十二歳、夏至祭と波乱の夏 1
グレースは十二歳の夏を迎える。
魔石殿での生活にもすっかり慣れ、魔法の扱いだって去年よりもずっと上手くなった。
今日も鍛錬が終わり、食堂に集まる。
アイラとミルフィーユも席に着いて、お祈りが始まった。
粛々と進むお祈りは随分と短い。
あの日、マルチナが居なくなった次の日からアイラはお祈りをサボってパンを食べなくなった。
トイレにだってグレースを伴わず、一人で行いっているようだ。
甘えたの性格のアイラは誰にも甘えなくなった。
グレースはそれをほんのちょっぴり寂しく思いながらも、アイラの成長を喜んだ。
ミルフィーユは相変わらず意地悪で、最近は第一王子のエイデンと知り合いになったとはしゃいでいる。
アビスモラ王国のエイデンは今年で十四歳で、流れるよう金色の髪に翡翠色の鮮やかな瞳を持つ見目麗しい人物らしい。
ミルフィーユが熱っぽく語っていた。
「もうすぐ夏至祭ね。グレースは夏至祭のお休みはどうやって過ごす?」
うきうきした様子で訪ねてくるアイラ。
アイラの言う通り、年に一度の夏至祭がもうすぐ開催される。
基本的に聖女候補に休暇はないが、夏至祭の日だけは例外的に休暇が与えられ、魔石殿の中だけに限り自分が好きなように過ごすことが認められた。
一昨年はひたすら書庫に籠って本を読みふけり、去年は部屋に籠ってお気に入り本を読み漁る。
気が付けば、本ばかり読んでいた。
不健康だ。
あまり室内に籠ってばかりいるのは、よろしくない。
したがって―――
「今年は中庭で本を読もうかしら?」
グレースの返答にアイラが呆れたよう視線を送る。
「グレースってば、それじゃ毎年変わらないじゃない」
「そうは言うけど、私たちは魔石殿から出ることを許されないわ。夏至祭の当日は王城だけが華やかで、ここは静かなままよ?」
そうなのだ。
王城は大道芸人に踊り子、世にも珍しい魔物なんかを見物出来て、かなり豪華で活気に溢れていると聞き及ぶ。
けれど、魔石殿は宴を催す場所ではないので当日は皆が出払い、普段よりも静かなものだ。
騒がしくないので、グレースにとって読書を行うのには丁度良い環境でもあった。
「大丈夫、あたしにいい考えがあるの」
アイラは毎年、どうにかこうにか自分なりに夏至祭を楽しもうと試行錯誤している。
一昨年は大量の花を摘んできて寝所に飾ったった挙句、花に寄ってきた虫に全身を刺され、去年はケーキを作ろうと、キッチンに忍び込み戻ってきたコックに見つかり叱られた。
なので、このアイラの考えはろくなことにならない。
本人には悪いが、遠慮させて貰おう。
グレースが内容を聞かずに断りを入れようと、話を切り出そうとした時だ。
ミルフィーユがわざとらしい猫なで声を上げた。
「そんな話よりも、今日もエイデン王子が魔石殿にいらっしゃったの。ご存知かしら?」
ふわふわのピンクブロンドの髪を撫でながら彼女は勝ち誇ったような表情をする。
またか。
グレースはげんなりした。
ミルフィーユは最近、夕食の時間になるとエイデンの話ばかりする。
王子が、エイデン様は、とミルフィーユのエイデン美談は日に日に増えていった。
ミルフィーとエイデンの出会いは、一ヶ月前。
前から噂になるほどの美貌を持つミルフィーユに興味を持ったエイデンが魔石殿に現れたのが始まりだ。
エイデンはミルフィーユを直ぐに気に入り、頻繁に魔石殿を訪れるようになった。
姿こそ見たことはないが、ミルフィーユがこうも毎日語るものだから嫌でも訪れた日を知ってしまう。
「エイデン様ってば、この国で私が一番美しくて可憐だとおっしゃったの! 貴方の前では花もかすむ…ですって!? ねぇ、私ってそんなに美しい?」
「そうね。そう思うわ」
「うんうん。あたしもそう思うよぉ」
「やっぱり? そうよねぇ!? エイデン様が言うんですもの、間違いなんてあるはずないわっ!」
グレースはミルフィーユの機嫌を損ねないように、適当な相槌を打ってやり過ごす。
最初は文句を言っていたアイラも、ミルフィーユの意地悪に耐え兼ねたのだろう、同じく相槌を打つようになった。
高飛車な声で笑うミルフィーユに美しさも品も感じない。
思わず溜め息が出そうになるのを必死で飲み込んだ。
しかし、ミルフィーユの次の発言でグレースは凍り付くことになる。
「夏至祭の日、私が魔石殿から出られないって言ったら、エイデン様ってば会いに来てくださるとおっしゃたの。道化師や踊り子を連れて来て下さるんですって!」
嘘でしょ……
グレースは持っていたスプーンを落としそうになるくらいに動揺した。
夏至祭の日にエイデンが来れば、ここは例年にないぐらい賑やかな場所となるだろう。
しかし、それはグレースにとって、中庭での読書が夢と消えたことを意味した。
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