十一歳、出会いと悲しみの冬 5
「ここは聖女ドロテア様が治める魔石殿の中庭です。何用があって、この場にお出でですか」
グレースは立ち上がり、返答次第では大人の所へ駆け込む準備をする。
幸いなことに相手が一歩下がってくれたので、逃げる余地が出来た。
警戒心丸出しのグレースは次の相手の反応を待つ。
「魔石殿へは、騎士団長と他騎士数名と参りました。私は魔石殿の巡回を仰せ使っており、この場にいる次第です」
「……そうですか。巡回の時間にしては、早すぎる気がしますが?」
こんなに早朝から巡回する者をグレースは見たことがなかった。
本当に巡回をするように言われたのか。
さらに疑念の視線を向けていると、膝を着いたままスノウが言葉を続ける。
「聖女候補様は私がこのような早朝から巡回を本当に仰せ使ったのか、怪しんでいるのですね。確かに、私の勤務時間はもう少し先です。今は休憩時間なので、この場へは鍛錬に励もうと参りました。なので……」
スノウは言い終わらないうちに立ち上がり、一歩グレースに近づく。
「お前に疑われる筋合いはない。俺が嫌ならこの場を立ち去ればいい」
思いがけない厳し口調に後ずさったグレースの背中が、トンっと木の肌に当たった。
彼の方が少しばかり身長が高いのもあって、見下ろされる形になり威圧感を感じる。
宝石みたいに綺麗だと思った淡くて青い瞳が鋭さを増し、恐いと思わせるほどグレースを捉えた。
「お、おやめくださぃ……」
絞り出すみたく出たか弱い声がグレースの羞恥心を煽り、無意識に頬が熱くなる。
異性とこんなに近くから視線を合わせたこともなければ、言葉を交わしたこともない。
つまり、慣れていないのだ。
先ほどまでの気丈に振舞っていた強気な態度は消え去り、弱々しく瞳に涙を浮かべる。
途端にスノウの瞳に焦りの色が窺え―――
「…え、あれ……?」
まさかグレースが泣き出すとは思っていなかったらしく、スノウは面食らった様子で飛び退いた。
「悪い、恐がらせるつもりじゃなかった。偉く強気だったから、これくらい平気なのかと……」
真っ赤になった顔を抑えながらその場にへたり込むグレースを見て、スノウもばつが悪そうに頭を掻く。
出会ったばかりの人に自分の痴態を見られたような気がして、グレースは逃げ出したい気持ちでいっぱいになる。
けれど、疑った挙句に何も言わずに逃げ出すのは無礼千万だ。
もちろんグレースだってそんな風に両親に育てられていない。
グレースは賢明に心を落ち着かせると、小さな声で呟くように言った。
「いいえ、スノウ様。私も疑ってしまい、申し訳ございません…」
半泣き状態の自分の顔は真っ赤で、さぞみっともないだろう。
笑われたって仕方がない。
そういう風にグレースは覚悟していたのだが、スノウは少し困ったような表情を浮べると隣に腰を下ろした。
「……あの、スノウ様?」
隣で揺れるスノウの白雪のような白い髪。
なぜ隣に座ったのか、グレースが理解できずに困惑していると……
ぶっきらぼうな声が聞こえた。
「お前は、悪くない。俺がお前の気持ちを考えないで、無礼な声のかけ方をしたのがいけなかった。改めて詫びる、ごめん…」
そう言ったスノウの横顔は心なしか赤いようにも見える。
最初は怪しい人だと思ったが、謝ってくれたし誠実な人みたいだ。
グレースは少しだけ安心する。
「いいえ、大丈夫です。私の方こそ……あなたの鍛錬の邪魔をしてしまいました。ごめんなさい」
中庭に来たのも鍛錬に来たと言っていたので、剣を振る予定だったのかもしれない。
今からでも鍛錬をと言おうとしたが、彼の赤い衣装の腕の部分が刃物で切られたように裂け、血が滲んでいるのを発見した。
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