君たち二人が幸せであることが一番だからね」
「あら、ハンス様って初物好きだと思っていたわ」
「シルフェリア。初物とか、そんな言葉どこから……」
「え? 王妃様」
「ははうえぇ」
うなだれるライザードと笑うシルフェリア。それをすぐそばで穏やかに見守るハンス。
三人の姿はとても幸せそうだった。
(おまけ)
庭園で笑いあう三人の若者を見下ろしながら赤の国王はポツリとつぶやく。
「シルフェリアがハンス王子を選んでいたら、紫色の髪の孫ができただろうか」
それは本当に小さな思い付きだったのだろう。意識せずにこぼれた言葉だ。
隣にいた王妃は肩を抱かれながら小さく笑う。
「その理屈からいえばライザードの髪はピンクね」
白の民出身の王妃は白銀の髪に赤い目を持つ褐色の肌の美女で、赤の王がその瞳に惚れて口説いたらしい。
「それに……」
赤の王が王妃の赤い目に捕らわれたように、王妃もまた王の赤に捕らわれていると知る者はいるのだろうか。
「それはひ孫になれば判るのではないかしら」
「ははは、気が早いな」
面白い冗談だと笑う王とともに窓から離れながら、王妃の妖艶な赤い目が青騎士の青年を見て笑う。
「そうね。あの子たちの子供は『赤毛』でしょうから、きっとハンス王子のお眼鏡にかなうわ。幼いころからそばにいて、親愛と愛情を溢れるほど注がれたら年の差なんて関係ないもの」
ハンスは青の国の王子だったのだ。王族と婚姻するのにこれ以上確かな血筋はないし、多少の年の差は政略結婚ならばいくらでもある話である。
こんなことを国王に話したら悩みすぎて髪が薄くなってしまう可能性があるからと、王妃はそっと胸に秘めて窓を閉めたのだった。
素敵なお話を書いてくださったりすこさまに捧げます。
二次創作の許可を快く出してくださりありがとうございました。
どうでもいいが小説投稿時のあらすじに使われている「この作品は「N2552GH」の二次創作です。作者より許可を頂いています。」は、あらすじ入力後に張り付け必須になっている。
ちょっとあっさりしすぎだよと前の時も思ったので、今回は自分で書いてみた。
大事なことだから二回言ってもいいよね?w