十二歳、夏至祭と波乱の夏 2
夏至祭当日。
夜明け前、中庭の木の下に座るグレースは膝の上に本を広げ、憂鬱な溜め息を漏らす。
今日は年に一度の唯一の休暇だというのに、騒がしく過ごさなければならない。
もしかしら、ドロテアが道化師や踊り子を呼ぶことを許可しないかもと、一抹の望むに賭けてみたものの、あっさりと許可は下りた。
ならば人がいないこの時間に本を読んでやろうとランプを下げて来た次第だ。
が、何もここまでむきになる必要はなかったのではないかと何だか情けなくなった。
寝所に帰ろう……
グレースは本を閉じて、立ち上がった。
「グレース」
背後から聞きなれた声が自分を呼ぶ。
そんな、まさかと思ったグレースは驚き、振り返った。
新雪のように白い髪に少しばかり鋭さを増した切れ長の淡くて青い綺麗な瞳。
「……スノウ!」
グレースの視界に飛び込んできたのは、紛れもないスノウの姿だった。
グレースとスノウはあの冬の日以来、会っていない。
騎士見習いのスノウは基本的に王城務めで、魔石殿には滅多にやってこないのだ。
なので、二人はこっそりと手紙のやり取りを行った。
最初はどうやって手紙を送ろかと考えていたが、すぐに聖女候補の試験の時のことをグレースは思い出した。
紙に文章を書いた後、魔力を込めて折った小鳥を彼のいる場所まで飛ばそう。
それと、文字は砂糖水で書いて見えないようにしておくのも忘れてはならない。
こうしておけば、万が一に誰かに拾われてもただの紙屑と判断され、最悪捨てられるだけで済む。
グレースはすぐに実行に移し、スノウからの返事を待った。
スノウには別れ際に、もしも部屋に白紙の手紙が来た時はローソクの火で炙ってくれとお願いしていたので不安はない。
次の日の朝、スノウからも同じ方法で手紙が届いた。
こうして二人の文通は始まり、今日まで続いている。
あまり頻繁に飛ばしすぎると怪しまれる可能性もあるので、月に一回程度の頻度で小鳥は寝所から飛んだ。
取り留めのない話題から騎士団での任務、魔石殿での出来事、王城でのちょっとした笑い話―――
話題は尽きることなく、いつだってグレースはスノウからの返事を待ちわびた。
それが今はこうして会えたのだ。
嬉しい、嬉しいにきまっている。
だけど―――
最後に会った時よりも高くなった身長と少し大人びた雰囲気を纏うスノウを見た瞬間、グレースはたちまち緊張してしまった。
スノウに会ったら話したいことが沢山あったのに、言葉が喉の奥につっかえているみたいに出なくなる。
グレースはそんな緊張がバレないよう、なるべく澄ました態度を装った。
「魔石殿に来てるなんて、知らなかった。手紙にも書いてなかったから…」
「ごめん、急に決まったんだ。王子が夏至祭を魔石殿で過ごすって言いだしたから駆り出された」
ああ、なるほど。
と、グレースは納得した。
エイデンは盛大に魔石殿で夏至祭を開催するらしい。
実際に彼の我儘は騎士団にまで及び、王城に務める見習いまで駆り出している。
「知ってるわ。道化師や踊り子をここへ呼ぶらしいの。私は休暇をいただいたから、騒がしくなる前に本を読もうと中庭に来たの」
「こんな時間に本?」
「ええ、これがあるから平気よ」
不思議そうにするスノウにグレースはニッコリと笑い、手に持っていたランプを揺らす。
それを見たスノウは納得したように頷いて、くっくと喉を鳴らして笑った。
「何か面白いことでも言った……?」
「いいや、グレースらしいなと思ったんだよ。そういえば、手紙でおすすめしてくれた本。王子が冒険する話、あれは特に面白かった」
スノウ、あの本読んでくれたんだ!
グレースは喜びのあまり、声を上げる。
「そうなの、私の一番好きな本よ! 特に燃えるように赤い湖に雲の高原、魔石で出来た洞窟のシーンは……」
一度、お気に入りの本につて口火を切ったグレースは止まらなかった。
最初に感じた緊張も忘れ、いつの間にかにスノウとのお喋りを楽しんだ。
そこから時間はあっという間に過ぎ―――
夜が明け、起床の鐘が高らかに鳴る。
「もうそんな時間か…」
スノウが名残惜しそうに呟いたので、グレースもこの楽しい時間に終わりが来たことを悟った。
「そうね…次は……」
いつ会える?
この言葉はグレースの願望だった。
しかし、スノウを困らせるだけの言葉であることも同時に理解する。
グレースはそこまで出かけた言葉を必死に飲み込み、言い換えた。
「次は、手紙の中で話しましょ?」
本当は毎日でも顔を見てお話したのに、環境がそれを許さない。
スノウもそれを分かってか、絶対に次の逢瀬の話をしなかった。
「今日はありがとう、会えて嬉しかったわ……そう言えば、スノウは鍛錬のためにここへ来たの?」
別れ際になんとなく、ふと気になった疑問を投げかけてみる。
最初に出会った時も鍛錬をしに来たと言っていたので、ひょっとしてまた邪魔をしてしまったのではないかとグレースは思っていた。
彼をすっかり引き留めて話し込んでしまったのだ。
もし、そうならば謝る必要がる。
グレースは多少の罪悪感を覚悟した。
しかし、スノウの返答はグレースの胸を大きく高鳴らせることになる。
「いいや、鍛錬のためじゃない。グレース、俺はお前に会いに来たんだ。なんとなく、この場所に来れば会える気がした」
「……私、に…?」
照れたように頷くスノウ。
グレースは硬直して言葉が紡げなくなってしまった。
木を彩る緑の葉っぱが風でかさかさ鳴る。
胸の早鐘がトクトク鳴って、カッと頬が熱くなった。
嬉しいのに恥ずかしい、逃げ出したいけどずっとここに居たい。
反側する感情がせめぎ合って、グレースを戸惑わせる。
スノウのグレースを見つめる真っすぐな瞳は吸い込まれそうで、何か言葉を紡ごうにも、何を言えばいいか分からなくなってしまう。
「グレース」
名前を呼ばれた瞬間、一際大きく胸が高鳴った。
と、同時にスノウの手がグレースに伸びて来て―――
グレースは反射的に目を瞑る。
「もう取れたから、安心していい。目を開けても大丈夫だ」
「……えっ…?」
間の抜けた返事をしたグレースは何が起きたのか理解できず、恐る恐る目を開けた。
「……これ、葉っぱ…?」
「ああ、髪についてた。さっき風が吹いたからその時に落ちてきたみたいだ」
スノウの手には確かに、深い緑の葉っぱがしっかりと握られていた。
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