十二歳、夏至祭と波乱の夏 14
異質な殺気を放った蜘蛛は身動きを止めた。
その間もスノウの攻撃は止むことはないのに、蜘蛛は石のように動かない。
何かを待ちわびている。
グレースが感じた予測めいた直感は、すぐに現実となり姿を現す。
蜘蛛の巨体で黒々とした額が割れ、大人のこぶし程度の大きさの虹色に輝く石が出現し、強烈な光を放ち、七色に彩られた半透明の壁を展開する。
グレースはあり得ない物を目にしたかのように呟いた。
「魔法、障壁……」
あんな色の壁はこの世界で一つしか知らない。
否、存在しない。
石の輝きは魔石殿の最奥で守られる七色の魔石とあまりにも酷似していた。
ただ似ているだけならばよかった。
それが同一の物だから大問題なのだ。
この場にいる誰もが驚き震撼したであろう。
魔物が魔法障壁を扱えるという事実は、人にとっての脅威に他ならない。
唯一の救いは威力が魔石の大きさに比例すると言われているので、魔石殿にあるものよりも障壁の威力は弱いと思われることだけだ。
ただ、あくまでも推測の域を超える話でないので確証はない。
起きた異変を食い止めるべく、いち早く行動したスノウは蜘蛛の頭に回り込んで石に剣撃を叩きこんだ。
目にも止まらぬ速さで叩きこまれた太刀筋は、通常ならば石を一刀両断していたかもしれない。
けれど、刃が石に届く前に障壁に阻まれキィンっと刃物を弾く音を響き渡らせた。
「っ……!!」
驚くスノウ。
ほぼ同時に蜘蛛の鋭い足がしなって唸りを上げ、彼を襲う。
足場のない空中で、腰を捻り紙一重すれすれに一撃をかわす。
が、それでも反応が一瞬、遅れたため足の爪部分が脇腹を掠った。
苦悶の表情を浮べ、脇腹を抑えたまま宙から落ちたスノウは地面を転がる。
「……スノウ!?」
グレースはなりふり構わず、スノウが転がった先に駆け寄った。
仰向けに倒れたスノウの横腹は裂け、血が滲み出している。
「大変っ! 今、回復魔法を―――」
「……使うな…こんなの、掠り傷だ」
両膝をついて、傷口に片手をかざし、詠唱を始めようとするグレースをスノウが抑える。
掠り傷。
最初に出会った時の彼もそんなことを言っていた。
けれど、瞳に映る痛々しい傷口はあの時のような生易しいものではない。
今でも赤い服をじわじわと、さらに赤く浸食している。
「掠り傷だなんてっ! このままじゃ、スノウが……」
「大丈夫……大丈夫だから…余っている魔力を俺に使うな」
無理矢理に上半身を起こすスノウは痛みに耐えるように眉を歪めた。
「無理しないで……」
急いで寄り添い、肩を貸すグレースは今にも死にそうな顔をしている。
スノウはそんなグレースを安心させるためか、薄く笑った。
「そんな顔、するな……」
「だって、傷っ! スノウが死んじゃう……」
グレースの黒く潤んだ瞳から、瞬きと一緒に大粒の涙がはじき出される。
「俺は死なない。お前を守るまで死なないから…」
落ち着かせるように、グレースの髪をスノウが優しく撫で、頬をつたう涙をそっと抄う。
そして、穏やかな声色で言葉を紡ぐ。
「グレース……頼みがある。俺があいつの、あの化け物の注意を引き付けるあいだに、今ある魔力を全てぶつけろ」
「…どういう…こと……?」
「あの結界に風穴を開けてくれ。お前なら出来るはずだ、一瞬でいい、頼む」
スノウは魔法障壁を越え、直接蜘蛛の額にある石を叩くつもりだ。
確かに魔法障壁を抜けられれば、石を割ることは可能かもれない。
けれど、それはグレースが風穴を開けることが前提だ。
蜘蛛の展開する魔法障壁の力は計り知れず、今ある魔力を全部投下したとして、穴はおろか傷さえも付かない可能性だってある。
それに致命的とまではいかないものの、決して軽くはない傷を負ったスノウが実行するには、あまりにも酷だ。
体を起こすのもやっとなのに、次にあの風のような早業を繰り出せば、それこそ彼は命を削ることになる。
グレースは断るという決断をした。
断って、スノウに回復魔法を使い、今度こそ残り少ない魔力が尽き果てるまで結界を張って耐え凌ぐつもりだった。
なのに、その決断を告げることは叶わないのだと、突然に吹いた突風が教えてくれる。
「お前を信じてる……」
囁かれた言葉が鼓膜を反芻する頃には、スノウの姿はグレースの隣から消えていた。
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