十一歳、出会いと悲しみの冬 3
次の日、グレースはすっかり寝不足になっていた。
昨晩アイラのトイレに付き添い、中庭で遊んだのが原因だ。
遊びに夢中になりすぎたアイラは寸前の所で尿意を思い出しトイレに駆け込み事なきを得た。
中庭の巡回に出くわさなかったのは幸運と言えるだろう。
寝所の窓から日が差し込むと朝を認識した体は自然と目覚めてしまう。
そのため起床の鐘が鳴る前に嫌でも目が覚める。
グレースは自分の習慣を呪いながらも、顔を洗いに井戸へ向かった。
井戸は寝所を出てすぐの場所にあり、外に行く必要がない。
だからといって、井戸水は当然冷たいので身に堪える。
桶を井戸に落として水をくみ上げ、手早く顔を洗う。
冷たい水は寝ぼけたグレースの頭を冴えさせるのには丁度良かった。
顔を洗い終わる頃にはすっかり目が覚め、起床の鐘が鳴る音を聞きながら寝所に戻る。
今日は寒さはあるが天気がいい。
せっかくなので中庭を散歩してから戻ろうかしらと、吹き抜けの廊下の方に向かった時だった。
見知ったピンクブロンドの髪が向かいから歩いてくるのが見える。
ミルフィーユだ。
咄嗟にグレースの体が強張る。
これが物陰だったら踵を返したのだが、相手にも自分の姿を目視されているだろう。
そんな怪しい真似はできない。
仕方なく、ミルフィーユのいる方角に歩くグレースはどうか何も起きませんようにと心の中で神に祈りを捧げた。
すれ違うミルフィーユは挨拶もせずに通りすぎていく。
人気がないので、彼女は本来の傲慢な性格で接しているのだろう。
グレースは一安心した。
しかし、ミルフィーユが早起きをするなんて珍しい日もある。
いつもの彼女なら、一番最後に起きてくるはずだが……何か用事でもあったのだろうか。
そういえば、すれ違いざまのミルフィーユは腕に赤い液体の入った硝子の小瓶を大事そうに抱えていた。
見慣れない小瓶だった。
まぁ、ミルフィーユのことなんて気にしても仕方がない。
グレースはさっさと嫌なミルフィーユのことなど忘れようと中庭を目指した。
◆◆◆
三日後、四人は聖女ドロテアの待つ魔石殿の広間に呼ばれる。
突然の呼び出しに動揺する四人を前にドロテアは言った。
「今から試験を行います。皆、存分に鍛錬の成果を発揮してください。なお、最下位だった者はこの魔石殿を去ってもらいます」
ドロテアの言葉に四人は驚愕する。
この中から聖女になれるのは一人だけだと皆候補になる時に聞かされているのだが、一人ずつ去ることになるなどとは思いもしなかった。
それも事前告知なしの抜き打ちだ、動揺するのも無理はない。
試験は有無もなく開始され、グレースたち四人には一人一枚の紙が配れた。
その後、聖女より試験の説明を受ける。
内容は単純なもので、配られた紙に魔力を込め、折って小鳥を作る。
その小鳥を飛ばし、最初に落ちた者が脱落するというものだ。
グレースはできる限りの魔力を注ぎ、小鳥を飛ばす。
四羽の紙の小鳥は元気よく飛び回り、試験は実に八時間続き―――
結果、一番最初に落ちたのはマルチナの飛ばした小鳥だった。
唇をわなわな震わせながら、泣き崩れるマルチナ。
グレースもアイラも自分たちは勝利したというのに、涙を堪えることが出来なかった。
「結果が出たようですね」
ドロテアの声が無情にも広間に響く。
「お、お待ちください……」
マルチナはすがるような声をあげる。
もはやいつもの彼女から感じる気丈さはどこにもない。
あるのはか弱く、非力な少女の姿だけだ。
「なんですか。マルチナ、発言を許した覚えはありませんよ」
厳しい声色のドロテアにマルチナはひれ伏して、地面に頭を着け懇願する。
「お願いでございます…どうか、どうか…お慈悲を、今一度の機会をわたくしにっ」
「なりません。あなたは今より聖女候補ではなくなりました。すぐに荷物をまとめなさい」
「………っ!?」
ドロテアの表情は変わらなかった。
意思も変わらなかった。
マルチナの懇願は拒否され、彼女は聖女候補ではなくなり、すぐに魔石殿を追い出された。
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