十二歳、夏至祭と波乱の夏 16
巨大蜘蛛の体が瞬く間に灰と化して晴天の空に舞い上がる。
スノウを貫いた足もパラパラと原型を失い消滅した。
彼の体がぐらりと倒れ込む。
悲鳴を上げるよりも早く、足が無意識に立ち上がり、自分を庇ったスノウの元へ向かう。
踏み出す足が鉛のように重い。
まるで己の体の一部ではないと主張しているかようだ。
それでも、グレースは歯を食いしばって蜘蛛の足から離れたスノウの体を受け止めた。
おびただしい量の血がグレースの白い衣装に赤い染みを作ったが、関係ない。
膝に頭を乗せ、スノウを仰向けに寝かせると、ほんの僅かに息があるのを確認した。
グレースはすぐさま傷口に手をかざし回復魔法の準備をする。
詠唱なんてしている暇はない。
さっきみたく、もう一度、生命エネルギーを変化し魔力を具現化させればいい。
精神を集中させ、全身から力をかき集める。
しかし、かざした掌から光が生まれることはなかった。
「どうして……」
グレースは諦めない。
詠唱が必要なのだ、次は、次こそはっ―――
と、無我夢中で回復魔法をかけようとした。
「……癒しよ」
それでも、光は発生しなかった。
「なん、で……こんなの…」
はやく、はやくと気持ちは急くのに頭の片隅では、もう彼を救えないのだと声がした。
もはや自分の体の中に生命エネルギーを魔力に変換する力さえも残されていないのだと思い知る。
「……グ…レース…」
消え入りそうな細い声が鼓膜を叩き、急ぎ、彼の顔を見た。
生気を失った肌は青白く、淡く青い瞳からは光が消えかけている。
グレースの胸の内は張り裂け、黒い瞳から大粒の感情が溢れ出す。
名前を呼び返して、せめて彼を安心させたい。
なのに、堰を切った感情は喉を凍りつかせ、嗚咽以外を許さなかった。
ここで声を上げて泣けば、ますますスノウを不安にさせてしまう。
グレースはなるべく嗚咽が漏れないように唇を引き結び、静々と泣いた。
「……泣くな…お前を…守るまで…」
もう喋らないで、お願いだから。
そう心の中で訴えることしか出来ない自分が憎い。
肩が震えて、涙が頬を伝う量が増す。
スノウが必死に言葉を紡ごうと息を吐き出し―――
「……俺は…」
唇が最後まで言い切らないうちに動かなくなった。
いつだって大事なものはグレースの手をすり抜けて、いくら追いかけても届かない場所へと行ってしまう。
グレースは瞬きも忘れて、唇が切れるのも構わず嚙みしめる。
スノウが死んだという受け入れきれない事実。
悔やんでも悔やみきれない後悔。
耐え難い悲しみ。
無力な自分への怒り。
それらに押し潰された心は一切の感情を感覚を拒絶した。
唇が切れたのに痛くない、血が口内に広がって、鉄の味がするはずなのに味がしない、声が出ない、音が聞こえない。
意識が空白に埋め尽くされ、目に前が真っ白に変化する。
夢ならば覚めて欲しい。
そうしたら、泣いて笑えるのに―――
白に浸食された意識は、そこで途切れた。
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