十二歳、夏至祭と波乱の夏 15
風となって再び蜘蛛と対峙したスノウは、鮮やかな斬撃を繰り出して注意を引く。
勿論、障壁によって斬撃は弾かれるのだが、攻撃が目的ではないので気にせずステップを踏み、周辺を飛び回った。
その動きは疾風怒濤とも言える勢いで、とても大怪我を負っているとは思えないほどだ。
しかし、現実には裂けた脇腹から血が滴っており、経過する時間は容赦なく、確実に彼の生命を蝕む。
もはやグレースに思考する時間は残されていない。
スノウが最後に言ってくれた言葉が頭の中で木霊する。
『お前を信じてる……』
命を削りながら、自分を守るスノウをグレースも守りたいと思った。
強く、心から、本気で……だけど―――
もしかしなくても、残存する魔力では足りないことは明白。
「だから―――」
グレースの体から震えが消える。
一度は覚悟を決め、折れかけていた心。
それが強固な意思によって、再生していく。
地面についた膝を伸ばし、立ち上がり、迷いのない強靭な眼差し向け、呟く。
「私も命を賭けるね」
グレースは強大な敵へと手をかざし、背後に大きな一本の光の槍が出現させる。
今のグレースに詠唱など必要なく、一秒でも時間が惜しい。
全身全霊で集中して魔力を具現化させ、凝縮するのみ。
魔力が底をつくのを感じたが、足りない分は補えばいい。
グレースはさらに集中して自らの生命エネルギーを魔力に変換させる。
眩暈、頭痛、吐き気に耳鳴り、体温が低下し徐々に視界が霞む。
体が悲鳴を上げているけれど、構いはしない。
光の槍はグレースの生命を吸収し眩しく、神々しく、鮮烈に輝き、解き放たれる。
加速する光は急速に七色の壁に接近してぶつかった。
二つの力は拮抗しバチバチと火花のように魔力をほとばしらせる。
二つはこのまま睨みあうかと思われたが、徐々に光の槍の力が失速し、実体が消滅。
グレースは唇を噛み締めた。
刹那―――
消え去る直前まで全身を続けた槍の鋭利な先端が側面を貫き、壁の内側へと進行する。
七色が歪み人一人がぎりぎり通れる程度の風穴を開けた。
間髪入れずにスノウがそこへ飛び込む。
目で追えたのはそこまでで、スノウの姿が蜘蛛の額の上に現れた時には、額の石が真っ二つに割れていた。
「グヴアアアァァァァァ!!」
巨大蜘蛛の魔法障壁は雨粒のように崩壊を始め、轟音の断末魔を響かせながら巨躯が崩れ落ちる。
深紅の双眸は灰色に濁り、その動きを停止させた。
淀んだ空気は浄化されたかのように成りを潜め、戦いの終焉を告げる。
「……勝った」
グレースは息も絶え絶えに地面にへたり込む。
薄れそうになる意識をなんとか保ち、視界を懸命に動かしスノウの姿を探した。
巨大蜘蛛の残骸の端に小さく動く見知った影を発見、安堵する。
グレースは内心で安心しきっていた。
戦いは終わったのだと、これで平和な日常に帰れる、大事な人を失わずに済んだと、
「終わったのね……」
目前で不気味に消え入りそうな赤を取り戻した魔物が蠢くのにも気が付かず、無防備だった、油断していた。
蜘蛛のが振り上げた最後の一撃が戦力のなくなった少女へと伸びる。
迫りくる脅威に気が付いた時には遅く、力の入らない体ではどうにもならない現実に直面した。
「―――え」
さっと優しい風が吹き抜け、黒くしなやかな髪がたなびく。
音もなく、ただ相手を射抜くためだけの一撃は確かな手ごたえと共に終息を迎え、蜘蛛は完全に動かなくなった。
今度こそ、戦いは終わる。
だけど……
だけど、だけど。
この結末はあまりにも残酷で、
「……ス、ノウ?」
彼の名前を呼んだ瞬間、瞬きも忘れた視線の先―――瞳に映るスノウの姿。
背中から腹にかけて深々と刺さる蜘蛛の足。
その光景を瞳に焼き付けたままグレースは喉に呼吸を詰まらせた。
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